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逃げる / 日記

忘れたくないなと思っても、ほとんどのことは忘れてしまう。それでも忘れたくなかったという気持ちの形くらいは覚えていたい。一人称を「オレ」にしたのは小西康陽リスペクト。あまり整形していない文章。


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本当に眠たい。頭が働かないし、動けない。沈み疲れている。動かない体に鞭打って荷造りをする。

リュックにパンパンの衣類とコーヒー道具を詰め込んで大学へ。ポートフォリオを作る授業、どのくらいちゃんと作ろうか迷う。こういうところで手を抜けるのはオレの愚かさと賢さだ。5限の英語はまるごと寝てしまいちょっと落ち込み。札幌駅で天丼を食べてから新千歳空港へ。奇奇怪怪の品田遊フューチャー回を聞く。自意識の屈折を同調するときの難しさについて。無邪気さが邪だと振り返られる危険性。何もできないんじゃん!と思ってしまう。

いつも成田空港でSpring Japanだけど今回は羽田空港でAIR DO。こんなに快適、というか羽田空港は都市と繋がっているのかと驚く。機内で配られるホタテスープが絶品。小沢健二のように高速に降りることなく、モノレールへ乗車。ずっと菊地成孔「スペインの宇宙食」を読む。官能的な文章。非モテは全て努力不足みたいなことを前に言っててウケた。

小竹向原着。Aにまたお世話になる。ほろ酔いでオモコロを見ていてすごく良かった。翌日会う人々について軽くリサーチしたのちに眠りにつく。

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遮光カーテンは本当に朝でも夜と遜色のない闇を作るからすごい。寝ているAを横目にカバンにコーヒー器具たちを詰め込み世田谷代田へGo。振り返った今になって思うがCody・Leeですね。当時はフィッシュマンズの「宇宙・日本・世田谷」しか聴いてなかったなあ。渋谷は昨夏あたりから自分の知る街という気分になっていたけど、原宿も先月くらいからそんな気持ちになれたな。夜通し街を歩くと愛着を持てるのかも。

予定より早く到着したのでネイルを塗って待つ。MUSIC IS LIFEって名前の付いた、THREEのネイル。友人に誕生日プレゼントとしてもらったのだけど、同窓会で幼馴染の1人から「何その変な色〜」って茶化されてからグレイな気持ちになってしまった。また好きになりたいな。そういう呪いはたくさんある。だけど塗らないより何倍も好きだ。ポケットに手を突っ込んでも大丈夫なくらいまで乾いたか、そわそわする5分くらい。

友人たちと合流。1キロ弱を歩いてスタジオ地図へ向かう。近況だったり、成人式周りはどうだったかだったりを話し合う。やはり東京にはオレが会いたいと思うような人が集まっている気がする。しかしそれにミーハー心がどれくらい含まれているのか自分でも分かりかねている。最近は自分の未来について何もわからなくなっている。

日系アメリカ人4世の方々と、アニメーション業界の前線で活躍される方々とディスカッションする謎イベントへ。改めて英語能力はあればあるだけ良いのだろうなと実感。ほとんどの皆さんが不織布の白マスクではなく何かしらの個性を携えていて面白い。やはり社会に向けてアクションを取った人しか分からない境地はあるのだろうなと考えるが、オレはまだ自分探し(この言葉は好きじゃないけど、あえて矮小化したい気分なので採用する)で手一杯で、社会とは何かを輪郭線のほつれくらいしか掴めていない。この道の先に何があるのかー。「私たちは、使命をもった反逆者なのです」をコンセプトに掲げファッションブランドをされてる方がいて、何かシンパシーを感じ、勇気をもらった。しかしこういう場で臆さないのはMAKERSなどの場に行っていた経験のおかげだなと改めて。帰りに甘くて大きい飴をもらってアメリカすぎる!と興奮。謎にスタジオ地図のオフィスにコーヒーを置いてもらう。

90’sの裏原系ブランドの古着屋 blue roomへ。コンビニで堅揚げポテトやコカコーラを買い込んで長時間居座らせてもらう。スタッフのハツキさんは前に甲子園で一緒にサウナに入ったことがあったが、ちゃんと話すのは初めて。こういう人が身近にいれば、自分のモードだけで選んでいる今よりもファッションの解像度が上がるんだろうな。SKATE THINGさん特集のEYESCREAMや裏原ブーム当時の雑誌などをたくさん読ませてもらう。野村訓市はずっとどこにでもいてすごい。。笑

