『鳥と刺繍』(箱森裕美/著 箱森裕美 2023)感想

●読書会のお知らせ

2023年11月12日(日)21時から、箱森裕美さんの句集『鳥と刺繍』の読書会 を開催する予定です。お気軽にお立ち寄りください。

箱森裕美さんの句集『鳥と刺繍』は、2023年11月11日(土)開催、#文学フリマ東京にて購入できます!

参加に当たり、レジュメに当たる記事を作成してみました。なお、各章はタイトルのみですが、便宜的に「第〇章」と数字を付しています。


●句集の構成


『鳥と刺繍』は5章構成、262句が収録されている。以下、句集全体の構成や、それぞれの章の特色について、感じたことをまとめてみた。

[第1章] 鳥と刺繍:71句 夏来る[夏]~白藤[春]

第1章「鳥と刺繍」は71句。衣食住、特にファッションの句材が多く、生活のディテールが楽しい。入浴や食事など、主体がひとりの時間を楽しみながら満たされている。日常生活を送りながらも、ふとした瞬間に内的世界へシフトする、その静かさをとらえた句が好きだ。
また、「鳥と刺繍」には、様々な白の俳句が見られる。白色刺繍のように、異なる質感の白が重ねられ、繊細に綾なされていく。
 
①ひとりで過ごす時間/ゆるやかに閉じる「私」
さびしさのふと青梅に塩まぶす
毛布くるまり海底となるこころ
バスボム果てラメあらはるる二月かな
 
②衣食住、ファッション
柄に柄合はせて楽し南風
養花天チーク真ん中からへこむ
 
③白糸刺繍
雪鳥や刺繍の花のその軽さ
花吹雪と書き白墨の音速し
配信の果て白蓮の咲きそろふ
白藤やいつかはほろぶ業ならむ

[第2章] すずかけ:50句 サイダー[夏」~桜蘂降る[春]

第2章「すずかけ」は50句。第1章は「私」が自足的に過ごす時間の句が中心だったが、第2章では家族や他人、「みんな」と過ごす時間の句が中心になる。また、私的空間だけではなく、「公民館」「体育館」といった公共空間へ開かれ、共同体の中の「私」の像が結ばれていく。「連想ゲーム」「黒髭」等、複数の人数で対等に遊ぶゲーム、レクリエーションの句も見られ、第3章のひとり遊びの句とは対照的である。
 
①誰かと過ごす時間/「みんな」に開かれる「私」
8× 4( エイトフォー) みんなで回すサイダーも
家族百景タワーマンションに月の雨
みんな来て炬燵の中に隠す本
 
②ゲーム、レクリエーション
連想ゲームに一拍の黙夏木立
黒髭のいまだ跳ばざる網戸かな
 
③数字、公共空間
公民館出づる総身へ蟬時雨
五つずつ配れば四つ余る梨
七つずつ配れば六つ足りぬ梨
待春や体育館で見る映画

[第3章] 天から手:30句 はつなつ[夏」~馬刀貝[春]

第3章「天から手」は30句と短い。この章は、みんなの中の「私」、共同体のなかの「私」を描く第2章から、「私」と「あなた」のきわめて親密な関係を描く第4章へ、なめらかに転調するつなぎの役割を果たしているのではないかと思う。
章の後半では、無機物の句、ひとり遊びの句が見られる。これらの句群はモノとヒトの不均衡な関係性が際立ち、どこか不穏さやさびしさを感じた。
 
①ひとり遊びの時間
②無機物(ぬひぐるみ、人形、玩具)

ぬひぐるみまとめて縛る夏野かな
寒紅を引いて人形笑はしむ
冬薔薇ドールハウスの天から手

[第4章]Marshmallow:39句 青葉[夏」~花吹雪[春]

第4章「Marshmallow」は39句。かけがえのない「あなた」と「私」の俳句が並ぶ、もっとも劇的かつ展開力のある章だと思う。親密さと熱を分かち合う幸福に満ちている。この章は特に最後の3句の配列がすばらしい。ここはあえて書かずに置くのでぜひ読んでみてほしい(そしてできれば私と語り合ってほしい……)。
 
① かけがえのない人と過ごす時間/「あなた」と「私」
さむいから昔の呼び方で呼べよ
性愛や雪にうすみづいろの影
朧夜の君は腕から洗ふのか
 
②身体(熱、背中、四肢、腕)
百物語友達に淡き熱
背中から愛されてをり夏の潮
四肢ソファを少しはみ出し雪催

[第5章]草原に宝石:72句 きちかう[秋]~ナイター[夏]

第5章「草原に宝石」は72句。第1章とほぼ同じ句数であり、春から夏にかけて、町の風景、景観を詠んだ俳句が多い。ドラマチックな第4章からさらに転調し、穏やかな暮らしや、いつもの「私」に軟着陸するようなイメージを伴って読んだ。

①もういちどひとりで過ごす時間/「私」への軟着陸
葉桜の最中をさなくなつてゐる
四十より先あいまいに青き踏む
痛くありませんか溶けゆく春の雪
 
②町、風景(工場、橋、軽トラ、ビル、マンション)
螺子工場歯車工場石蕗の花
梅早し工場に疵のいまむかし
ゆふすげやマンションかつて町工場
 
③地名、固有名詞
密々と綿よ巣鴨の半纏は
朽野に「富岳」の飛沫拡散す
太陽の塔のくちぶえ夏来る

●TELL ME, SISTER!

ガーリッシュなときめきを感じる俳句、百合的に萌える俳句を挙げる。

桜蘂降る制服のまま踊る
南瓜抱くこれはわたくしのいもうと
くすくすと見せ合ふ日記小鳥来る
ただ月の白さ言い交はしてゐたり
無花果や背中で留めるワンピース

●好きな句

最後に、個人的に好きな句を5句選んでみた。句集を読み返す度に選ぶ句が変わるので、今日の私が一等好きな句、という感じになってしまった。

果実酒に果実浮きたり冬館
ひみつ聞きひみつ忘れて三鬼の忌
朧夜の君は腕から洗ふのか
諫言の声うつくしや蝶の昼
あふむけにこはれロボット秋の昼