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【ネタバレ有り】アルトデウスBC二次創作SS 色は匂えど

※多数のネタバレを含むため、全てのアチーブメントを取得していない方は読まない事をおすすめします



 雨に香りがある事を初めて知った。
 しとしとと絶え間なく降る雨は大地を濡らし、風は黴臭いような埃っぽいような淡い香りを運んでくる。それはまるで灰色の雨雲の臭いのようにも感じられた。本当に、世界は知らないことばかりだ。
 人類が地上に出られるようになって数日。ヤマト・アマナギは今、マキアパイロット・兼・地上開発計画のスタッフとして働いている。兼任と書くと大変そうにも見えるが、今のところ新たなメテオラの襲来もなく、開発計画も評議会が揉めているらしく遅れているため、暇を持て余しているのが実情だ。同じように手の空いていた技師を集め、岩や砂を加工して雨水の貯水タンクを作ってはみたものの、それも終わり今は一人用の監視小屋でずっと灰色の雨模様とその匂いを感じていた。

「やだー! お花見るー!」

 子供の声。何事かと拠点の外に出ると、雨の中で男の子と母親らしい女性が言い合いをしていた。どうやら子供がワガママを言っているらしい。2人とも雨に打たれている2人分の傘を持って駆け出した。

「どうかしましたか? とりあえず、これどうぞ」
「あぁ…… 申し訳ありません」

 傘を差し出すと、母親はおぼつかない手付きで傘をさし、濡れないように子供を抱き寄せた。けれど子供は機嫌が悪いままで、地団駄を踏む度に泥が跳ねて母親に叱られている。

「息子が『先日植えた種から花が咲いたか見てみたい』と言って聞かないんです。雨だから今日はやめようと言い聞かせたんですが……」
「あー、ダメだぞ坊主。お母さんを困らせちゃ。それに植えたって言ってもまだ一週間も経ってないよな、流石にまだ咲いてないと思うぞ?」

 種から花が咲くまでどれぐらいかかるかなんて、知っている人間はほとんどいないだろう。俺も詳しい日数なんて見当もつかなかった。それでも、コーコやクロエが丁寧に世話をしていたサンルームのダリアを思うと、植えればすぐ咲くような簡単なものではない事ぐらいは分かる。

「やだやだ! 見てみたいー!」
「困ったな……」

 おそらくはノア主導でアルト・マキアの周りに作っている花畑の事だろう。ここからは少しだけ距離があるし、ぬかるんだ地面で足を取られたら大変だ。そこで監視用のアルゴスを一体操作し、アルト・マキアの足元を撮影させる事にした。タブレット端末で映像を見せると男の子は嬉しそうにしていたが、まだ花が咲いていない、それもまだ芽が出たばかりという光景に少ししょんぼりしていた。

「大丈夫かなぁ、ちゃんと咲くのかなぁ」
「大丈夫、ちゃんと咲くさ。だから晴れた日はちゃんと水やりに来てくれよ」

 親子が礼を言って去ろうとした時、どこからか声が聞こえてきた。それはタブレット画面の向こうから響く不思議な歌。映像を拡大すると、アルト・マキアの下に、見知った黒髪の少女が立っている。

「うっわ、アニマ!? 何やってんだあいつ!」
「ふふ、子供の世話はお互いに大変ですよね」

 母親がくすくす笑う。一方で男の子は身を乗り出して画面を覗き込むと、「このお姉ちゃん知ってる!」と声をあげた。
 歌が聞こえる。ディスプレイだけでなく、風にのって、雨の向こうにそびえるアルト・マキアの方からも。

「このお姉ちゃん確か…… 新しい『でざいんど』の人だよね!」



 色は匂えど -



「先日共有した『情報の発表』については予定通り実施したよ。市民の反応を見ても、予想を上回る混乱はないかな」

 プロメテオス本部。崩壊した壁を塞いだだけのラボに主要メンバーが集まっていた。とはいっても実際に集まったのは司令のアオバ、ノア、俺の3人だけ。クロエはアニマを風呂に入れているらしく音声での参加となった。
 時刻は午後1時、ちょうどアオバ主導の定例ミーティングがはじまったばかりだ。

「詳細は前回のミーティングで配布した資料を見て欲しい。アルトデウスやメテオラ消失に関する事柄は分からない事だらけだし、そのまま外に出すには危険な情報も多いからね。発表する情報はある程度『調整』させて貰ったよ」

