飛ぶ飛ぶ(2023年6月16日の日記)
・職場で使う新しいサンダルが今日届くので、もはやわたしの中では呪物と化したスニーカーは持ち帰りたい。昨日から考えていたので、家からビニール袋を持っていこうと思い、家を出る直前まで「ビニール袋」と念じていた。念じていないでその時点でビニール袋を鞄に突っ込めばよかったのだ。「靴下を履いたら鞄を取りに行くから、その時に」。
・靴下を履いたら全部忘れた。こういう時、大体が車に乗ってから思い出す。わたしのアパートは駐車場が少し離れたところにあるので、目の前が駐車場だったらなと毎回げんなりする。
・ただ、毎日何かしら忘れ物をして家に引き返しているのを思うと、目の前にあったら無限に往復してしまう気もする。家とアパートの往復も、もはや3回目にもなると、4回目に何かを思い出しても「いや、いい」「あれは無くてもそこまで問題ない」とあきらめて出かけることも多い。目の前だったら4回目も戻ってしまって、永遠に出かけられないのではないか。
・今日は「昼にコンビニで袋買えばいいか」という代替案が瞬時に浮かんだ。昼は大体車の中で窓を開けはなしてスマホを見るか、本を読むか寝るかしている。今日は風が強かったが、暑いのでちょうど良いくらいだなと思っていた。時々強めの風が吹いて、コンビニで買ったビニール袋が車内で舞い上がる。「窓から出ちゃったら大変だな、縛ってしまえば飛ばないかな」と思いつつも、ぼんやりしていた。
・びゅっと強い風が吹いて、目の前をざあっとビニール袋が滑空し、5メートル上に瞬間移動した。うわ、と車から飛び出したが、袋は手の届かない位置を右に左に漂い、そのままフェンスの向こうの駐車場へと飛んで行ってしまった。
・あー、あの時すぐにしばっていればな、と思う。わたしが人生で幾度となく後回しにした結果、一瞬で取りこぼしてきた様々なことが思い出された。ゴミを外に出してしまったことはいたたまれないが、もはやフェンスを乗り越えてまで取りに行くことはできない。何となくもう自分の中では諦めがついていて、同じようなことを何度も繰り返してきたが故の適応の早さにさらに嫌になった。
・しばらくして事務所に戻ろうと外に出た。フェンスの向こうを見てしまうが、見当たらない。見たらないことに少しほっとする自分もいる。見つけてしまえば、わたしはもう一度ゴミを見逃すことになる。姑息だなあと思いながら左に目をやると、フェンスの目の前でふよふよとビニール袋が漂っている。
・あいつだ!と思うのと、足が動くのに一瞬の間があった。ビニール袋までは30mくらいある。そこまで走っていくうちにまた強い風が吹く可能性もある。昼休みももう終わるし、さらに遠くに行ってしまったら、それ以上は追いかける時間もない。だけど、ちょうど手の届く高さにあり、かつフェンスのこちら側にいるのだ。再び手にする条件はそろっている。ここで行かなければわたしは確実にゴミを見逃した人間となるのだ。
・走って、掴んだ。掴んだ瞬間、またびゅんと強い風が吹いた。あと一瞬迷っていたら、またビニール袋は手の届かないところへ飛んでいただろう。
・特に達成感も何もない。掴んだのはビニール袋だ。ここで手を出すか出さないかで色々なことが分岐するんだろうなと思いながら、いや、ビニール袋でそんな主語のでかいことを考えるなよ、とも思ったし、そもそも飛ばさなければよかったのだ。最近小さなことからやたらとスケールの大きい話にすることが増えた。それを何となく忌避している。
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