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輪郭

苦悩は他者との境界、ひいては輪郭になりうる

ぽつぽつと言葉を紡いで、
生徒は何かを形容しようとしていた。
苦しげな表情で、口にしたばかりの言葉を
何度も訂正していた。

私はただ、自習の時間に「それは何の自習か」と
問いかけただけなのに。

私は、彼が何に苦しんでいるのかを理解したいと思った。
しかし言葉は点に過ぎず、
私の糸で結ぶ限り
彼の苦悩はきっとその形ではない。

「俺は登山を人より早く登って、
皆が上がってくるのを待ってるんです」
「やりたいことがあるけど言えないのが俺の駄目なところ」「違う、なんでこうも言えないんだろう」
「ここは檻なんです。パソコンだけ持たされて」

そう言って見ていたのは、「ネバーランド」の検索結果。

私は他者に共感しようとすることが癖になっている。
けれど最近他者には他者に共感されたくない部分があると感じている。

今日の生徒の言葉も恐らくそうだ。
加えてたちが悪いのは、
本当の意味で私は理解できていないこと。
理解していないのに咄嗟に自分の経験から類推して
共感できたフリをしそうになった。

そんなの、他者の悩みや苦痛を
「ああ思春期ね」「ああ反抗期ね」と
知ったかぶる大人と同じじゃないか。

似たような状況に置かれても、
その捉え方は一人一人違う。
私と彼は違う。
軽々しくわかった気になっちゃいけない。
彼と他者の境界、ひいては彼の輪郭になりうる苦しみは、
紛うことなく彼のものだ

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