夕食に焼き肉をレイジさんに奢ってもらう。ありがとうございます。。何食べたい?と聞かれて麻婆豆腐と答えたのだが、「オレが作ったやつが1番おいしいよ」と言われ笑顔になる。オレもオレのコーヒーにそう思ってる。

その後ヒューマントラストシネマでThe Foolsの映画を見る。序盤は疲労で少し寝てしまったのだが、途中からスイッチが入ったかのように睡魔は去り、映像に見入ってしまった。フランス文学について若い頃をよく語り合っていたというさりげない言及に未だ食らっている。oh babyはとてもいい歌だ。帰り際、一緒に映画を観たジッカンさんにニューイヤーカードをもらう。帰り道に改めて、行き詰まった時に逃げることは大切だなとしみじみ考える。夜食にマクドナルドまで歩くも臨時閉店しておりガッカリ。

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12時少し前に起きる。みんなは社会活動しているのに。。という気持ちにならなくもないが、それが上手くできなくて逃げてきたよなとも思う。寝起きのコーヒーとして、最近焙煎したものは本当においしい。ただタバコに合いすぎてスパスパと吸ってしまう。

街中でSDカードを買うために奔走するもどこも高額で驚く。amazonの価格破壊が人々の暮らしを救ったり破壊したりしていることを考える。なんて言いながら自分も安いsdカードを注文するのだった。

Bとハチ公前で待ち合わせ。チャンネル登録をせがむ若者に辟易してしまう。何にそんな嫌な気持ちになるのだろう。「明けましておめでとうございます」がそろそろフレッシュじゃなくオモシロになってきている。タバコが吸える青山の喫茶店へ。青山学園附属の中高生が下校している。渋谷で思春期を過ごしていたら、自分は今頃どこらへんで何してるんだろう?駅から15分くらい歩けば大きな鳥居や神社があるのは面白い。随分と渋谷を知った気になっていたが未知のエリアはまだまだあるようだ。

到着した青山壱番館という喫茶店はとても良かった。おばさんたちが井戸端会議をしていたり、タバコの吸える場所を求めて若者が集まっていたり、、ここで働きたかったと言うBの気持ちがとてもわかる。なんてことないコーヒーとチーズケーキのセットなんだけど、それがとても嬉しい。飲んですぐこれはコロンビアかな?と国のおおよそを当てられるようになった自分に誇らしさを若干覚える。年末年始の過ごし方や高校時代の振り返りなどをする。すでに色んなことが過去になってしまっている。

マーク・トウェインの「不思議な少年」をプレゼントしてもらい、そのお礼を買うためと、シンプルに訪れてみたかったからという理由で青山ブックセンターへ。「毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである」を探していたが見つからず、菊地成孔の「スペインの宇宙食」を購入。20年前の本と聞き絶句。世界はオレが生きていない時から回っていたらしい。Bからビート詩人ぜひ読んでみてよと勧めてもらったのをここに書き残しておく。

奥渋の方にあるポークビンダルの名店、「食べる副大統領」へ。オフィスの1室のような狭い店内でメニューは1つしかなく、着席した瞬間に尋ねられることなく作り始められる。。という情報から緊張して向かったのだがプロフェッショナルと親しみやすさの同居する、とても良い空間だった。カレーにかける4種類のソース・オイルがあってそれが本当に楽しかった。ポークビンダル自体もおいしかった!夢中になって食べてしまい、気がついたらお皿が空っぽになっていた。

Bと遊び時、いつもは彼女の元気がない時の確率が高いのだけど、今回は元気だった。笑 そして逆にオレがだいぶやられていた。1週間前くらいから、ふと自分の俯瞰性・不感症みたいなものが気持ち悪く感じるようになって、楽しい生活のはずなのにずっと逃避・救済願望が絶えなかったり、自分のとる行動ほぼ全てが分析結果によるもので、それはおそらく他者を信じられない自分の弱さが由来しているなと思ったり、寂しさにうっすら浸っているのも自己防衛のためのシニシズムだなと呆れたり、、なんだかそういう気持ちが爆発して生活もままならなかった。初めて不眠みたいな状態になったりして、たまたま決まっていた東京出張に転機があると半ば祈りのように決めつけて暮らしていた。今振り返って少し思うのは、刺すような冬の寒さに加速させられていた憂鬱もあったなということ。そしてパーティーの空騒ぎみたいなものを昨夏から自分はおそらく続けてきてしまっていた気もする。帰るのが寂しいからといって、終わったパーティーに居続けるのはみっともない。