 そこまで言ってアオバは目を閉じ、短い沈黙が訪れた。その胸の内は分からないが、そんな姿を見ているとつい空気を変えたくて口が動いてしまう。

「ま、正直俺はそういう政治的なアレコレは分からねぇからな。細かい事はアオバに任せる。信用してるぜ」
「とか何とか言って、難しいからってアオバの資料を読むことすら諦めてないだろうな? 信頼と丸投げは違うぞ?」
「なっ、ちゃんと読んでるっての!! ……よく分からない所も多いけどよ」

 ノアが乗っかって茶化してきたが、おかげでアオバも表情も少しほぐれたように見えた。おそらくはノアも気を使ってくれたのだろう。

「話を続けるね。次に皆も気になってると思うアニマについてだ」
『あぁ、それが一番聞きたかったんだ』

 通話越しのクロエが反応した。アニマは「研究対象」としての監禁状態からは解放されたが、普通の生活を送らせるにはまだまだ課題が多い。そのあたりのフォローもアオバが行なってくれている。

「結論から言うと、予定通りで問題なし。【アニマはジュリィ博士が開発した新型デザインド・ヒューマンであり、教育途中だったため言葉が話せない】という形で外部に発表した。流石にメテオラだとは言えないからね。評議会にはもう少し手回しが必要だけど、それも目算はついてる」
『……良かった、助かるよ。アニマは目立つ上に戸籍情報もないからな。これで安心してノアと2人でライブをさせられる』

 クロエが安堵のため息をついた。するとふわりとノアが舞うように動き、クロエの通話インターフェースに顔を近づける。

「おいクロエ、お前もだ。2人じゃなくて次のライブは3人で歌うんだぞ」
『……わ、わかったよ。本当に少しだけだからな』
「ほらほらまだミーティング中だよ。実は評議会関連でノアに協力して貰いたい事が――」

 これでアニマはもう普通の子供として生活できる。会議の場は明るい空気に包まれ、皆楽しそうに『これから』の事を話している。けれど俺にはその声はどこか遠く、雨のノイズのように聞こえていた。

『ヤマト、今話せるか?』
「……おうクロエ! アニマは大丈夫か?」

 クロエの声に我に返る。ミーティングは終わり解散となったが、通話を繋いだままのクロエが俺に話しかけてきた。呆けていたと悟られないように努めて明るい声で返事を返した。

『あぁ、今はお風呂から出て昼寝中だ。見つけてくれて本当に助かったよ』

 アニマは現在クロエ預かりとなっているが、その素行はいたずらっ子を通り越して猫のようだった。気まぐれに家を抜け出し街や地上を歩き回ってはクロエを困らせている。普通の幼い子供よりも身体能力が高く、そして細かい意思疎通ができない事がこの状況に拍車をかけていた。

「まるでママさんだな」
『からかうな。今までの扱いが扱いだからなるべく監禁みたいな真似はしたくないんだが、もし問題を起こしたらアオバの苦労も水の泡だからな。アニマに解錠できないような内鍵の用意も考えてる所だよ』

 愚痴をこぼしながらも、その声の調子は穏やかで優しいものだった。

『それで、一つ頼みたい事があるんだ』
「お、何だ? 俺にできることなら遠慮せず言ってくれ。クロエが俺を頼ってくれるなんて嬉しくてソワソワしちまうぜ」
『だから、からかうなって。……ちょっと用事があって外出したいんだ、その間だけアニマを見ていてくれないか?』

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 ココノエ別邸に訪れた事は何度もあったが、主不在の家となると少しだけ緊張してしまう。いや、違う。緊張している理由はそれだけじゃない。
 部屋に入るとすぐ、ソファに寄りかかって眠るアニマが目に留まった。あどけない寝顔は幼い子供そのもので、その正体がメテオラだなんて、たとえ人に話しても信じて貰えないのではとすら思う。

「……」

 ゆっくりと、吸い込まれるようにソファに近づいた。そしてアニマの前で立ち止まると、その首に触れるか触れないかぐらいの所まで指先を近づける。細い、細い首だった。力をかければ簡単に折れてしまいそうなほどに。

