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読書レビュ―【2021年度上半期】

『悼む人』天童荒太


今年度に初めて触れた作品でした。

よほどのことがない限り、今後の人生において最も自分の価値観を揺さぶった小説になるのではないかと思います。今の自分が感銘を受けたのはひとえに、大学を出て命を考える公的な手立てを失った自分に重なったからでしょう。

坂築静人という、過去に医療従事者であった友人のことがきっかけで、ニュース等を頼りに死者を訪ねる者のストーリーです。しかしこの坂築静人は一人称視点では一度も現れず、静人の母である巡子、記者の蒔野抗太郎、静人と共に旅をする奈儀幸代の三点倒立で物語が進みます。坂築静人の心内描写がなかったのは、この物語をうまく加速させたようにも思います。

三人をまとめるのなら、愛を疑う心への問いかけがどう結ぶのかといったところが魅力で(巡子だけは奔放としていましたが)、蒔野であれば父の愛人との会話の応答中の葛藤シーンや暴力団に襲われてからの見る影もない変容っぷり、奈儀であれば霊になった元夫の刺殺の(一時的な)”答え”が出たシーンは、読者として震えることなく読むのは不可能でした。途中まで奔放に見えた巡子も、孫を楽しみにする姿の中に数々の苦労も垣間見えて(その過程にもさらに胸を痛めるものがあった)、余命僅かのシーンにもそれが如実に表れておりました。

静人の最後の行動にはかなり賛否が分かれるような気もします。現に自分は「早く母のところへ行ってやれば...…」などと思ったのですが、しかし最後はあの姿でよかったとも読後には思いました。それで帰らぬからこそ、それが悼む人というもので、見送るのではなくあくまで”憶えておく者”としてのキャラ立てはそれには代えられないものがあったような気がしました。

自分にはこれ以上の感想など述べる由もないのでこれくらいにして、ではこれを読んだときの現実世界の自分の話をすると、僕はこの作品の登場人物にうまく感情移入できたというだけではなく、さらに、坂築静人を主人公にしようという発想のある人間がこの世のどこかにいてくれている嬉しさというものを感じ取り、それがもしかしたら一番嬉しかったのかもしれません。どのような人生経験があればこのような作品が作り出せるのか、その魂を片っ端から盗みたいと思っただけでなく、さらにその先、その存在を一度は目にしたいというのが、自分の今何とか抱えられる夢の一つです。

ちなみに、当作品に心を打たれて書き上げた自分の小説の主人公は、リスペクトをこめて”新”と名付けました。何のリスペクトか分からないし、ただの自己満足なのですが。そうした人の思いのかけらだけでも自分の作品に宿って欲しいという一縷の望み故です。

『オルタネート』加藤シゲアキ

高校生直木賞受賞作、直木賞候補作と話題になっていたので単行本への躊躇(単価の高さ故)を抑えずに購入しました。購入して、正解でした。

どちらかと言うと、二桁にも上らないページ数で主人公(視点)が変わる作品はあまり得意ではなくて、この作品もその例外ではなく、特に前半部分でのある種”グダリ”のような要素があまり得意ではなくて、しかしそれでも読む手が一度も止まらなかったのはきっと主人公の圧倒的なキャラの強さだったと思います。特に伴凪津が一番好きでした。こじらせ系女子、データでの恋愛に狂うような性格ですが、彼女がいたおかげでオルタネートの真骨頂が表現できたように感じます。そのようなマッチングアプリが訪れる未来はもしかしたら我々の生きている間に可能かもしれないし、そうしたものを丁寧に恐れるということの美しさを感じて、シンプルに、好きになりました。

『人のセックスを笑うな』山崎ナオコ―ラ

性の話を見たくて、後述の『乳と卵』と合わせて購入。ただ、純文学というものの楽しみ方が分からなくて読むのに苦労し、作者にとても申し訳ない気持ちになりました。百数ページの短い話なので、読むのはすぐ。不倫関係は基本的に自分にとって感情移入不可能な分野なので宇宙人の話でも詠むような気でいたが、それでも宇宙人の生態を数百円で知れるというところに読書の奇跡が隠れているのであって、読んでよかったと思います。

作者の山崎ナオコ―ラさんは、性別非公開となっていて、なんというか恐ろしい神秘の意味を感じる次第です。きっと自分には到達できない世界を持っていると思います。

『乳と卵』川上未映子

上述の通り苦手な純文学ですが、作風が自分があまりに触れたことのないようなもので、それに対する好奇心からページをめくりました。

豊胸に取りつかれた巻子の話ですが、一番ストーリーを支えたのはその娘である緑子のような気がしました。地の文なしに緑子の日記だけでも、男性の自分には衝撃的な言葉ばかりで、こういうものに男が触れておくことがいかに重要で、そして女性がそれほど言葉にしてこなかったことに気が付かないでいる可能性に目眩すらしました。良い作品というのはきっと、それを読ませた後に、それを読む前の自分に戻るのをとてつもなく恐ろしく感じさせるものでしょう。

