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「資産所得倍増プラン」を上下反対に読んでみる①「顧客本位の業務運営」編

新しい資本主義実現会議が11月28日に取りまとめた「資産所得倍増プラン」には、目玉施策のNISA制度拡充を筆頭に、プランを構成する7つの柱が政府のいわば「推し順」に記載されています。その名称が謳うように国民の資産所得を倍増させ、私たちの暮らしを豊かにする実効性のある計画と言えるかを見きわめるため、あえてプランの主要項目を上下反対に、つまり最後の項目から逆順に読み進めてみました。今回は、第7の柱である「顧客本位の業務運営の確保」にフォーカスします。

執筆:川辺(元毎日新聞記者。長野支局事件・政治取材、東京本社政治部首相官邸番など担当。金融専門誌の当局取材担当を経て独立。株式会社ブルーベル代表取締役。金融ジャーナリストとして東洋経済オンライン、週刊エコノミスト、Fintech Journal、KINZAI Financial Planなどに寄稿。自称「霞が関文学評論家」)

政権カラーのグラデーション

資産所得倍増プランを構成する7つの柱。その並び順に注目すると、政権色の濃い項目が前半部分に集められている傾向が見て取れます。

筆頭項目であるNISA制度をめぐっては岸田文雄首相が5月、外遊先ロンドンでの講演で「抜本的拡充」を進めると明言。9月にはニューヨーク証券取引所での講演でも制度の「恒久化が必須」と発言しました。

首相による一連の発言を受けてNISA恒久化の機運は一気に高まりました。一方、システム改修面でのハードルの高さや「富裕層優遇」との批判に対する説明責任の重さなど、制度改正に当たってはかねてから課題の多さも指摘されています。
政府としては数々の障壁を承知の上で、NISA拡充に対する国民の期待値が不可逆的に高まっているとみて、低迷する支持率浮上に向けた好材料とする狙いもあり、制度恒久化や非課税期間の無期限化を最大の目玉として押し出した格好です。
ただしプランの内容については公表後、「所得倍増」から「NISA口座倍増」へ、手段と目的がすりかえられているとして批判も巻き起こっています。

▽資産所得倍増を構成する「7つの柱」
第1の柱 NISAの抜本的拡充と恒久化
第2の柱 iDeCo制度改革
第3の柱 中立的アドバイザーの仕組み創設
第4の柱 雇用者に対する資産形成の強化
第5の柱 金融経済教育の充実
第6の柱 国際金融センターの実現
第7の柱 顧客本位の業務運営の確保

内閣官房新しい資本主義実現会議「資産所得倍増プラン」より

さて、NISA制度拡充や中立的アドバイザーの仕組み創設といった岸田政権の肝入り案件と対照的に、プラン後半部分には政権色の比較的薄いテーマが寄せ集められています。

たとえば第5の柱「金融経済教育の充実」は日本証券業協会による提言を受けて盛り込まれ、実質的には民間発の施策といえます。第6の柱である「国際金融センターの実現」に含まれる私設取引所(PTS)の活性化や銀証ファイアウォールの見直しは、いずれも菅政権時代に議論が本格化し、金融審議会の専門家会合で断続的に意見交換が進められている継続案件。そして今回取り上げる第7の柱「顧客本位の業務運営の確保」は後述の通り、金融庁内で数年来の懸案となっていた課題であり、「岸田カラー」の直接的な反映をそこに見出すことはほとんどできません。

広く国民に施策のその意義をアピールするため比較的平易な言葉で綴られたプラン前半部分に比べ、後半部分は特殊な用語法や議論の経緯を知らなければ読解困難な、いわゆる「霞が関文学」特有の難渋な表現で埋めつくされています。
しかし関連資料と照らし合わせれば分かるとおり、最終項目の「顧客本位の業務運営の確保」は、トップバッター格のNISA拡充策よりも将来的に大きなインパクトをもたらす可能性がありそうです。政官で今後進められる制度改正の方向性やその影響範囲について、最後の柱から冒頭へと、上下反対にさかのぼりながらプランを読み解いていきましょう。

「顧客本位」とプリンシプル

「金融事業者や企業年金制度等の運営に携わる者について、横断的に、顧客等の利益を第一に考えた立場からの取組の定着や底上げが図られるよう、必要な取組を促すための環境整備を行う」
「ルール化等により、保険を含めた金融商品について手数料などのコストや利益相反の可能性の見える化を進めることにより、『顧客本位の業務運営』の推進を一層強化する」

(新しい資本主義実現会議「資産所得倍増プラン」 第7の柱「顧客本位の業務運営の確保」より)

明快さと曖昧さの奇妙な共存。つかみどころのない、というかつかもうとする手からあえて身をかわそうとするかのような筆運び――プラン最後の柱である「顧客本位の業務運営の確保」の書きぶりには、典型的な霞が関文学的文体の特徴が見て取れます。
「横断的」、「顧客等の利益を第一に考えた立場からの取組」といった一見漠然とした記載が今後、どのような具体的インパクトをもたらしうるのか、「プリンシプルのルール化」というキーワードに注目しながら考えてみましょう。

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