【読書】『この顔と生きるということ』/見た目問題によせて
思春期の頃、わたしは「顔かたちが一変する」という経験をしました。
以来、「見た目問題」は、わたしにとって常に頭の片隅で考え続けるテーマになりました。
冒頭からいきなり話が脇道に逸れますが、本の内容に触れる前に、このわたし自身の「顔のはなし」を、少しさせていただこうと思います。
わたし自身の「顔のはなし」
1.ビン底めがねのアンパンマン
中学1年から中学3まで、「ぶどう膜炎」という目の病気のため、わたしはステロイド剤を内服していました。
その薬の副作用のひとつに、「ムーンフェイス」という症状がありました。
これは、顔がむくんで満月のようにまんまるになってしまう症状。
その頃のわたしはほんとうに、アンパンマンのように顔がぱんぱんに大きく膨らんでいました。
でも、なにしろ外見の変化の激しい成長過程のこと。
当時はあまり副作用だという認識がなく、「自分はこういう顔なんだ」と思って生きていました。
加えて、数回にわたる網膜の手術をしたこともあり、コンタクトではなくめがねを使っていました。
視力が悪かったので、レンズはぶ厚く、目が小さく見えました。
アンパンマンのように大きなまんまる顔に、ビン底めがね。
それがわたしの、中1から中3までの姿。
2.「見た目」で変わってしまうもの
中学3年生ももうじき終わろうかという頃。
病気が良くなってきたためステロイド剤の内服が終了し、わたしの顔は潮がひくように腫れがひき、すっきりしました。
治療で目に負担がかかることも少なくなったため、ぶ厚いめがねも外し、より矯正視力が出せるコンタクトへ変更。
そのとたん、周りの、特に男の子たちの態度が、一変しました。
なにしろ、恐らく人生で一番ルッキズムが猛威を振るう、中学生というお年頃。
それまでは「近寄るなブス」という態度だった男の子たちが急に優しくなり、はにかんだ表情で「かわいかったんだね」と言ったりするようになりました。
それまでと何も変わっていない髪質や性格まで褒められるようになり、急な対応の変化に中学生のわたしは愕然とし、怖くなりました。
急に優しくなった男の子たち。
悪い人たちではないけれど、彼らははっきりと、わたしのいまの「顔」がすきなんだ。
だけどもしも、ぶどう膜炎が再発して、またステロイド剤を飲むようになったら?
わたしの顔がまた腫れたら、この優しさはひっこめられて、また意地悪になるんだろうか。
薬の副作用で、優しくされたり、されなかったり。
顔一つで、こんなに違う。
こんなにも、人は見た目で測られる。
わたしの中身は、外見に比べたら取るに足らないものなの?
わたしの価値って、なんだろう。
3.「見た目」に縛られるわたしたち
わたしのアンパンマン時代を知らない人から、
「あなたには、かわいくない女子の気持ちはわからないよね」
というようなことを言われることが、ときどきありました。
そのたびに、ルッキズム全盛の中学生のスクールカーストの中で「かわいくない女子代表」として生きていた自分を、思いました。
顔の見え方ひとつで、どれほど違う立場に置かれるものか。
わたしを好きだと言って優しくするこの人は、わたしの何を、好きなのかな。
アンパンマンでビン底メガネの中学生の頃のわたしにも、今と同じように優しくしてくれただろうか。
もしかしてわたしも、知らず知らずのうちに、外見によって誰かに優しくしたりしなかったり、しているんだろうか。
わたしたちは、いったいどのくらい、「見た目」に縛られているんだろう。
『この顔と生きるということ』
1.生きづらさの海の中で
「生きづらさの海に溺れてしまいそうだよ」ーーTwitterに、こんなつぶやきを投稿したアルビノの女性。
「おまえみたいなやつは自殺するでしょ普通」ーー廊下ですれ違いざま、同級生にこう言われた、単純性血管腫の顔にアザのある男性。
本書では、「見た目」に関して人とは違う生きづらさを抱えた人々が、インタビューに答えて心の内を語ります。
そこには「見た目問題」として一括りに語ることができないほどの、さまざまな思いや生き方がありました。
そこで語られるのは、わたしが体験したことよりももっとずっと大変な思い。
それでもやっぱりわたしは、そこにわたし自身の体験を重ねずにはいられません。
そしてその根底に流れる思い、「自分は何者なんだろう」という思いに、とても共感しました。
2.「感情ポルノ」と呼ばれても
「素晴らしい」という意見がある一方、「感情ポルノではないか」という批判もあった本書。
賛否両論を巻き起こし、どの意見も「なるほど」と一理あるように思えました。
それでもわたしは、「知る」ということの力を信じています。
自分とは違う体験をしてきた人がどんな環境に置かれ何を感じているのか、それを知らないままでは、どんな一歩も踏み出せないから。
いろいろな視点や立場を知ることが、周囲の無知が生みだす苦しみを、少しでも減らしていく道だと思うから。
批判を受けても報じ続ける著者の岩井建樹さんは、発信し続ける理由をこう語ります。
3.幸せになるという覚悟
本書の中で、トリーチャーコリンズ症候群の石田祐貴さんに対して、著者が「幸せですか?」と問いかける場面があります。
石田さんは、こう答えます。
「もしかしたら、心の奥底ではまだ、自分を完全に受け入れていないのかもしれません。それでも僕は今、幸せです。幸せと言いたい。この見た目を言い訳にしたくない。支えてくれた人たちのためにも、幸せにならなきゃ申し訳ないと思っています。
僕は覚悟をもって生きています。割り切って、前向きに生きる覚悟です。今も初対面の人と話すときは怖いです。でも、勇気を出して、僕から声をかけるよう努力しています。その結果、傷つけられる反応が返ってくることも覚悟しています」
いつの日か、すべての人が生きづらさの海の中で溺れずにすむ社会に、なりますように。
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