わたしのことはわたしにしか救えない
「問題はすべてダミー」
相対性理論で有名な理論物理学者のアインシュタインは、かつてこんなことを言っていました。
「如何なる問題も、それを作り出した時と同じ意識によって解決することはできない」
アインシュタインが本当に言いたかったことかどうかはさておき、僕の勝手な解釈だとこうなります。
「”それ”を問題だと捉えている当事者の意識が変わらなければ、その問題が解決することはない」
どういうことかというと、目の前で起きている事象について、「それを問題だ」と捉えている「その意識」が問題の根本原因だということです。
だから「その意識」が変わらなければ、問題は解決することはないし、逆に言えば、たとえ目の前の事象が何も変わっていなくても、意識さえ変われば、問題は問題ではなくなるということです。
起きている事象は、たったひとつです。
しかし、その事象に対して、”どのように見るのか”、”どう解釈するか”は、人ぞれぞれで、「問題だ」と捉える人もいれば、なんとも思わないという人もいます。
つまり、「問題かどうか」は、事象に付随するものではなくて、それをどう捉えるかという「見る側の解釈」によるものだということになります。
だから、目の前の事象をなんとかしようとしても、根本的な問題解決にはなりません。
事象は、何をしても何もしなくても、様々な「縁」によって変化していきます。
勝手に変わっていくのです。
しかし、それを見ている側の意識が変わらなければ、再び、目の前の事象を「問題だ」と捉えてしまう可能性があります。
目の前で何が起きていようが、常に「起きることが起きているだけ」で、そこに意味はありません。
それを「問題だ」と解釈してしまう「その意識」のほうを変えなければ、根本的な問題解決とはならないのです。
だからこそ、目の前の出来事はすべてダミーだと言えるし、アインシュタインが言うように、「如何なる問題も、それを作り出した時と同じ意識によって解決することはできない」のです。
このアインシュタインが言った言葉の意味が、心理学的によく理解できる本がありますので、紹介します。
『わたしが「わたし」を助けに行こう―自分を救う心理学』橋本翔太さん
これまでの人生で、どんな人でも、うまくいったこともあれば、うまくいかなかったこともあると思います。
どちらかと言えば、多くの人は「うまくいかなかったこと」のほうが、経験としては多いかもしれません。
だからこそ、数少ない「うまくいったこと」を心から喜べるのかもしれませんし、価値も高く感じられることでしょう。
しかし、「うまくいかないこと」が続くと、心が疲弊してしまうということもまた事実なので、できるだけ、それを避けようとするのが自然な心の働きだと言ってもいいと思います。
身体的な傷と同じように、心の傷も、一度痛みを感じてしまうと、もうその痛みを感じたくないという思いが働いて、無意識にそれらを避けようとしてしまうものです。
その傷を負ったところを、守ろうとする。
それは、自分で自分を守ろうとする自然な身体の反応であって、悪いものではないのですが、傷が大きければ大きいほど、傷が深ければ深いほど、過剰にそれらを避けようとするでしょうし、庇おうとしてしまうものだと思います。
そして、その過剰な防衛反応が、時と場合によっては、人生のあらゆる場面において障害になってしまうこともあるのです。
もし、小さい時に、人前で大きな恥をかいてしまったとすると、おそらくその人は、もう二度と、人前に出て何かをしようとは思わなくなるでしょう。
少なくとも、人前に出ることを極力避けるようになるはずです。
勿論、そうはならない人もいますが、どちらかというと、数は少ないのではないかと想像します。
その人に、たとえばスピーチの才能や、歌の才能や、ダンスの才能があったとしてもです。
それって、すごく残念なことだと思います。
そういった才能があるにもかかわらず、人前に出ることを極力避けるようになって、その才能が開花しないままに、人生を終えてしまう場合もあるかもしれません。
傷を負った部分を庇おうとすることは悪いことではありませんが、その反応が過剰に働いてしまうことで、それらがかえって人生の障害になってしまうのです。
自分を守る働きが、自分を縛る働きとなってしまう。
過去に心の傷を負った人は、「もう傷つきたくない」と思ってしまうものです。
それは自然な心の働きです。
ただそれが、強く働いてしまうことで、本来、その人が望んでいるものが手に入らないという状況を作ってしまっているのだとしたら?
その葛藤の部分を解消していく必要があると思うのです。
この本では、その過剰に働いてしまっている心の防衛反応のことを擬人化して「ナイトくん」という風に名付けています。
著者の橋本さんは、2014年に出版された『大丈夫、あなたの心は必ず復活する』という著書の中でも、不安の根源のことを「ヒューマンブルー」と名付けておられ、人間の心の働きや感情といったものに名前をつけることに長けておられるようです(本当か?)
