古く、遠く、彼方から灯る祈り

ずっとずっと昔、もう掠れてしまった古い記憶
もう声も、面影も、眼差しも覚えていない
憶えているのは、その祈りだけ
どうか、あぁどうか
あの子が迷わず、逝けますように


遥か昔、人間が海の果てに新世界を望むよりずっと昔の頃。
人間は死へ様々な可能性を見出した。


楽園
輪廻

だが誰しもが死の先に何があるのか確証を得られなかった。
人間は、死ねば戻れない。
啓蒙の鍵すら得られぬ人間は、ただただ死へ恐怖するしか無かった。

ある日、ある村で、1人の人間が亡くなった。
まだ若い男だった。
現代では感染症とされるものによる死で、男の家族は当然悲しんだ。何時間も、何日も。
人間はずっと昔からこうだった。今も何も変わらない。親しい人間が死ぬという事は、何時だって代え難い哀しみが訪れる。


ある時、声が聞こえた。
若い、女の声だ。
哀しみに包まれ…しかし、それだけでは無い。
何か…強い何かを内包した…そんな声だ。
あぁ、もっと良く聞かせておくれ。
その強く、温かい何かを含んだ声を。
すると私の視界には、土を盛り、立てられた木の札の前で涙を流す女の姿が映った。
声の主は、この女らしい。
小さく、何かを呟いている。そっと耳を傾けてみた。

「どうか、あぁどうか
 あの子が迷わず、逝けますように」

これは…何だろうか。
死への哀しみではない。
それはまるで、旅路を祝福しているようだった。
その人はまるで、旅の始まりのように送っていた。

私は知っていた。
人の死の先に何があるか。
何時から、何処で知ったかわからない。
しかし私は先を知り、道を知っている。
だから、私は導こう。
あの祝福を受けた者を。
その"祈り"が届くように。

どうか、あぁどうか
あの子が迷わず、逝けますように

どうか顔をお上げ
あの子は私が、連れてゆくから




「…ん」
「…スカーレット様?」
「…何だアゲート」
「いえ、少々長い間目を瞑っていらっしゃったのでお疲れなのかと」
「いや、昔を思い出していた」
「昔?スカーレット様の昔って…何時の事です?」
「もうずっと昔だ」
「…スカーレット様って何時のお生まれなんです?」
「私に生まれも何も無い」

「私は死神だから」

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