南方探偵事務所異聞3 まるかっことじる

クトゥルフTRPGシナリオ「ニジゲン」のネタバレを含みます。プレイする予定のある方は読まないほうがいいぞ! 予定がない方にはふつうの創作として読めます。なおシナリオリプレイはこちら

通し番号が付いていますがそれもあんまり関係がない。

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 その日、夢を見ました。

 あまりよくは覚えていない。取調室で唐突に刑事さんに掴みかかった僕が気が付いた時はゆっくり話しかける男性の声で、すぐに、ああ、お医者さんだなと思った。殺さなきゃいけない、と、言っている声は僕の声だった。だれを、ですか?優しい声が問いかける。みんなを、です。僕はそう答えて、その瞬間反射的に起き上がった。ひどい頭痛がして、起き上がらないといけないと思って、起き上がろうとして、でも、できなかった。横たえられたベッドに僕は拘束されていて、そこから出ることができるまでしばらくかかった。

 だから僕が群馬で入院している啓秀くんのところに出かけて行ったのはもう啓秀くんの容体のほうもずいぶん落ち着いたあとのことだった。縛られなくなってから、桂さんが一度お見舞いに来てくれた。桂さんは僕の探偵事務所の僕の助手で、僕の探偵事務所にはいま僕しか探偵がいないからつまり僕が入院している間に業務は全部停止していて、ごめんね今月中に業務が再開できなくてもちゃんと給料出せるから、と僕が言ったら桂さんは少し黙ったあとで、言いづらそうにでもはっきりと、「そんな場合じゃないでしょう」と言った。おにいちゃーん!

 そんなわけで僕は人を殺したいという欲求なんかぜんぜんこれっぽっちもないというそぶりをできるようになるまで病院にいた。

 僕と桂さん、それに啓秀くんは、世間様では連続死体遺棄事件と呼ばれている、宗教団体が関わるあの事件に大きく関わったのだけれど、その後遺症として、僕はペンのインクに過剰反応するようになって、それを桂さんに言ったら桂さんはそうですか、と言って、黙った。演劇を志していたこともあるっていうのに(もっとも彼は裏方志望だったわけではあるけど)演技が下手であのとき宗教団体に入団を希望したときのあれは嘘だったみたいだなと僕はすこしおかしかった。たぶん僕は桂さんから、あれ、と、インクの関係を聞いたら、帰ってこられない場所に行ってしまうんだろう、桂さんはたぶんそう思ってる、僕も思ってる、ホラーは大嫌いだ、だってこわいもの。――でもね? でもさ。

病院のベッドからさよならして、僕が最初にやったことといったら、みんなきっと、笑うよ。……どうかな?道化としてはひどく中途半端なことかもしれないね。


夢を見ました。


「びっくりしましたよ」

 すこし歩こう、と僕は言って、そうですか、と桂さんは言った。そうですね、じゃなくて、そうですか、と言って、僕は、そういえば桂さんが僕に「教えてくれないこと」があるのは僕がそう頼んだからだもんなあ、と、見当違いなことを考えていた。

「先生から仕事以外でメールが来るなんて、思ってませんでした」

「あれ打つの大変だったんだよ」

「それでこんな時間の連絡になったんですか?」

「まあそういうことでいいけど。ワハハ」

「……なんなんですか。僕も明松さんにご挨拶に行きたかったんですが」

 明松というのは啓秀くんの名前だ。僕が桂さんを呼び出して桂さんが現地に到着する頃にはもう時刻はぎりぎりで、桂さんは単にひもかわうどんを僕におごられただけで終わってしまった。来て欲しかったけど、見せたくなかったんだよな。なにをかって、全部、啓秀くんも、啓秀くんの家族も、そこで話している、僕も。

 でも、ここに来て欲しかった。

 僕たちは大きな橋にさしかかった。桂さんはあたりまえみたいに欄干の側に回ろうとした。僕はワハハと笑ってそれから、欄干の上によいしょとよじのぼった。「なに、」桂さんは悲鳴をあげかけて、黙った。僕がびっくりして落ちてしまうのを心配したんだろう。僕は両腕をひろげて欄干の上を歩いている。暗闇の中で、歩く人はぜんぜんいなくて、車はときどきパアッと光の束のように走っていったけど大学生の悪ふざけだとでも思ったんだろう、まあ、そんなものだ、僕は自分がいつか大人になるって、思えないままでいるよ。

