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シド・バレット考察 - 2336文字

詳細情報

  • シド・バレットのドキュメンタリー映画『シド・バレット 独りぼっちの狂気』が2024年5月17日より全国公開される。

  • 映画は数十名の証言を通じて、ピンク・フロイドを創った男の素顔と神秘を解き明かす。

  • ドキュメンタリーにはデヴィッド・ボウイ、マーク・ボラン、グレアム・コクソンなどがシド・バレットに魅了されたと証言。

  • ピーター・バラカンは「この映画でようやく実像が浮かび上がってきます。」とコメント。

  • シド・バレットは初期ピンク・フロイドの中心人物だったが、短期間で表舞台から消え、伝説となった。

  • 映画は多数の証言と記録映像、幻想的な映像パートでシド・バレットの「狂気」と「天才」の真相に迫る。

  • ピンク・フロイドのメンバーや、家族、友人、美術学校時代の関係者、著名なミュージシャン、写真家、美術家、歴代のガールフレンドが登場。

  • 映像作家のロディ・ボグワナがストーム・トーガソンの意志を引き継いで監督。

  • メインビジュアルと予告編も公開され、シド・バレットの新たな一面を描く内容になっている。

  • シド・バレットはイギリスのサイケデリック期を築いた重要な人物であり、多くの憶測の中に隠されていたが、映画で実像が明らかになる。

来歴

  • 生まれ育ち: ケンブリッジの中流階級の家庭。教育熱心で音楽理解のある両親。

  • ニックネーム: 「シド」は13歳の時、地元のジャズバンドのミュージシャンから。

  • 早期の友人: ロジャー・ウォーターズとは子供の頃からの友人で後にピンク・フロイドで共に活動。

  • 芸術への志向: 1964年ロンドン芸術大学キャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツに進学。画家を志望

  • 音楽キャリア: ウォーターズらとバンドを結成、ピンク・フロイドの母体となる。1965年からロンドンのアンダーグランド界で名を広める。

  • ドラッグ問題: この時期からドラッグ摂取が過剰に。

  • ピンクフロイドとの成功: 1967年、メジャーデビュー。シドの端正な容姿と音楽性で成功を収めるが、LSD中毒などで精神バランスを崩し始める。

  • バンド脱退: 1968年、バンドを脱退。

  • ソロキャリア: 1970年、『帽子が笑う…不気味に』と『その名はバレット』をリリース。サイケデリック・フォークの先駆者と見なされる。

  • 退隠生活: 70年代半ばから実家で隠居。精神病に苦しむ。

  • 晩年: ロックの殿堂入りを果たすが、式典不出席。糖尿病の合併症でほぼ失明。

  • 死後の評価: 実妹がインタビューで精神病が過度に強調されていることを示唆。美術史の研究に傾注していたこと地元住民と友好的な関係を築いていたことアスペルガー症候群の兆候があったこと共感覚の持ち主であったことが語られる。

エピソード

  • 「シド」という通称は、学生時代に通っていたパブの名物ベーシスト「シド・バレット」から由来。

  • もう一人のバレット(ロジャー・キース・バレット)も常連客の間で「シド」と呼ばれるようになったが、区別のために綴りを「Sid」ではなく「Syd」に変更。

  • 1975年にピンク・フロイドのアルバム『炎〜あなたがここにいてほしい』のレコーディング中、バレットが突然スタジオに現れたが、変わり果てた風貌のため誰も最初は気付かなかった。

  • バレットは体重が増加し、髪の毛や眉毛を全て剃っていたため、メンバーも彼だと認識できなかった。

  • 1960年代にバレットの母親が実家を下宿として貸し出していた時期、小泉純一郎がそこに住んでいたことがある。

炎~あなたがここにいてほしい - エピソード

  • シド・バレットが何の前触れもなく『炎〜あなたがここにいてほしい』のレコーディングスタジオに現れたという逸話がある。

  • バレットは太り、禿げて眉毛も剃り落としていたため、初めは誰も彼だと気付かなかった。

  • ニック・メイソンの回顧録によると、バレットはビニール袋を持ってスタジオに入り、メンバーは誰だかわからず混乱した。

  • バレットの変わり果てた姿を見て、メンバーはショックを受けた。

  • ストーム・ソーガソンによると、その場にいた何人かは泣いていた

  • アンドリュー・キングがバレットに太った理由を尋ねた際、バレットは自宅の巨大な冷蔵庫にあるポーク・チョップを毎日のように食べていたと答えた。

  • バレットはどのギターパートを弾こうか尋ねたが、曲の内容が自分に関するものであることに気づかなかった

  • ギルモアはその日に前妻とEMIの食堂で結婚式を挙げ、バレットも参加したが、別れを告げずに帰宅。

  • その後、メンバー全員は2006年のバレットの死まで彼に会うことはなかった

  • ロジャー・ウォーターズは、バレットがバンドにとって重要だったが、彼と共に続けることは不可能だったと回想。

  • 「Shine On You Crazy Diamond」はバレットについての曲ではなく、彼は現代生活の悲しさに対処するために完全に引きこもってしまう人々の象徴だと述べている。

考察

シドバレッドさんは、自身を犠牲にしてまでも、人々に作品を提供したかったのではないかと考えている。
(あなたはここにいてほしいのレコーディングスタジオに表れたことから推察される)

そして、そのうち、自分の作った作品に対し、カプグラ症候群(知っているものが、偽物にすり替わったと感じる症候群)を患ったのではないかと踏んでいる。

そして、そのうち、変わり果てた自分の姿に対してまでも、偽物なのではないかと考えていったのではないか…

そして、ギルモアさんが、
自身の結婚式で別れを告げずに、
バレットの死まで会わなかったことから、
ギルモアさんは、
シドバレットさんを

永遠自身の中で炎として生きさせたかった

のではないかと考えている。

その後の作品から、個人の心情から、グローバルの問題に広がっていったと思われる。

以上

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