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失われた風景 ~12年の感謝を込めて

今住んでいる家は12年前に建てた。
山を切り拓いて住宅地として売り出していた一区画で、まだ更地だったその場所を目にした瞬間、夫と私は「終の棲家はここだ」と即決した。運命の出会いだと思った。

最寄り駅から徒歩12分。山の上にあるので家まではかなり急な坂道を上らなければならない。逆に家から駅まで自転車に乗ったとしたら、一度もペダルをこがずに着くのではないかと思う。(やったことはない。そもそも自転車というものを持っていない……)
徒歩12分の道のりに信号は1つもなく、昔からある街道をゆく。子供の頃から見慣れた風景ゆえ(育った町に家を買ったのだ)、今さら感動はないが、よそから来た人が歩けば、蔵のある古民家や昭和初期を思わせる商店などもあり、それなりに風情のある道のりなのではないかと思う。
夏は汗をかきながら心臓破りの坂を上るのが大変だが、途中にある桜の木々の移ろいを目にしたり、金木犀の香りに心躍らされたりしながら、その坂道さえも楽しんでいた。

この場所が気に入ったのは、なんといっても家から見る風景だ。坂を上った先に建つものだから、ベランダから見る風景は一軒家のものではなく、マンションの6階か7階くらいから眺める景色のようだった。

ベランダからは遠くまで見渡せる

ベランダ側には同じ高さの家がないので、時々ベランダでバーベキューをすることもあった。

周囲を気にせずバーベキューができる

私はこのベランダ続きの2階の南西の部屋を自分の仕事場にした。西側の窓の先は竹やぶと畑で、仕事の手を休めて窓からの景色を眺めるといつもホッとした。
病気の時もそうだ。治療で体が辛い時も、ベランダに出て竹やぶを見ながら思い切りきれいな空気を吸い込むと、体が軽くなった。
子供の頃からのクセで、私は植物にすぐ話しかける。「ありがとね~」「今日もきれいだね~」そう心の中で呼びかけると、竹やぶはさらさらと葉を揺らして答えてくれた。
春には竹やぶにウグイスがやって来る。毎日「ホーホケキョ」というきれいな声を聞くのも楽しみだった。

仕事部屋から見える景色

隣の畑は農家ではなく、土地の持ち主がわりと本格的な家庭菜園をやっているという感じだった。毎朝おばさんやおじさんがやって来て畑の世話をする。私がちょうど花壇の水やりをしに外に出ている時に会うと、おじさんは冬瓜やミニトマト、きゅうりなどを分けてくれた。

1階のリビングの出窓からも竹やぶが見える。ソファに座って竹の葉が風にそよぐのを見るといつも癒された。この景色が宝物だった。

リビングの出窓からこの風景が見える


隣の畑におばさんが来なくなったのは、1年半ほど前のことだ。嫌な予感がした。流行り病に罹ってしまったのではないか、何かあったのではないかと心配したが、連絡の取りようもない。おじさんの姿もしばらく見えなかった。

畑というのは人の手がなくなると、あっと言う間に荒れてしまうのだと知った。野菜も花も伸び放題。そのうち枯れ、至る所から雑草が生えてきた。
その頃から、ぽつぽつとおばさんの身内らしい若い人が数人でやってきて、少しずつ畑に置かれていたものを整理するようになった。

そして今年の春、恐れていたことがついに起こった。ポストに1通の封書が投函されていたのだ。差出人は某開発会社となっていた。中の書類を読んでみると、家の横の竹やぶや畑がすべて売却され、宅地になるということが書かれてあった。周辺の地図や今後のスケジュールなども同封されていた。夏から開発が始まり、16軒の家が建つとのこと。

ここに家を建ててから12年の間に、まわりは随分変わってしまった。家の横以外の竹やぶはすでに宅地になっていたし、いずれはここもそうなるんだろうな、という覚悟のようなものはぼんやりとあった。ただ、その時が来てしまうと、どうしようもなく苦しかった。この風景が、大好きな景色が、奪われてしまうなんて。

畑はどんどん荒れていき、同時にアザミがどんどん増えていった。アザミというのはこんなに早く増え、丈も伸びるものなんだと驚いた。さらに、タンポポのように綿毛になることも初めて知った。毎日家の網戸に綿毛が大量にくっつくようになった。きっと来年、至る所からアザミの芽が出てくるのだろうなと、今から憂鬱になる。

畑はいつしかアザミの群生に変わった

そして、8月になり、いよいよ開発が始まった。重機が何台も入り、アザミや竹やぶを刈っていく。メリメリという竹を割る音が響き、私は耳をふさいだ。まるで竹の断末魔のようだった。
いつも私を慰めてくれた美しい竹やぶが壊されていく。泣きながら「さよなら、ありがとう、何もしてあげられなくてごめんね」と何度もベランダから話しかけた。

アザミは刈り取られ、竹が倒されていく

刈り取り作業は2週間ほど続き、今はすっかり更地になってしまった。もうリビングからも仕事部屋からも竹やぶは見えない。

買った家の周囲が変わっていくというのはどこでもある話だし、私も「いつかはこんな日が来るかもしれない」とは思っていた。だけど、やっぱり淋しいのだ。
今はがらんとした更地があるだけだが、これからここにぎっしりと家が建つ。仕事部屋からは隣の家の壁が見えるようになるのだと思うと、ぞっとする。

ただもう嘆いても、あの風景は二度と戻らないのだから、あきらめて前を向くことにした。これから部屋には観葉植物や切り花をもっと飾ろう。少しでも居心地の良い空間を創ろう。私は緑がないとダメだから。

12年間、私を癒してくれた大好きな竹やぶのことを、今日はどうしても書いておきたかった。

ありがとう!


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