人生において70点くらいを難なく取れるようになってしまって、おそらくこれを続けたり、頑張ったりすれば悪くない人生がしばらくは続くだろうとしても、30点だったり、それを遂行するために見過ごしてきた影が「それってどうなの?」と首を絞めてくるような感じ。だから今は色んなことをやめて、逃げようとしているという話をロイヤルホストでBにすると、自分の過去に似た質感のことがあって、どういうことをして乗りこなしたか、しかしその禍根がどのようにあるかを教えてくれた。とても嬉しかった。寂しさのようなものって、連帯することしか救いがないと思っていたが、もっと色んなことがあるのかもしれない。昨年Bと仲良くなれて本当に嬉しいなー。

Bと別れ、少し池袋を1人歩く。新宿と少し似ているような気がする。ニコニコのイベントスペースだったところで今ではアディダスのジャージなどが売られている。駅前でドラムとギターを弾き語る若者が楽しそうだ。彼らと仲良くなることなく人生が終わるであろうことに少し寂しくなる。22時前にはA家に到着。今日も彼は帰ってこないらしい。なぜか全然眠りにつけず、ジタバタと夜を過ごす。

1/20(夜明け前のオルガンバーにて)

早朝、なぜか全然眠れない。あんまり興奮するような昨夜でもなかったし、なんでだろう。コーヒーの飲み過ぎだろうか?シャワー、養命酒、セントジョーンズワート、白湯、試せるものは全部試して無理やり5時半くらいに眠りにつく。

10時ごろ起床。11時半に渋谷集合の待ち合わせだ。そろそろ起きなくては。遮光カーテンを少し開けて朝の気持ちになる。POPLIFEのスラムダンク回を聞く。物事の解像度が高い人に自分は憧れている。荷物をどれだけ持っていくかたくさん悩み、結局ポケットの大きなコートにカメラとモバイルバッテリー、スペインの宇宙食だけを。

渋谷H&MでCと待ち合わせ。パジャマみたいな服装でいるとのLINEが来ていたのでどんなものかとワクワクしていったけど、とても似合う淡いデニムを履いていて、なーんだという気持ちに。笑
渋谷の街が変わり続けているねえという話をする。あらいけいいちの個展には叶えば行きたい。今の渋谷にはZARAがたくさんある。

タワレコ前で他の友人たちと待ち合わせ。silentじゃーんとか、渋谷系(笑)じゃーんとかみんな思ってたかしら。入り口すぐに坂本龍一と高橋幸宏、宇多田ヒカルが陳列されている。マネスキンの新譜が店内に流れていてロックンロールはやっぱり良い!の気持ちになる。D、Eと次々に合流。カネコアヤノの新譜も楽しみだ。

念願のタコス食べ放題へ。タコボウル1つにタコス6-9つくらい食べた。うまかった〜。。パクチーとアボカドをたくさん摂取できて幸せだった。また行きたい。東京スタートアップ周りの話や、NFTって何?ってことなどを聞く。みんなオレの知らないことを知っていてすごい。男子校ノリを果たしてオレは嫌いなんだろうか?とか、性の渦巻きから距離を置きすぎてんじゃないか?とか考えた。みんな元気なことより、いまだに仲良いことに驚いたり喜んだりしていて良かった。楽しいこととイケナイことたくさんやろうね。

Dに誘われてえちごやミュージックへ。たらんとRYDEENを弾けてすごい。音楽って奥が深くて本当に究道的だ。。ただのミーハー仕草をして渋谷をあとにする。明日も会えたら下北沢で遊ぼうと約束。俺をきっかけに友達と友達が友達になってて最高。そこへの嫉妬心も薄れてきたな。

10分ほど遅れて上野駅に。駅から動物園までの道のりが仏教的な神々しさをたたえていて驚き。Fと合流して動物園へGo。猿のしなやかな手足や尻尾、画鋲で開けたような目をしたフラミンゴ、寂しそうな気もするキリンやカンガルー、ニアサードインパクトみたいな蓮の密集地帯、変な園のかたち、空の広さ、すっごく楽しかった。何より雪が見えないって最高。。まさかの野崎さんとお会いできて、声をかけていただく。コーヒーの子と覚えてくださっていて感無量。これから会う予定の友達に向けてパンダの指人形を買っていく。

