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カナダの夏休み

夏休みは長かった。二ヶ月とちょっとはあったような気がする。そんなに長くてもやることがないので、私はトロントで夏休みを過ごそうと決めた。

最初はオンタリオプレイスという遊園地みたいな所でアルバイトが決まっていたが、ビザが間に合わず研修だけ2日受けて結局バイトはできなかった。

そこで夏休み中プラプラする事に決めた。トロントはキッチェナーに比べるとすごく都会で楽しかった。日本人も沢山いた。久しぶりの日本語に心が温まった。トロント大学の寮は夏休みの間解放されていたので、そこに住む事にした。シャワーとトイレが男女兼用だったのが嫌だった。
ジムの夏休み学生会員になり、毎日そこで暇をつぶした。中古自転車を買い、その自転車でトロントの街中を自由に駆け巡った。

そしてトロントで出会った忍ちゃんを説得し、二人で自転車に乗り、トロントからナイアガラまでの旅をする事となった。

車で行くと高速を通って約二時間、片道130kmの道のりだった。自転車は一般道を通って行くので片道150kmという所だろうか。道中2泊してナイアガラまで辿り着いた。自転車用のショーツは着ていたが、途中でお尻が痛くなった。ナイアガラでぷらっとした後、忍ちゃんは勇気をだして私に「バスで帰ろう」と言ったが、私はまたまた忍ちゃんを説得して、自転車でトロントまで戻ることにした。

帰りは道に迷い雨が降っていた。コンディションは最悪だった。私は忍ちゃんがまたバスで帰ろうと言いだすのを恐れ、次は私が勇気をだして言った。「ハイウェイに乗ろう!」忍ちゃんは疲れ果てていたので判断力が鈍っていた。私に言われるがまま自転車でハイウェイに乗り、私たちは高速で車が通り抜けて行く中ヘルメットをかぶり駆け抜けた。今思えば青春の1ページである。しかし、想像できるであろうか? 高速道路を自転車で通行することを。
私たちは何度もクラクションを鳴らされ、後悔の念がよぎる中、一歩間違えば死んでしまうという恐怖を感じながらひたすら駆け抜けた。

あの時忍ちゃんはきっと人生最大の後悔をしていただろう。
生死の境を共にした忍ちゃんは今頃何をしているのだろうか?

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