「落ちたら死ぬよねえ」

「……と、思います。先生、」

「向こう側と、こっち側。桂さん。桂さんは、『あのとき』どこにいた?」

「どこ?」

「どっち側にいた?つまり、帰るつもりだった?もっといえば、あの子を連れて帰るつもりだったかな?」

「あたりまえでしょう……先生、そういえば。あのとき」

「僕は連れて帰れなくてもいいと思ってた」

 とん、と、欄干の上を足が動く。平均台は得意だった。渡りきる自信はある。桂さんが邪魔をしない確信もある。桂さんはそういう人だと知っている。何も自分では決めていない。最後の最後には自分では決められない。そうだった。そうのはずだった。だから僕の都合の良い人形ごっこの。

 親父が死んでからみんな辞めてしまってもうだれもいない探偵事務所の。

 桂さんの表情がゆっくりと変わる。

「……あんたまさか」

「もちろん二次元に行けるなんて信じてない。そもそも二次元なんて紙とインクだ。紙とインクになるってことは死ぬってことだ。夢の世界があるわけない。死にたい人にとっては別だけどね。でも、僕は彼らが納得して死を選ぶならそれでいいと思ってた。というより、止められないじゃないか。……違う。言い訳だ。止めたくなかった。僕はずっと。……だって君も聞いたんでしょう?」

 悲鳴のような僕の声。どこか遠くから聞こえているような僕の声。

 風が吹く。強い風だ。悪い匂いがするような気がする。どこか遠くで何かが笑っているような気がする。ここはどこだ。僕たちはいったい、「何」を見た?

 ――みんな殺してやる!

「先生」

 たぶんごく単純で生理的な判断としてそのとき、桂さんは僕の手を、引いた。

 鬼さんこちらと呼ぶように。

「先生は何も見ていないし、何も言わなかった」

「桂さん」

「先生は何も言わなかった。そうでしょう? 俺は聞かなかった。だれも聞かなかった」

「……演技が上手い。今からでも役者になるといい」

 ワハハと僕は笑った。僕が死んだら、という言葉を僕は省略した。まるかっことじる。僕が死んだら居場所はあるのかい、桂さん。役者になるといいよ。君にはたぶんなんでもできるんだ。

 いまここで僕を抱き寄せる他に。


 僕は夢を見ている。悪い夢を。そこは事務所だ。僕の事務所、僕の人形芝居。僕が実際のところは麻雀卓から金を吐き出させてここを維持しているということを誰も知らない。誰も知らなくていい。テレビを見て笑っている啓秀くんの首にまるくあざがある。それは僕がつけたものだと知っている。啓秀くんに喘息があって、そこが急所だということも。パソコンに向かって所在なさそうにぼんやりしている桂さんの、傷跡のない方の顔に大きな切り傷があってだらだら血が流れている。それも僕がやったことだと僕は知っている。桂さんの隣のデスクの経理の佐倉さんには頭がない。それも僕がやった。そうして血まみれの僕の目の前にはあの日秋山さんと呼ばれていた男が立っていて、僕はその口の中に、握ったこともない拳銃をねじ込んでいる。撃った。撃った事ないからどんな感じかわからなくてすごく空虚だった。秋山さんを僕は殺した。僕が殺した。

「あなたが犯人ですね?」

 秋山さんの向こうにいる僕が僕に尋ねる。

「はい」

 僕は答える。

 啓秀くんが僕を呼ぶ。とてもきれいな声をしている。天国から呼ぶ声のように、僕はそれを聞く。「ねえ、ミナカタさん、とってもおもしろいね」

そうだね。


 秋山さんはいったいどんな人だったのか、調べることは簡単だった。なにしろ僕は探偵で、専門は浮気調査で、年がら年中そればかりやっているのだ。人の素行を調べるのは飯の種で、基本的なことは子供の頃から仕込まれている。そもそも岸くんに聞いたってよかった。でもそれをしなかったのは、死体蹴りのように思えたからだった。だってそれは自己満足だ。僕は彼を殺したのだ。彼が死ぬ前に、儀式を中断させることはできたはずだった。不可能ではなかったはずだった。人が死ぬとわかっていて、止めなかった。止める方法を考えようとしなかった。だって死ぬところが見たかったからだ。そうじゃないか?

 そうじゃないとだれに言える?

 あれが素晴らしいショウじゃなかったと、いったいだれに言えるんだ?

 病院を放免された僕は有り金全部をつかって花束を買う。僕はそれをあのビルの前に置く。僕に声をかける人がいる。被害者の遺族の方ですか。いいえ。僕はそう答える。無関係なんです。無関係だったんです。なにもかも、無関係だったんです。秋山さんと僕は、無関係だったんです。秋山さんを救っていたら、僕は彼の、関係者になれたんです。そうしなかったので、僕は、無関係なんです。まるかっことじる。言葉にされない部分、僕はワハハと笑っている。

 無責任ですよね。


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