素人が語る!個人制作シナリオゲーのマーケティング(ネタバレ含む)

最近もっぱら配信で取り上げられている「陰キャラブコメ」や「断罪室」を見るに、最近の個人制作ゲームはまず実況者がプレイすることが起点になり、その後作者が実況配信に触れることでさらに相互作用が生まれて伸び率が高くなるように思う。
「断罪室」の場合は作者が実況配信に参加し、なおかつ内容を踏まえた上でファンアートを描いてるから当然リスナーがRTしてどんどん周知されていく。無料だから色んな実況者がプレイしやすいし、見知った人物のイラストがどんどん投下されていくことで連鎖してさらに広がる範囲が増す。筆が速い作者であればこそできる芸当だが、堅実な宣伝方法とも言えるだろう。ゲームを取り上げてもらった「お礼」とも言えるので、下心的ないやらしさがないのも利点だ。
一方「陰キャラブコメ」はかなり特殊で、軽く検索を掛ければ分かるが、物凄く熱心な配信者が配信コメントをピックアップして配信の流れを汲んだ考察記事をバンバン出している。これは単純にゲームに対し熱量の高いファンがついていて目立つことが一番大きな要因だが、その「熱量の高いファン」が実況者であることや、きちんと内容を踏まえて確度の高い考察がされていることも大きい。
何より「陰キャラブコメ」はそうした考察が活きる、表層からは捉えきれない構造のゲームになっていて、だからこそ考察や攻略法を求めて検索する人間が多く、こうした考察記事にアクセスしやすい環境ができている。「ドキドキ文芸部」を彷彿とさせる構成で、そうしたメタ要素を含んだゲームはある程度狙ってこの注目の集め方ができるように思う(何故なら考察が大好きな人間は呼んでなくても勝手に集まり考察を始めるため)。語りたがりの人間に語らせればそれがそのまま宣伝になるというわけだ。
もちろん、そうした考察に耐えうる強度のあるシナリオと奥行きのある行間が必要だということであり、これは作者の腕次第ではあるが、逆に言うとシナリオの構造だけでもある程度積極的なマーケティングを行う手間を減らせるのかもしれない。もし本当にそうした傾向があるなら、これは個人制作者には嬉しい話だろう(作者は作品のクオリティを上げることに注力すればいいだけになるので)。
この二つのタイトルに共通するのは善悪や恋愛ではなく「人間関係をテーマにしている」という部分で、正解がなく、いわゆる「考えさせられる」シナリオであること。言ってしまえば実況配信なんて見る層は十~二十代の若い層が大半なので比較的経験が不足しており、頭を使ってる感があることに満足感を得ているようにも思う。ごめんちょっと悪口だったかもしれない。でも頭使いて~~~~って時あるよね?なんか小難しい映画観てえな~~~~~みたいな。クリストファー・ノーラン~~~~~みたいな。
これらの特徴を大雑把にまとめると、「配信者が取り上げやすい無料~低価格帯」で「正解がなく、内容の理解に頭を使う」ゲームが、マーケティング的な意味での成功に繋がりやすいのかもしれない。それが最初からできれば誰も苦労はしないと思うけどね。

じゃあ、「開発に金を掛けたフルプライスゲーム」はどうなの?というと、別にそれはそれで流行している。具体的には「ブルーアーカイブ」とか。あれはキャラクターのキャッチーさが一番入りやすいけど、耳に残りやすい流行を捉えたBGMとか、盛り上がりどころをきちんと押さえたシナリオとかの評価値もかなり高い。フルプライスゲーかどうかで言うと違うけど、開発には間違いなく金を掛けているだろう。
先に語った個人制作ゲームと並べて共通の要素を挙げるなら、それはやはり「内容の完成度が高い」ということではないか。「断罪室」は別に正解を出すゲームではないから完成度というか疑問を投げかける内容だが、その疑問の内容は十分に一般化できる内容であり、個々人が自分の体験と重ねて考えることができる。ここのバランス感がゲーム体験における没入感を損ねないために重要であることは言うまでもない。
タイトルの通り個人制作ゲームを中心に取り上げているにもかかわらず、わざわざ企業が開発したビッグタイトルと並べたのは、現代ではもはや企業が作ろうが個人が作ろうが関係なく、内容で評価されているということだ。「無料・低価格」がウリになるのはもはや個人の専売特許ではない。「基本プレイ無料」が決まり文句になって久しく、誰もが自由に触れられるゲームが溢れかえっており、「その中で何を選ぶか」の取捨選択が行われ続けている。先に「わざわざマーケティングに時間を費やさなくてもヒットが見込める」と書いたが、その中で個人制作ゲームが戦うには、「より完成度の高いゲームで勝負する」という、この上なく厳しい実力主義社会になっただけなのかもしれない。

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