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ハンドルを持った客観性(2022年12月19日の日記)

・居酒屋の短期バイトをやめてしばらく経つが、今までは見向きもしなかったスーパーの酒コーナーを見るようになった。知識としては全然少ないけど、知ってる瓶があるだけで何となく嬉しくなる。テレビやネット記事で酒の瓶がうつると「ああ」となる。今まではただ「酒の瓶」だったものが、名前や中身がわかることで自分の中で意味のある実態となって存在している。これが知識だ。

・電気工事士の勉強をしていた時も、それまでは全部ひっくるめて「コンセント」だとぼんやり思ってたものがギュンギュン細分化されていって、それぞれ名前や違いがあることを知った。今では部屋のスイッチを見るたびに「3路……」と思うようにもなった。

・知らなくても生きていけるけど、知っていると急に色々なものの解像度が上がる。これからも上げていきたいですねえ。


・例の感染症にかかった時の保険金の申請を全然していなかったことに気づいた。数万単位のお金が絡むことでも平気で放っておける精神性は我ながらどうかと思う。客観的にはどうかと思っているけど、実際にやってないのは主観のわたしなのだ。自分のことを客観的に見れても、観測するだけで干渉はしない。干渉できるはずなのにいつまでも外から「やばいな〜」と言ってるだけなのは何なんだろう。

・結局自分を見ているのもハンドルを持っているのも自分自身だ。客観視しているつもりでも人間がふたりいるわけではない。ハンドルを持った自分が頭の中でうろうろする自分を見て「何なんだ」と思っているだけで、実際にその手にはハンドルが常に握られていて、どうにでも出来る力を持っている。

・説明書きを読まなすぎて、ID設定時に使えない記号を何回も入れてしまい何回もやり直した結果、5回目で全部嫌になってしまった。


クリスマスですね

・大きめのショッピングモールに来たのに、クリスマスツリーは建物の外の端のほうにスッと立っていて何なんだと思った。もっと人通りの多いところに堂々と立つものじゃないのか。一応ツリーの前では3人の女子高生がちょもちょもしたダンスの練習をしていた。わかる。あれはTikTokを撮ろうとしている。自分が高校生の時にTikTokが無くて本当によかったなあ。

・ちょうど半額の時間にスーパーに来れたので、店員さんの近くにいて貼るのを見ていたが、わたしがパンを取るのを逡巡したほんの一瞬の間にすべてが持っていかれた。あの、ほんとに、それわたしが取ろうとしてたのになあ。弱肉強食。

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