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哀しい気持ちを抱えて

悲しい気持ちを抱えていつもの道を歩いて行く

劇場前の早くから開いている焼鳥屋の臭いに誘われながら、楽屋に入る路地に滑り込む。

楽屋で派手なメークをしながら、もう演じ馴れてきた、人騒がせだけど憎めない男の気持ちにゆっくり入り込んで行く。

メークが出来上がって鏡を見れば、映画でしか見た事もない、ロンドンの下町の喧騒に包まれる様な気がする。
不器用だけど愛嬌のあるダンスが舞台の上で回り、観客席に笑い声が響きわたる。

晴れがましいカーテンコールが終われば、高揚感に包まれて顔が赤らむ。
楽屋で化粧を落としながら、いつもの自分にゆっくりと戻っていく。

ひっそりとした楽屋の出口から路地を抜けると、食欲をそそる串焼きの匂いと、酒とタバコの匂い。気の早い酒飲みがクダをまいている大声で溢れている。

背中を丸めて歩くと駅前の商店街に湿った風が吹き抜けて火照った体を冷やしてくれる。


気が付いたら、置いてきぼりにされた寂しさを思い出して、涙が落ちた。

私も幸せになりたい。そういって手を振った。

自分が傷ついている事を隠してるのは分かっていたのに。

いつものように、気のおけない仲間たちと、呑んではしゃいでいても、時々、街の中を流れていた湿った風が心の中を吹き抜けて行く。

明日も同じ様にあの楽屋裏の路地を抜けて、舞台に立つ。バカで憎めないけど情けない男を、同じ様に演じるのだろう。きっとそうするのだけど。

酔った三文役者は、悲しい気持ちを抱え切れずに帰り道の暗がりでうずくまる。






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