アメ横あたりをビール片手に散歩。大きな湖があって嬉しい。心の中の中島公園にも訪れる。砂場泥棒vol.2どうしよう?みたいなことをわいわい、楽しくかっこよくやりたい、というかダサいことをしたくない。し、できる努力ちゃんと全て注ぎ込みたい。よろしくね。アメ横は紛い物がたくさんあってこちょばしいような気持ちになる。この世界には知らないものがたくさんある。佐野元春 VISITORSのLPが1800円で購入を迷うが買わずに、短冊CDとレーザーディスクを初めて見てちょっと興奮。上野また行きたいな。

なんだか楽しい気分になっちゃって、スカイツリー前までおよそ3.5キロくらい歩く。Tiktokerや薬物中毒者にちょっとの理解とたくさんの苦言を考えて、恋愛とか性欲とかについて悩んでいればあっという間に着いてしまった。愛を知りたいですネ、、結婚について2日連続で考える。

抽象的なものや平坦な道徳を自らの力でフレッシュな当事者意識にアップデートするには知性が必要で、そのためには知の苦しみをこらえなくてはならない。棘を抜くときにも痛みはあるのだ。喪失は常に甘美さを持っていて、、これは日記というより、聞こえるDJの音に書かされたかもしれないな。

スペインの宇宙食を読んで、菊地成孔の瞳ちゃんへの愛はついに叶わなかったことへ想いを馳せる。いかがわしいハッピーミュージックはいかがわしいことよりも愛でいっぱいなことの方が重要らしい。

Fと別れ、恵比寿行きの電車の中で小袋成彬「Butter」のMVを見る。改めてオレは小袋成彬を同一視してない。かっけー先輩として小袋成彬が好きだなと思う。どうしても面白く見えてしまうのも好きな先輩みたいな距離感だからと思えばしっくりくる。

恵比寿に到着。知らない街から時々来る街にアップデートされていく自分の意識にゾクゾクする。少し疲れた体を誤魔化すためにオロナミンcを買う。集合場所に着く直前、信号前で「着いた!」とLINEを送り嘘をつく。なんとか相手より早く到着。

Gとジャナイコーヒーへ。バーに入る手前で流れてる音楽がスティーヴィーワンダーの「Superstition」で、小袋成彬のリキッドルーム公演で聞いたDJを思い出す。

カフェ奥のバースペースは想像の何倍も素敵な空間だった。デザインがされている、という感じ。「ここのハンガー倒れやすいんだよね(笑)」みたいな、働く人ゆえに知っているような言葉を端々に聞けてワクワク。人の日常は自分にとって非日常だったりして、楽しい。

好きな食べ物の話、カルチャーって呼びたくなっちゃうようなものたちにいつから興味を持ったか、妹の話、他者と関わること、愛への飢餓、、色んなことを話す。すでももうたくさん忘れてしまっている気がするけど、全部忘れたくないなと思ったし、その気持ちの質感は残ったままいる。要領が良いことよりも大切なことが世界にはきっとあって、それが何かまではピンと来てないからオレたちは苦虫を噛んだように笑っているんだな、と思う。

映画や音楽が好きということ、人生は退屈だから幻想が必要と言ったのは誰だったか。「演劇のなかで出来たことは現実でも出来ると思うんだよ」みたいな感じのことを又吉直樹は作中のキャラクターに言わせていた。躁鬱のようなものが大人になった今でも激しいアーティストを例にあげて、自分もそういう、表現の仕事のなかにいたいと喋る声を聞いて変な気持ちになった。オレはずっと辛いことをどこで受け止めたらいいんだろう、受け止めなくちゃいけなくなるんだろうか。

Gは自分の思っていた数十倍自分のストーリーを見てくれていて、改めて変なことあげられないと思った。笑 これがこうやって残るのが嫌だったら言ってくださいね。ありがとうございます。noteやメモのスクショも読んでくれているらしく、本当に背筋が伸びる思い、時々こうやって、オレのナイーブが誰かの憂鬱を励ましている時があって、きょとんとしてしまう。曽我部恵一のnoteを思い出す。下記引用。

「いい曲ができたと思ったが、すこし時間が経ってみると、ただただ曖昧で寄る辺ない自分を「哀しみ」という堂々たる額縁の中にはめ込んだという欺瞞を感じなくもなかった。ぼくの心はもっと空白で、無で、歌を作るなんて能動性などほんとうは持っていないのだ。」