『正欲』朝井リョウ

全部言葉にされた、悔しい。

たぶん該当する人にとっては、一番初めの、佐々木佳道の手紙だけでうわっとなるのでは、と思う。自分の特性が単に理解されることを諦めてきた人々が、マジョリティに対して持つ冷ややかな視線。「いや、君たち、なんだかんだ理解されたくて言ってるだけだよね」みたいな、最終的には理解できるものとしてマイノリティを持ち出しているのが滑稽で、哀れだと、そんなことを思う人の視点に触れることは実生活ではほとんどの人がないでしょう。

登場人物の中で一番にその存在が大きいのは桐生夏月だったと思う。彼女の心内描写が一番刺さった。佳道とともに、かつての同級生が飛び降りた崖下を見て、私たちはこんなところから飛び降りられる人間ではないと自覚するシーンが恐ろしかった。

もう一つ印象的なのはもちろん、神戸八重子と諸橋大也のシーン。正直、八重子みたいな女性が現実にいると渋いなーと思わせられた。その前の大学の文化祭でつながりが大事、なんて嬉々として語っているのを見せられているのも少しきつかったくらいだし、それが諸橋に干渉し始めて、悩みがあるなら私に相談してみたいな態度で来られるとさらにきつい。いや、こっちが望んでるの、放っておかれることやからってなる。

でも、最後の八重子と諸橋の会話の中で八重子の発した言葉の中にも、かなり重要なメッセージが含まれていたのは間違いない。それは、選択肢がある者の辛さ。選択肢がなかった者には分からず、選択肢がある者もそれを叫ぶわけでもない、そんな心情を最後にしっかりと八重子が叫んでくれたのは良かったと思う。マイノリティは大事にしないと駄目だ、みたいなクサい結論に貶めないところが朝井リョウさんのさすがと言ったところで、それはしっかり、諸橋を八重子が見送ったすぐ後に、諸橋が捕まるという結論に終わるのが皮肉で仕方なかったと思う。

『凪に溺れる』青羽悠

総合人間学部の後輩らしいです。高校生の時に小説すばる新人賞を受賞している。化け物か。

登場人物の誰もが、何かを諦めた大人って感じで、頭からつま先までどこも共感できず、感情移入が不可能だった。普段の生活でいろんなことを諦めている方は感情移入できるかもしれない。皮肉じゃないです。

『人生の法則』岡田斗司夫

岡田斗司夫という人、現代ではあまり馴染みがないかもしれませんが、オタキングという会社の社長、アニメを筆頭とした芸術に狂ってきた人です。

当初の冒頭に簡単な心理テストがあって、それをもとに四分類されたどのグループかに所属されます。これが、しっかりと系統だった心理考察になっていて、それを啓発のような形ではなく小説のような形で説いてくれるので、すんなりと頭に入ってくる。

そして一番のこの本の魅力は、間違いなく巻末の考察でしょう。ではなぜこのように四タイプの人間が派生するようになったのかという話。生物学的にも一番の思春期の時期に交尾を封じられた人類がなぜ滅びなかったのか、それが、食物連鎖において人間より一歩上に存在する「思想」というカテゴリーが容赦なく人を殺すようになり、心理テストで分けられた四タイプの型は、その繁栄の方法について幼少期の頃から無意識にインプットされてきた方法が定着した、というもの。初めて読んだときは、頭良すぎかよと思って感動しました。

さらにちなみに、ですが、この岡田斗司夫という人のお悩み相談室がYouTubeの一部でも公開されているのですが、面白いです。仕事に疲れ自殺したいと言っている相談者に対して、「そうやって不幸を自慢することがあなたにとってのオナニーになっていて、あなたはそのオナニーが気持ちいいもんだからやめられなくなっちゃってる、あはは」とか言い出すぶっ飛んだ人だが、よく聞くと言っていることは理路整然とした内容なので学ぶことが多い。

『助けて、が言えない』松本俊彦

SOSサインを出さない、精神的な病気やいじめ被害者等の心理を考察した学術した本。あまり好きになれなかった。

冒頭で、SOSが出せないことは本人の力不足ではなく……というようなことがまず書かれるわけですが、だったらタイトルは『助けてが言えない』ではなく『助けてを言うのは難しい』ではないか、と思ってしまったのだ。

障害等を抱える人たちの特質を明らかにしたいというのはそうだけれど、しかし我々は潜在的に、本当に無意識的に彼らのことを「我々にできることができない人」というような視線が常日頃貼り付いていて、一番苦しいのはきっとそこではないかと感じるから、その本のタイトルが本人の能力に帰結する表現であるのが悲しかった。できないことでも、それはただの特質なので堂々としていればよいというのは正論だが、それは堂々とできる特質しか持ってこなかった者の意見であって、そう考え始めるとまさに朝井リョウさんの『正欲』に怒られているような気分にすらなる。

『小説家になって億を稼ごう』松岡圭祐

読むのは何年も先になるな、と思った。何か恥ずかしいので、今は何も書かないでおきたい。


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