「……んぅ」

 アニマが寝返りをうった。指先が首に触れその熱が伝わり、思わず手を引っ込めてしまう。何をやってるんだろうかと自己嫌悪に陥りながら、あえて距離を置いて別のソファに腰掛けた。
 アニマは俺達の、俺の仲間だ。ノアを助けてくれた恩もある。詳しい事は分からないが、アニマもまたジュリィの陰謀に弄ばれた被害者である事もなんとなく感じている。最初の頃の凶暴さや危うさも消え、日増しに人間に近づいている様子も近くで見てきた。だから、もうアニマに敵意はない。
 けれどそう思っていてもなお、ぼんやりとしたモヤが心の中に広がっている。それはメテオラへの憎しみによるものなのか、あるいはコーコの仇であるという事実から来ているのか。それがどうしても分からないから、どうにもアニマとはっきり向き合えないでいるのだ。

「……ん、ゥあ~~~~~」

 アニマが目を覚まし大きなあくびをした。そのまま部屋を軽く見回した後、俺を見つけて不思議そうに首をかしげている。

「おぅ、クロエに頼まれて留守番してるぜ」

 アニマはしばらく俺を見つめていたが、やがて興味を失ったのか本棚から絵本を取り出しサンルームへと向かっていった。……かと思えばすぐに戻ってきてキョロキョロと周りを見回している。

「くろえー?」
「クロエを探してるのか。あいつは今出かけてるんだよ。わかるか? クロエ、おそと。いない」
「んぅ?」

 駄目だ、どうやら通じていない。単語単位では喋れる言葉も増えつつあるが、いまだ細かな意思疎通は難しい。ノアがいればもう少し違うのだが、ノアはノアで地上探査に向けた調整があるとかで捕まらなかった。
 アニマはひとしきり家の中を探し尽くすと、部屋から出ようと扉に手をかける。

「おっとダメだ! クロエが戻るまで大人しくしてろって」
「うぅ……」

 今度は制止の意図が伝わったのか、しょんぼりとしながらも大人しくソファに戻ってくれた。本を抱えたままうなだれるアニマ。そんな姿を見ていると、突然、心のモヤの更に奥で強い痛みが走った。思わずこみ上げた涙を歯を食いしばって耐える。違う、ここで俺が泣くのは違う。呼吸を整え、出来る限り優しくアニマへ語りかけた。

「なぁ、本なら俺が読んでやろうか?」

 アニマは怪訝そうな表情でこっちを見ている。指し出した手を見て意図が伝わった上で嫌なのか、あるいは伝わらなかったのか。ともあれ俺じゃクロエの代わりにならない事は分かっている。待っていればクロエが帰ってくる事も分かっている。それでも今、この子供を放っておく事はどうしても出来なかった。

「……いいぜ、勝手に読むからな」

 本棚から絵本を数冊見繕いソファに戻る。アニマは何事かと警戒した様子で距離を取っているが、構わず絵本を開いた。

「コーコの本は絵本でも難しい話が多いんだよな。ええと――」

 それは壁越しに愛を語らう男女の物語。はじめは記述の堅さに気を取られていたが、読み進めるにつれ「どうして」という気持ちが高まってきた。登場人物はどうしてすれ違ってしまったのか、この物語を書いた人はどうしてこんな結末を描いたのか。

「悲しくも美しい、ってやつか? 女の子はこういうのが好きなのかもしれないけど、俺は皆が幸せになるようなハッピーエンドの方が好きだな」
「ん~♪」

 気がつくとアニマはほぼ隣に座っていた。さっきまでの不機嫌が嘘のように笑みを浮かべている。どうしてこの話を聞いてそんな顔が出来るのか、理解が出来なかった。けれど嫌な気持ちではない。

「お前は、この話を聞いて何を思ったんだ?」

 その言葉を口にした時、風が吹いたような気がした。心を覆うもやを散らす風が通り抜けていったような心地だった。

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 一晩中降り続けた雨も、朝には綺麗に上がっていた。
 赤茶けた大地は乾き、風は昨日と違う香りを運んでくる。それは香ばしいような懐かしいような不思議な香りで、雨が降っている時よりも鮮烈な匂いである事に驚いた。それはまるで太陽が青空を焦がす香りにも感じられた。本当に、世界は知らないことばかりだ。

「ヤマト隊長、貯蔵した雨水の検査および浄化処理が完了しました。成分に問題はなく飲料水としても利用可能です」
「おう、じゃあ予定通り試験農場へまわしてくれ。あ、待てよ確か……」