引用終わり。

本当は菊地成孔みたいなことを言いたいのに、曽我部恵一みたいなことばかり口走ってしまう。オレはオレのよるべなさをスケッチしてばかりだ。きっと気を遣って話してくれていたから気持ちの話がどこまで本当だったのかはオレの知る由がないんだけど、「いつオーディションが入るかわからなくて、それで約束をキャンセルしてしまったり、勝手に空気を読み過ぎて疲れちゃったりするのが辛くてあんまり友達を誘えないの」みたいなことを言っていたそれには、本当のことが宿ってたような気がする。すごく嬉しかった。パンダの指人形はすごく喜んでくれて、C-originからシーくんと名前をつけて愛してくれていた。また遊んでくださいね。

あたたかい気持ちになりながら満杯の山手線に乗車、渋谷のオルガンバーに向かう。小西康陽のDJを聴きに来たのにピチカートファイヴとサニーデイサービスがレコードで流れる様を聞いてしまう。嬉しい。小西さんのDJは気の抜けた昭和歌謡をグルーヴに昇華させるのが上手い。何より昔の音楽を掘り出して現代に繋げるのが凄まじい。Sunday surviceみたいな昔のチャントかけててびっくりしたな。その余韻と緊張の中これを書く。東京は夜の27時55分。

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始発が朝の4時半ごろから動いているのは本当にすごい。少し早めにオルガンバーを出て、渋谷を徘徊する。風が冷たくてコートのボタンを全部しめる。気がつけば宮下パークにも見慣れたなあ。自分は祖母の家があるくらいの、ちょうどいい距離感で東京と接してきたため幻想も疎外感も抱いているなあと思う。しかしたどり着ける場所だとも思っていて、苦しくないアンビバレンスという感じだ。江古田のファミリーマートでカップヌードルを買って帰路に着く。寝る寸前にUSB-Cの充電に失敗してモバイルバッテリーを高熱に溶かしていることに気づき大慌て。人様の家を燃やす寸前だった。

12時ごろに起床。今夜までAは帰ってこないよう。寝巻きのまま近くのラーメン屋さんへ。汁なし坦々麺の辛さ増しを注文するも、思いのほかちゃんと辛くて口内が燃え上がる。初めての店で挑戦しないべきだった。ただとてもおいしかった気がする。また行きたい。

昨日Gに教えてもらったKousuke Shimizuとジャングル大帝のコラボ展示に行く。初め間違えた場所を目指してしまい、知らない原宿を歩く。住宅街らしき場所があることに驚く。前に渋谷と原宿で、ほぼ初対面だった友人の友人たちと夜通し遊んだ時に歩いた公園前に出てきて懐かしい気持ちに。街に記憶が宿り始めている。コーヒーもハッピーなおクスリになれるんだろうか?と考えてみる。展示はとても素敵で、立体造形になっているレオくんのポップな不気味さなど受けるものはあったのだけれど、いつも展示や美術展に来た時に感じる、自分は20%も感受できてないのではないかという気持ちが沸々と現れる。美術批評の勉強はどこかでちゃんとやりたい。知り合いらしき人たちでバドワイザーをみんな飲んでいて、いい雰囲気だなと思う。そこに疎外感を覚えないように自分もなってきたようだ。

Aに泊めてもらったお礼としてAMAHAGANの山桜エディションを買う。高い飲み物を頼む時いまだに緊張する。そしてそんなことを半ば生業にしている自分について、本当にそれだけ価値あることをしているか?と問い詰めたくなる。ここに関してはずっとちゃんとしていたい。

恵比寿の有隣堂に寄る。今までyoutubeでしか有隣堂の存在を知らなかったので実店舗にテンションが上がるも、目当ての本どころか欲しいものが全然見当たらずガッカリ肩を落としてしまう。その足でJANAI COFFEEへ。昨夜対応していただいた月寒出身のバーテンダーの方とGにホンジュラスのナチュラルアナエロをお渡しする。ティモールの浅煎りをあげたかった気もするが、それをプレゼントすることを口実にしよう。おいしい焼き菓子をいただいてしまい、帰り道に早速食べるとおいしくてハッピーに。

下北沢駅でDと待ち合わせ。駅前のTSUTAYAにも目当ての本たちは全く見当たらない。東京はもうダメだ。笑 ゼミの友達と憂鬱な時に何を聞いてたかについて話す。そいつは音数の多いハードめな音楽を聴いていたらしい。対してオレはchopped and screwedみたいな、飽和したような音楽を聴いていた。やっぱり自分は悲しみに沈むのが好きなのかもしれない。Self ControlのChopped Not Sloppedだったり、odolの「逃げてしまおう」だったり、 perfume geniusのjasonだったりを聞けばその頃の憂鬱がかなり鮮明に思い出される。

