お詫びと書籍絶版のご報告(2022年10月18日)

この度、弊社刊行書籍『それを感じているのは私だけじゃない こんにちは未来 ジェンダー編』(佐久間裕美子+若林恵・著)の第1刷(2020年8月発行)におきまして、一部の読者を傷つける不適切な内容があるとのご指摘を読者の方からいただきました。

該当箇所は、以下の部分となります。

「第2章 トイレの話」P. 38〜39
※ポッドキャスト「こんにちは未来」第2回 「トイレの話」 2018年12月12日公開を書き起こしたものになります。

佐久間 そうそう。2016年にそのための新法も制定されたし。それで、ホテルみたいなところから、学校や図書館のような公共空間まで、必ずジェンダーフリートイレが設置されるようになった。商業施設も男女別々のトイレを男女共同のものに改装してるし。ただ、それで、「まず間違いなくトイレの未来はそっちだよね」ってすんなりいくかといえばそんなことはなくて。たとえばスーパーマーケットの〈Target〉が店内のトイレをジェンダーフリートイレに変えたときに、保守派が多い地域では住民からものすごい攻撃を受けたりしたのね。保守派の中には、女装している男性に対して、「女の格好してるけど男やろ」みたいなことをいまだに普通に言う人たちもいるからさ。そういう人が子どもに乱暴するんじゃないかとかね。

若林 ふむふむ。

佐久間 だから実は、これは単にトイレの未来にとどまらない大きな議論なわけ。LGBTQの権利や安全の話だから。その線で言うと、「ジェンダーは自分が認識することで自分が決めればいい」っていうのがこれからの考え方のデフォルトになっていくはずで、今までだったら、男性器がついてたら男性のトイレに行かなきゃならないから、女装してるとトイレで身の危険にさらされたりプライバシーをとんでもなく傷つけられたり、そういうことが起きていたんだけど、トイレをジェンダーフリーにするってことは、そういう人たちのことをもっと考える社会にしましょう、っていうメッセージでもあるわけだよね。

いただいたご指摘は、上記箇所において3つありました。

1.
文脈的にはトランスジェンダー女性によるトイレの利用に関する話題において、「出生時に割り当てられた性別が男性で、ジェンダーアイデンティティ(性自認)が女性の人」を「女装している男性」という言い回しで説明してしまっている点。

2.
「ジェンダーは自分が認識することで自分が決めればいい」という言説について、医療、国家権力から割り当てられるべきものではないという意味では妥当するものの、「性別は本人が勝手に決められる」という誤った認識をもたらす可能性がある点。

3.
また、この章全体において「アメリカでは」と主語を曖昧に語っていることで、保守的な州とそうでない地域とでは必ずしも状況が同じではないということを捨象してしまっている点。

上記の3点につきまして、著者の佐久間裕美子さんと、共同著者でもあり編集統括者である若林とで協議をしましたところ、いただいたご指摘の通り、いずれもが配慮に欠ける誤った表現となっていたという結論にいたりました。

主旨として「LGBTQの権利や安全」を擁護すべく語られた箇所であったにもかかわらず、著しく配慮に欠ける表現となってしまったのは、書籍刊行時点において、著者も編集担当者も、表現の部分のみならず、そもそもの問題の理解において認識が圧倒的に欠如していたことに起因しています。著者としての責任において、編集統括者の責任において、またコンテンツの発行元の責任においても、明らかに不勉強であったことを認め、本書によって傷つけてしまった方に心よりお詫びを申し上げます。申し訳ございませんでした。

また、当該箇所におきまして違和感を覚えることのなかった読者のみなさまに対しても、明らかに適切でない表現のもと、誤った認識を流布してしまったことを深くお詫びいたします。

ご指摘をいただいた上で、該当箇所を以下のように修正させていただきます。

「第2章 トイレの話」P. 38〜39

佐久間 そうそう。2016年にそのための新法も制定されたし。それで、ホテルみたいなところから、学校や図書館のような公共空間まで、必ずジェンダーフリートイレが設置されるようになった。商業施設も男女別々のトイレを男女共同のものに改装してるし。ただ、それで、「まず間違いなくトイレの未来はそっちだよね」ってすんなりいくかといえばそんなことはなくて。たとえばスーパーマーケットの〈Target〉が店内のトイレをジェンダーフリートイレに変えたときに、保守派が多い地域では住民からものすごい攻撃を受けたりしたのね。保守派の中には、トランスジェンダーの人に対して、「女の格好してるけど男やろ」みたいなことをいまだに普通に言う人たちもいるからさ。そういう人が子どもに乱暴するんじゃないかとかね。

若林 ふむふむ。

佐久間 だから実は、これは単にトイレの未来にとどまらない大きな議論なわけ。LGBTQの権利や安全の話だから。その線で言うと、「ジェンダーは医療機関や国家によって決定されるものではない」っていうのがこれからの考え方のデフォルトになっていくはずで、今までだったら、トランスジェンダーやノンバイナリーの人たちが、トイレで身の危険にさらされたりプライバシーをとんでもなく傷つけられたり、そういうことが起きていたんだけど、トイレをジェンダーフリーにするってことは、そういう人たちのことをもっと考える社会にしましょう、っていうメッセージでもあるわけだよね。

本来であれば、該当箇所を修正した上で再刊行をすべきところではありますが、改訂版刊行のコストや市場性を考慮し、さらに、上記の指摘を含め、書籍がすでに時代性や著者のその後の考えや認識の変化を十全に反映できていないという観点から、本書を絶版とし、弊社および流通元である青山ブックセンターさまからの新規取り扱いをすべて終了させていただく判断をいたしました。

