杖の音楽

「これ、私のことだ……」って変なミーム化してるけど、そんなに笑うようなことか?


歌詞というのは共感性の高い抽象的な事柄や普遍的な出来事が書かれていることが多い。特にJ-POPに区分される音楽にはその傾向が強いだろう。当たり前と言えば当たり前の話で、歌詞にメッセージ性を込めるのであれば、全く理解の及ばない独特な感性によって書かれた意味不明な歌詞では、大多数にとっては何も伝わるものなどないのだ。いや、何か電波を受信してしまえばその限りではないが……。

具体例を挙げてみよう。米津玄師の『Lemon』では、「夢ならばどれほどよかったでしょう/未だにあなたのことを夢に見る」という印象的な歌い出しから始まる。
具体性とは程遠い、これだけでは何があったのかすらも分からない歌詞ではあるが、同じような漠然とした思いを抱く人間は多いのではないだろうか。
性別も年齢も関係性すらも明らかでない、ただその語り口からは「大切な人との離別」を想起させる。
そしてそうした「大切な人との離別」は、多くの人間が共通して経験した事柄ではないだろうか。だからこそこんな抽象的な歌い出しでも、「あぁ、なんとなく分かるな」「自分もこんな風に思ったことがあったな」と共感を持つことができるのではないか、という話なのだ。

さて、こうした共感性の高い歌詞に対して、「これ、私のことだ……」と反応するネットミームのようなものが既に出来上がっているのは既知のことであろうと思う。自分で使ったことがなくとも、使っているのを見たり聞いたりしたことがある人も多いだろう。全く知らない、触れたこともないというのなら、ちょっと検索してみればいいだけの話だ。
言うまでもなく小ばかにしている。元よりネットでの流行りものなど、大なり小なりそうした冷笑的な側面を含んでいることは今さら論じるまでもない。しかしちょっと待ってほしい、と思うのだ。その共感は、そんなに笑うようなことなのか?

こうした冷笑が何故起こるのかというと、先に挙げたように共感性の高い歌詞はJ-POP、つまり「最近流行りの曲」に多く見られるというのが一番大きな要因に思える。
こうした言説も聞いたことはないだろうか。「昔の曲とは違い、最近の曲はより具体的で直接的な歌詞が多い」というようなものだ。これはつまり、「昔は抽象的な歌詞で物語を聞き手に想起させたが、今の聞き手はそこまで読解力や想像力がないので直接的な歌詞じゃないと理解できない」という、若者批判を交えた言説である。「最近の若者は~」に通じる、あまり聞く価値のない話だが、一方でそうした具体性の増加は、肌感覚として「ある」ようにも思う。全くの的外れには感じない、ということだ。

一連の流れとしてはこうだ。
最近の曲は具体性が強まっている

抽象的な歌詞では聞き手が理解できないから

最近の若者はバカ
だから、「最近の具体的な歌詞に共感する」→「共感してる奴はバカ」、という数式が出来上がってしまった、と考えられる。短絡的だが、三段論法的でもあり論理が欠如しているわけではないことも分かる。倫理は欠如しているが。
これが「これ、私のことだ……」に含まれる冷笑的な意味の内訳であると自分は解釈している。実際にはミソジニー的な面も大いに含んでいると考えられるが、今回は本題ではないので割愛した。


ここまでで十分示したように、筆者は本ミームに対して批判的な立場を取っている。それはもちろん感情的な面が強いが、それ以外に「共感することの何が悪なのか?」という純粋な疑問があるからだ。
歌詞に個人的な体験を重ね見ることが、そんなに愚かなことだろうか。自分はそれは普遍的な営みだと思っているが、そんなに珍しいことだろうか。一般化できるように意図的に抽象的に書かれた歌詞に対してひとかけらの共感も抱かないとなると、それはそれで受け取り方に大きな偏りがあるようには思わないのだろうか、と。
もちろん、そんな0か100かで受け取るような生き方をしている人間はごく少数だろう。極端に振った揶揄をしているだけで、実際には共感も重ね見もしていることは承知の上である。であればこそ、このような冷笑的なミームが当たり前のようにまかり通っている現状に疑問を抱かないわけにはいかないのだ。

音楽とは救い足り得ると常々思っている。自分が救われた経験があることもそうだし、それだけの力が音楽にはあると信じたい気持ちもあるからだ。そしてその救うだけの力を、上に書いたようなバカバカしいミーム如きで失ってはならないと思っているのだ。
好きな曲を聞いて勇気づけられること、嫌なことがあった時に元気をもらうこと、気が晴れない時に気を紛らわすこと、尻込みした時に後押ししてもらうこと、落ち込んだ気分に浸ること、そうした心や行動の助けになったことは誰しもあるだろう。音楽は杖のように我々を支え時に導く。「共感」もまた、そうした助けの形の一つに過ぎない。何も特別扱いをするようなことでは、ましてやバカにするようなことでは決してないのである。

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