発信ボタンに指を置いて

 もしも誰かが電話を取ったら、日本語すらしゃべれなくなりそうで!未だに体験予約の電話を入れられていない。
 英会話スクールに通い始めたいと思っているのに。
 こんなことが昔もあった。私が小学生の時だ。当時友達と遊ぶ約束を取り付ける手段はもっぱら家電だった。お爺ちゃんが出たらどうしよう、おばちゃんが出たら何て言おうと電話の前に立ちつくし、果林ちゃんに「あーそーぼー!」と一言伝えるため、どれだけの時間を費やしただろう。そして24歳になった私もあの時と変わらない。家電は便利なスマホに変わったが、スマホを握りしめ時間だけが過ぎていく状況は小学生の時と同じだ。
 私が電話をかけようとしている英会話スクールは端的にいうなら、ふわっとした入りやすそうな所だ。ウェブサイトには明るい、カフェスタイル、個人レッスン・集団レッスンと誰でもウェルカムと言わんばかりの軽い言葉が並ぶ。それに加え、駅から徒歩2分、車いす対応という文言にも引かれた。近くて行きやすそうだし障碍者も受け入れてくれそう、そんな気がしたからだ。ウェブサイトを一通り見て、いざ体験予約の電話をとスマホを持った瞬間、手がぴたりと止まった。どのタイミングで自分が視覚障碍者であることを伝えようか。駅までスタッフに迎えに来てもらいたいが、OKしてくれるだろうか。そもそも本当に全盲の私を受け入れてくれるのか。そんな不安が湧きあがったからだ。
 初回から1人でスクールまで行くことも考えたが、やはり初めての所に行くには、途方もない時間がかかる。辿り着けずギブアップして帰ってきてしまうかもしれない。移動支援(ガイドヘルパー)を頼むこともできるがお金もかかるし、毎度お願いするのも考え物だ。
 そんなこんなで電話の発信ボタンを押せぬまま、気づけば1週間が経っていた。
 そんな折、唐突に小学生の時電話で告げた「あーそーぼー」という能天気な自分の声が蘇った。あの時は結局遊びたい気持ちが勝ち、数分後には電話をかけていたのだ。それに比べ今の自分はどうだろう。大人と言われる年齢になり、確実にできることも増えた。だが1週間費やしても電話1本できずにいる。などと思いを巡らせる内、たいして何も考えずに生きていたあの時の勢いが今の私にも必要だと気づいた。
 とりあえず先のことは考えず発信ボタンを押してみようと思う。あの時「あーそーぼー」と言えたように、英会話スクールの外国人講師に一言「Hello」と言いに行こう!的なくらいのふわっとした気持ちで。
 

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