ご指摘いただいた本書における瑕疵は、著者はもとより、編集の仕事に携わる者としての不勉強・至らなさを猛省させられるものでした。改めて編集・出版の仕事の責任の重さを感じるとともに、いっそうの緊張感をもって臨む必要を痛感させられた次第です。編集者として著者の佐久間裕美子さまに対しても、心よりお詫び申し上げます。

また、ご指摘をくださった方には、直接フィードバックをいただきましたことを心より感謝申し上げます。いっそうの精進をしていく所存です。今後も至らぬ点がございましたら、忌憚のないご意見・ご指導を読者・視聴者のみなさまよりいただけましたら幸いです。

この度は、弊社刊行物における重大な瑕疵から、意図せぬまま読者の方を傷つけてしまいましたこと、重ねてお詫びを申し上げます。


若林恵|黒鳥社 コンテンツディレクター/『こんにちは未来』共著者・編集統括者  
2022年10月18日



佐久間裕美子より

黒鳥社からの連絡を受けて本書を読み直し、トランスジェンダー女性についての偏見を助長し、差別や攻撃に加担しかねない、また現在の自分にとってはありえない表現を使っていた過去に気がついて呆然としました。

アメリカでは、2010年代中盤からトランスジェンダーへの差別や暴力が可視化されるようになり、都市部やリベラル州を中心に、差別を禁じる法案や条例が議論され、可決や成立に至るようにもなりました。そうした動きの一環として、2016年2月にノースキャロライナ州シャーロット市議会で、公共施設の使用をめぐるトランスジェンダーの人々に対する差別を禁じる条例が通過しましたが、これに対峙するように翌月、共和党議員が過半数以上を占める同州の議会は、トランスジェンダーの学生が自認する、または移行した性別のトイレや更衣室施設を使うことを禁じる法案を通過させました。これを受けてオバマ政権の司法省と教育省が、トランスジェンダーの学生に対する差別や嫌がらせは性差別を禁止する「タイトルⅨ」の違反であり、学校にはトランスジェンダーの学生にとって安全な環境を確保する義務があることを名言する覚書を、同年5月に発行しました(https://web.archive.org/web/20171017100114/https://www2.ed.gov/about/offices/list/ocr/letters/colleague-201605-title-ix-transgender.pdf)が、同じ年11月の大統領選挙でドナルド・トランプが大統領に当選し、翌年発足したトランプ政権によって、この覚書は撤回されてしまいました。こうしたことと並行して、宗教右派の強い保守州では、今もトランスジェンダーの人々がこれまで保障されてきた医療へのアクセスを制限したり、生まれた時にアサインされた性別として生きることを強いる政策の追求が続いています。こうしたことは、基本的人権の侵害であるだけでなく、心や体の健康に影響を及ぼす危険なものであり、同時に嫌がらせや暴力の例が後をたたない一方、保守派が主張する「子どもや女性への暴力」の事例はまったく報告されていません。

当該の文章は2018年12月の配信を文字に起こしたものですが、こうした歴史的推移を丁寧に説明しないまま、世の中で交錯していた言説をきわめて雑な姿勢で話してしまったことには反省しかありません。思えば、当時の自分はまだどこか世の中を俯瞰で眺め、様々な方向から聞こえてくる声をつまみ食いして紹介するという態度で言葉を発していて、リアルに存在する人々への眼差しが圧倒的に足りなかったと思います。また、その後、アメリカの保守派が主張するレトリックが日本に輸入され、女性や親たちの恐怖を煽り、特にトランスジェンダーの女性たちを攻撃する武器として使われることになることは、当時の私には想像することができませんでした。

今現在も、まだまだ至らない部分はあると思いますが、その後起きた様々な事件を追いかける作業をする中で、また理解の足りない部分を歴史的な文脈をふまえ、時間やエネルギーを使って埋めてくださる方々のおかげで、トランスジェンダーの人々に対する差別が宗教右派によって意図的につくられてきたものであること、また世界中で自分の想像を遥かに超える傷やダメージ、決して少なくない数の死をも生み出していることを学んできました。また、性別が2つしかないという前提でつくられた社会構造の中で、就労や医療、教育などといった基本的な分野においてトランスジェンダーの人々が、 さまざまな困難を抱えて生きる現状は、社会全体で考え、解消するべきものであると考えます。自分のトランスジェンダー差別に対する反対のスタンスは揺るぎのないものであり、今後、こうした現状に対して自分に何ができるかを考え続ける所存です。

書籍版の発刊の際に気がついて訂正すべきだったところをそれすらも怠り、振り返ることもなくここまで来てしまったこと、傷を与えてしまった人がいるであろうこと、またこの本を手に取り読んだりにすることで間違った知識を得てしまった人がいるだろうことを考えると悔やまれてなりません。ここに深くお詫びをしたいと思います。そして、勇気を持って黒鳥社に連絡をし丁寧な指摘を下さった方には、過去の発言を振り返り間違いを修正する契機をいただいたこと、この場を借りてお礼を申し上げます。

私たちは、日々、交錯するおびただしい量の情報から何を信じ、何を誤情報やレトリックとして見抜かなければならない時代を生きていますが、情報が人を傷つけるための武器として使われる事象も少なくありません。自分の軽薄な姿勢を反省し、今後はこの教訓を生かしてより気を引き締め、言葉ひとつひとつに向き合っていくことを心がけていこうと思いますので、引き続き、ご指導、お付き合いをいただければと思います。