気流舎へ行く。もうほんっとうに良かった!じゃがたらの江戸アケミの詩集や岡崎京子の画集、オン・ザ・ロード周りの詩人たちの本など。。読みたい本がたくさんあって、ずっといたいような場所。その日にお店のスタッフをされている方がリアルタイムでフィッシュマンズのライブに3回行ったことがあるらしく、いろんな話を伺えて非常に興味深かった。通います。

そこでDが会わせてくれた女の子が、自分の創作≒文章を書くこと、のために生きている。自分の生の苦しみ、辛さを刺し向けるような表現をしたい、のに最近は人との交流の中で”幸せ”らしきものが分かってきていて、それは確かに気持ちいいものだけど私は幸せになりたくないから、そこから抜け出したい。というようなことを話していた。ここまでハッキリとした「幸せになりたくない」という姿勢を(タナソーくらいしか)見たことがなかったから、かなり食らってしまった。自分は当然のように助かりたい、幸せになりたいと思っていたが、安易な救済を拒否しているのもまた自分だとは思い続けていた。もしかしたらオレも実は幸せになりたいとそこまで思ってないんじゃないか?

「時々、自分の喪失が1番みんなの心に残る瞬間に死にたいと思う時がある」みたいな話をする。こんなの語るにも値しない稚拙な悩みだと自分の気持ちの中でいつも塞いでしまうが、感じてしまう時があるのも実際で、それを衒いなく話せている目の前の2人は良い子だな、と思う。無意識で抑え込んでいる稚拙さとこそオレは向き合わないといけない。

社会って何なのさ?と辞典をひいたり、創作者になることと、そこから降りることは果たして難しいか?と考えたり、生まれ育った環境によってチャンスや性格が大きく違うことの無力感にうなだれたり、、すごく楽しかった。最後に吸ったタバコはとてもおいしくて、こういう時間がたくさんあるのなら東京に住みたいよ、と思う。だけど、札幌にもこういうところがあるのに見過ごしてるだけなのかもしれないな。そこで発見の努力をするのと、東京に来てしまうの、どっちがいいだろうか。

帰りに食べたラーメンが思いのほか高くついて後悔してしまう。Aと晩酌するためにドンキホーテで牡蠣の燻製とファミマでおでんパックを買う。本当はセブンイレブンでロールキャベツを買いたかったが見当たらず。。1時ごろにお互い帰宅。小西康陽のライブを見たり、最近のブルースを打ち明けあったり、AMAHAGANのハイボールのおいしさに驚いたり、夜通し音楽を聴いたりして朝の8時を迎える。今のナイーブさや憂鬱は思春期特有と思っていたけれど、小西康陽や岡村靖幸を見ているとそんなこともなさそうだ。しかしそれでも自殺していない彼らや曽我部恵一は本当に偉い。オレらもどこまで行けるだろうか。遠いところ。

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不眠のままMIAMIAへ向かう。途中coffee&cigarと書かれたお店を見つけ、ちょっと気になる。MIAMIAの店員さんの気さくさは本当に素敵で、キュンとなってしまう。ご好意がご好意を生みグルーヴが生まれるような空間。隣のお客さんと会話が生まれたり、寒いですねえと苦笑いしあったり、これが家の近くにあるAが羨ましい。すっかり長居してしまい、飛行機の出発があと2時間少しになってしまった。慌てて支度をしながらコーヒーを淹れて、Aとお別れ。

羽田空港は本当に近い。小沢健二の「流動体について」、「ある光」を熱心に聞く。15時には家でシャワーを浴びている自分が面白い。15時半には友人が家に来て、一緒に君島大空やサニーデイ・サービスを聴きながらps4のスパイダーマンをやっている。夜にはウィスキーを飲み比べたり、ハイネケンを飲んだりしながら「風の歌を聴け」の映画を見る。なんだかこの映画はここ1週間を締めくくるにふさわしい台詞回し、ビジュアル、質感で、急にぐっと込み上げてくるものがあった。「あなたに迷惑かけてないかしら?」とヒロインが主人公が問いてる場面を見て、誰もそんなこと言わなくていいのに!と泣きたい気持ちになる。友人に「今めっちゃ楽しいかもしれない」と打ち明け、ビール瓶を乾杯する。


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