見出し画像

1階づくりはまちづくりー田中元子 誰しもが「よかれと思ったこと」が実現できる場所

2019年9月7日、NPO法人場の研究所が主催する「場のシンポジウム2019」が、共催するエーザイ株式会社の大ホール(東京・文京区)で開催された。今回のシンポジウムのテーマは、「『〈いのち〉のオアシス』~生きにくい社会の形を底辺から変えていく~」だ。

株式会社グランドレベル代表取締役社長・喫茶ランドリー オーナーの田中元子氏による講演、「1階づくりはまちづくり」をご紹介する。(文:あおみゆうの/編集:片岡峰子/写真:高橋昌也)

趣味を通して気づいた「グランドレベル」の重要性

私の趣味は、自前の屋台を引いて、路上でコーヒーを道行く人に配ること。対価を求めている行為ではない。

何もない場所で、いきなり知らない人から「元気?」などといきなり話しかけると、たいていの人は面食らってしまう。でも「コーヒーいかが?」と屋台越しに誘うと、足を止めてもらうことができる。コーヒーをもらってもらえる。コーヒーを通して、街ゆく人々と公共的な関係を結ぶことができる。人と街の公共化ともいえるこの現象を「my public」と呼んでいる。

『どう? コーヒー飲んでいかない?』って言えるのって、とっても楽しい。コーヒーがなければ、一生声をかける機会がないかもしれない第三者とコミュニケーションがとれる最高の趣味。この趣味を通して私は、街を観察する機会に恵まれた。

街を観察しつづけることで、「1階の重要性」に着目するようになった。2016年に起業した株式会社グランドレベル。社名でもある「グランドレベル」とは、1階、つまり地面のこと。「1階づくりはまちづくり」をキャッチコピーに株式会社グランドレベルは誕生したのだ。

画像3

ゆたかな街の風景

1階はセミパブリック。プライベートと公共が交差する、中間領域なのである。
「1階」といっても、建物だけではなく講演や公開空地や空地、広場などもそれに含まれる。グランドレベルは重要な領域であり、人がいることでいきいきとした生気をやどす。人がどのようにそこにいるか。それがグランドレベルの価値を決めている。

ゴッホの「夜のカフェテラス」という有名な絵がある。街にいる人々は不自然な笑顔ではなく、特別なことをしているわけではない。どこにでもある、ありふれた風景なのかもしれない。けれども、人がいるから明かりが灯る。明かりが灯るから、石畳がキラキラと反射する。その風景を「綺麗だな」と感じたからこそ、ゴッホはこの絵を描いたのだろう。こんな風景に恵まれた人生と、便利な商業地にマンション。なんとなく整ってはいるけれども周りを見るとエントランスホールや壁ばかり……。そんな風景に囲まれるのと、どっちが良いだろうか。人生の質はそれだけで変わると思う。

デンマークに、オーフスという街がある。広さ468k㎡人口32万人、人口密度は683人 /k㎡、日本国内で言うと、茨城県の大洗町と同じくらい。オーフスはこの写真のように、人で溢れている。

街の中に色んなスポットがあり、建物の中ではなく、外に出て楽しむ。「陽気な人が多いから」でも、「外出するのが好きな人が多いから」でもない。人がそこにいたくなるような街は、実は、設計で可能になる。

人々がうっかりこんな風に過ごしてしまうように、巧みに設計されているオーフス。居場所が作られて人が来る、人が居るから人が来る、そんな循環があるのだ。
居場所があるから、人々は街の中に居られる。人が多いのではなく、「ひとの姿が見える街」作りが大切なのだ。

たとえば、たったひとつベンチを置くことで、井戸端会議がはじまることもあるだろう。「座るきっかけを与えることはカッコイイ」と、台北ではショップの入り口にソファを置いたり、個人邸宅の前にベンチを設置したりするのだ。ちょっとしたきっかけがあるだけで、人は街に出る。

「1階づくりは街づくり」を掲げたとき、「何を言っているの? 当り前じゃない」と言われた。しかし、会社を作って、調べて分かったことがある。外国では、1階は「EYE LEVEL」とも呼ぶ。重要な場所だという認識がある。日本は今まで、そんなに大事な場所をおろそかにしてきてしまった。THE CITY AT EYE LEVELでは「1階は建物の10%を占めるものだが、人間の経験の90%はそこで起こる」と指摘している。

画像10

サンフランシスコでは、「生きた街」を作るために、1階づくりに厳密なルールが決まっているという。人が関われなくなる・佇めなくなる1階がひとつ作られることで、死の街に近づいて行ってしまう。1階をないがしろにしてしまうと、数十年後には死の街になってしまうのだ。人は「自分の生き方・ライフスタイルがそこで実現できるのか?」をグランドレベルで評価し、街そのものが選択淘汰されてしまうのだ。