名前をつけることで、”それ”を特定できますから、これはとてもいいやり方だなと思いました。
さて、その「ナイトくん」ですが、「ナイトくん」という存在(働き)は、どんな人にでもいます。「ひとりひとナイトくん」と言ってもいいでしょう。(この本ではナイトくんは複数存在するとされています)
この「ナイトくん」は、本人が小さいときからずっと、その人を守ってきました。
たとえその人が大人になっていたとしても、もう守る必要がなくなっても、健気にその人を守ろうとし続けてくれている存在です。
「ナイトくん」にとって、世界で一番大切な存在、それが「あなた」であり、「誰か」であり、「僕自身」であったりするわけです。
自分の分身ですから。
「ナイトくん」にとって、自分の分身となるその人自身が、世界で一番大切な存在なのです。
だからこそ、ずっと、その人のことを守り続けているわけですが、時として、その「ナイトくん」が、あなたの人生がうまくいくことを阻んでしまう場合があるのです。
つまり、目の前の問題は、「ナイトくん」があなたを守るために起きていると言ってもいいと思います。
もうひとりのあなたである「ナイトくん」が、目の前の事象を「問題だ」と感じさせ、それらから、あなたを遠ざけようとしている。
「あなたを危険から守る」という目的のために、です。
うつ病に関するこんな説があります。
「人間がうつ病になるのは、目に見えないウィルスという脅威から身を守るために、極力、人と関わらないようにするために、あえて、その人を引きこもらせようとする働きである」
これはあくまで、ひとつの説ということであって、必ずしも、そうだと言い切れるものではないと思いますが、非常に興味深い説だとは思います。
このように、人間の身体や心の働きというのは、外界の脅威から身を守るという明確な目的のために機能していると言ってもいいと思います。
それが、心の部分に働いているのが「ナイトくん」という存在であり、人間という種に元来備わっている機能だと思います。
あなたの人生がうまくいかないのは、あなたにそれを実現させるだけの能力がないわけでも、人から応援されるだけの魅力がないわけでも、ましてや、運が悪いわけでもありません。
そしてその原因は、自分以外の外側の世界にあるわけでもないのです。
自分で自分を守ろうとするあまりに引き起こされている自然現象だと言ってもいいと思います。
これは心理学用語ですが、「二次利得」という言葉をご存知でしょうか?
これは、人生がうまくいかないのは、うまくいかないことの裏側で、実は手にしているメリットがあるというものです。
たとえば、結婚したいと願いつつ、いざ結婚する段階になると、それを自分で壊してしまうという人がいます。
それは、「結婚せずに一人でいることで手にしているメリット」があるからなんです。
そのメリットのことを「二次利得」と言います。
そのメリットは、人によって様々です。
結婚して、一人でいることの自由さを失いたくないと思っているから、無意識で、一人でいることのメリットを選択しているとも言えるでしょうし、その他の理由もあるかもしれません。
何に、どのようなメリットを感じるかは、人それぞれです。
こうして、自分では気が付いていないメリットのほうを優先していると、「こうしたい」という思いがあったとしても、それを実現することはむずかしくなるのです。
これもある意味、「ナイトくん」の働きによるものだと言ってもいいでしょう。
「ナイトくん」が誕生したときは、そのメリット(傷から身を守ること)のほうが大事だったのです。
だから「ナイトくん」は、いまも健気に、あなた自身を守ろうとして、それが”実現しないように”機能してしまっているのです。
この「二次利得」でいうところのメリットに気付くには、「何故、うまくいかないのだろう?」という風に、自分に問いかけるよりも、質問を逆転させて「何故、私はうまく”いきたくない”のだろう?」と問いかけてみることで、そのヒントがつかめるようになるかもしれません。
それは「ナイトくん」の視点に立って考えてみるということでもあります。
「ナイトくん」と対話してみるのです。
その対話方法については、『わたしが「わたし」を助けに行こう―自分を救う心理学』の中に、いろんなワークが紹介されているので、とても参考になると思います。
このように、人生で問題が起こるのは、もうひとりの自分である「ナイトくん」が引き起こしていると言ってもいいわけですが、もうお分かりかと思いますが、「ナイトくん」は決して、あなたを苦しめようとして、こんなことをしているわけではないのです。
むしろ、ずっとあなたを守ってきた存在なので、一番の味方と言っても過言ではありません。
あなたの一番身近にいて、あなたのことをよく知り、あなたのために、ずっと健気に働いてきてくれた存在なのです。
自分の身体の臓器を同じです。
「問題を引き起こしているのは、もうひとりの自分でもあるナイトくん」ということを聞くと、人によっては「余計なことをしないでくれ」とか、「私のことにかまわないで」という感情が湧いてくる人もいるかもしれません。
しかし、「ナイトくん」は悪者ではありません。
「敵」ではないのです。
その「ナイトくん」と和解し、誰かに頼らずとも、自分で自分の問題を解決することができる、それを知ることが何よりも大切だと言えるでしょう。
自分で自分の問題を解決するとは、この本では、このように説明されています。
「問題解決とは、問題を理解し、問題と手をつなぐこと」
これはつまり、自分の思いと「ナイトくん」との思いが、実は同じであったということに気付くことかもしれません。
問題が起こる理由と、問題の解決を願う理由。
実はそれが全く同じ理由だったことに気が付いたときに、目の前の事象を「問題だ」と感じてしまう「ナイトくん」が癒やされていくのだと思います。
「ナイトくん」と手を取り合うこと。
それが、アインシュタインの言う「如何なる問題も、それを作り出した時と同じ意識によって解決することはできない」ということの意味とつながるのではないでしょうか。
問題を、「敵」から「味方」という意識に。
目の前の事象を、「問題」から「課題」という意識に。
それが根本的な問題解決の方法であり、この本に書かれてある「自分で自分を救う」ということだと思います。
そのように意識が変わったときに、問題は問題でなくなっていることでしょう。
ということで、橋本翔太さんの新刊、『わたしが「わたし」を助けに行こう―自分を救う心理学』
なぜか、人生がうまくいかないと感じている人は勿論のこと、心理学に興味がある人、あるいは、心理職の人にも、とてもオススメな一冊です。
必読の書ですよ。
※橋本翔太さんは、僕が心理学を学んだ心屋仁之助さんとも交流があり、橋本さんのピアノレイキのCDは、いまでもよく聴いています。
何者でもない物書き 上田光俊
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