極道の従業員

トロント空港へ着くと、副社長が迎えにきてくれていた。勿論初対面だった。ドキドキしながら挨拶を交わし、車へと案内された。トロントから私が働く町、Tillsonburgまでは高速を通って2時間強の道のりだった。車の中で話をしている時、副社長が「わし」を連発するので私は「鷲?」と自分の耳を疑った。文脈から想像すると、それは「わたし」のことであったことは言うまでもない。立ち居振る舞いは紳士だ。「わし」は極道ではないか? ということは、私は極道の従業員ということか?

まずは前任者が住んでいるアパートが空くまでの2週間は、町の中のホテルで過ごすことになっていた。そのホテルまで送ってもらい、一人になると「わし」の一件からなんともいえない不安がよぎってきた。

飛行機は夜到着で、ホテルに着いた頃はもう真夜中近くだった。二日後の出勤だろうと勝手に思っていた。
副社長が、「明日7時30分に迎えにくるから」と言う迄は。

真夜中に着いて、次の朝いきなり出勤。どんな過酷な労働が私を待っているのだろうか?と不安は募るばかりだった。その夜は「わし」と「重労働」への心配に時差ボケが加わり、なかなか眠れなかった。

「わし」の不安はその翌日すぐに解消された。「わし」は広島弁で「わたし」を意味していた。副社長は極道ではなかった。

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