喫茶ランドリー

『マイパブリックとグランドレベル』(晶文社 2017年)という書籍を執筆しているときに、築50年の空きビルのリノベーションの話が持ち込まれた。隅田川からほど近い、倉庫や工場街で人通りが全くない一角に立っているビルだった。マンションが増えて人が増えたはずなのに、何故か街は閑散としている。「お茶する場所くらい、欲しい」そう思った。

あえて、ターゲティングやマーケティングを行わなかった。ターゲットで棲み分けをしてしまうのは不健康だと思ったからだ。30代女子のためのカフェと言われても、24時間そのテンションで生きている女子はいない。どんな状態であっても誰でも、気軽に足を運べる場所にしたかった。

そんな思いで、様々な人がいろんなことをしてくつろげる場所、自由で多様なことを許容できる空間として、「喫茶ランドリー」はオープンした。

飲食店やコインランドリーをやりたいわけではなく、いわば『私設公民館』を作ってみたかったのだ。

マンションの家事空間って豊かじゃない。たまには、のびのびと、洗濯物を広げてアイロンをかけたり、ミシンをかけたりしてみてもいいんじゃない? と思った。

間口も大きいガラスにして、中からも外からも見通しがいい空間になった。こうして、喫茶・カウンター・ダイニングテーブル・洗濯機・ミシンやアイロンが揃った街の家事室が誕生した。

よかれ、と思ったことが実現できる場所

喫茶ランドリーにミシンを設置したことで、「ミシンをみんなに教えるイベントをやりたい」という声があがった。二つ返事で賛成した。

私設公民館を意識して開店した喫茶ランドリーだったが、蓋を開けてみたら、企業の勉強会に使われたり、電子ピアノが持ち込まれて歌声喫茶になってみたり。店先でヘアアレンジをしたり、マーケットが開催されたりしたこともあった。

気が付けば、開店から6ヶ月で100以上の展示やワークショップが開催された。しかも、喫茶ランドリーが企画したものはひとつもなく、すべてが持ち込みによるものだ。もちろん、イベントがなくても、近所のご婦人が楽しんでいる。お互いがお互いを視認し、なんとなく存在を認識する。お互いバラバラだけどひとつの空間に集っている。喫茶ランドリーは、そんな温かい場所になった。

1年もたつと、結構ごちゃついてきた。誰が持ってきたかわからない、置物や植物の数々…。でもこれがいい。自分がよかれと思ったこと、こうしてみたいと思ったことが実現できる場所。それが私がやりたかったこと。喫茶ランドリーは今、いろんな人の表現のおかげで、開店時とは異なる新しい姿を見せてくれている。

補助線のデザイン

まっさらなキャンバスに自由に絵を描くのは、意外と難しい。そこにほんの少し、補助線を足すことで、自由に筆を走らせることができる。モノとコトだけではなく、ハードとソフトを取り持つORGWAREが大切。喫茶ランドリーはハードとソフトを結ぶ、補助線の役割を果たしていると思う。

スタッフに対しては小言を言わない実験をしている。あるママさんスタッフは仕込みに夢中になるとお皿をさげるのが遅くなってしまう。いま、喫茶ランドリーに4人いるスタッフが大手のカフェに勤務したら、全員首になってしまうかもしれない(笑)。でも、「彼女たちが彼女たちらしく働けること」がいちばん。結果、ここには従業員による「信頼されている喜び」が空間に広がっている。

喫茶ランドリーは、その人の能動性や個人性、主体性を生かした働き方に対する実践の場なのである。この取り組みのおかげでスタッフは気持ち良く働くことができるし、私もひとつも損をしていない。

街に暮らす・訪れる、一人ひとり全員が街を作っている。ビルの一室やひそやかなところではなく、みんなが見える1階でやること。そこに意味があり、意義がある。

いきいきとした『個』の能動性が街に表出する。そんな日常をつくりたい。

画像11

田中元子プロフィール
1975年、茨城県生まれ。某大学医学部に合格するも家出。都内で一人暮らしを送る中で、スペイン人建築家カンポ・バエザの書籍に出会い、建築に惹かれる。以後、学生から巨匠建築家に至るまで、建築界の多様な人々へ果敢にコミュニケーションを取り続け、独学で建築を学ぶ。一年間のロンドン生活を経て、2004年、mosaki共同設立。翌年よりライターとして活動しはじめ、初めての連載を持つ。2015年、LINE公式ブログ開設(http://lineblog.me/tanakamotoko/)本質を見抜く素人的視点、アクティブな行動力とエッジーな発言、感情を込めた文章をたずさえて業界内外を駆け回り、執筆、モデレーション、プロデュース、イベント企画など、さまざまなジャンルで活動中。


未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。