 慌てて計画書を確認する。テキパキと動く部下の技師に比べて、何をするにもいちいち書類確認に慌てる自分はどうにも情けなく思えてくる。けれどアオバが上で頑張っている以上、現場で俺が出来る限りの事は行っていきたい。

「そうだそうだ。飲料水利用について地下でも詳細な分析をしたいって話が来てるんだ。1リットルで良いから本部へ運んでくれ」
「承知しました」

 去ってゆく部下の背中を見ながら、ふぅと小さく息を吐く。その時、どこからか声が聞こえてきた。それはすぐ近くから聞こえる美しい歌。振り向けばアニマを連れたクロエが俺の方を見ていた。

「板についてきたじゃないか、ヤマト隊長」
「どこがだよ。それにあくまで先発隊の隊長だ、ある程度の調査や実験が済んだらインテリ連中に引き継ぎだっての」

 俺達を気にせずアニマは歌の練習をしている。その姿につい見とれかけて、慌ててクロエに向き直った。

「な、今日から夕方数時間、アニマを借りていいよな?」
「……アニマを? 何を考えている?」
「おいおい、昨夜データを送っただろ」

 昨日の内に俺は、幼い頃に自分が使った五十音表や知育用の絵本、教材などのデータをかき集めクロエに送りつけていた。その中には親父に読んでもらった本も多数含まれている。

「データは見た。その上で、何を考えているんだって聞いてるんだ。アニマへ教育を施すのは良いが……急すぎる。そもそも何でお前がそんなに乗り気なんだ?」
「あいつと、話をしてみたいんだよ」

 自分で自分の気持ちを確かめるように、ゆっくりと、言葉を紡いだ。

「あいつが読んだ本の感想を聞きたい。クロエの事をどう好きなのか聞きたい。コーコの事や親父の事、今まであった沢山の出来事の話を話して何を思うか聞いてみたい」
「……! それは……」

 クロエは何かを言いかけたが、そこから先を口にすることはなかった。

「あいつの気持ちをはっきり聞くことで、俺ははじめてちゃんとあいつと向き合える気がするんだ。なんて、自己中すぎる理由だよな。だからクロエがまだ言葉を教えるのが早いって言うなら、無理にとは言わないぜ」

 お互いに黙り込んでいる間も、アニマの歌声だけがあたりに響いている。クロエも俺と同じようにアニマを見ると、ため息混じりに口を開いてくれた。

「……自己中心的、か。それは私も同じだな」
「ん?」
「いや、私もアニマともっと話がしたい。だから一緒に言葉を教えよう」
「ほ……本当か!? ってイテッ!!」

 頭を何かでゴンと叩かれた。慌てて手を伸ばすとそれは飲料水の入ったボトルだった。

「話はまとまったようだな。ほら、クロエもアニマも水分補給しておけ。地上は乾燥しているようだからな」
「いってーなノア。普通に渡してくれよ」

 ノアがクロエ達にボトルを投げる。その様子を見て何故かクロエは驚いているようだったが、とりあえず水をありがたく頂戴する事にした。浄化した雨水は、地下で飲む水よりも美味しく感じた。

「それとヤマト、これをさっき親子連れから預かったから返しておくぞ」

 ノアから手渡されたのは、昨日の朝に会った親子へ貸した傘だった。何故かまたクロエは驚いてノアに詰め寄っているが、まあいい。水をくぴくぴと飲んでいるアニマに近寄って、地面に文字を書いて見せた。

「よしアニマ、水を飲みながらでいいから見ておけよ。これがお前の名前だ。ア・ニ・マ。まずは名前から覚えていこうな」
「……んぅ?」

 閉じた傘を棒として使い、地面に「アニマ」と片仮名で文字を刻む。

「あにあ?」
「アニマだ。次に、これが『クロエ』だ。ク・ロ・エ」
「くろえ!」
「次は、うーん。まぁ、とりあえず……」

 次の名前を書きかけた所で、アニマは元気よく手をあげてその名を答えた。

「やあと!」

 澄み渡る空の青さと、通り抜ける風の薫りも、いつか語り合う事が出来るのだろうか。これから人類はどれだけ世界を復興できるかは分からないけれど、今はその事を楽しみに、日々を生きていこうと思う。

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