不思議の国

 差別についての問題を論じているときの基本的な考え方のひとつに「常識」は万人に通じるものではない、というものがあります。そして腐女子にまつわる言説のたいていは差別に基づいたものです。男の子と女の子が恋をしない世界はすべての人間にとっての不思議の国ではない、まずそのことについて考えなくてはならない。

 「わたし」が見ているあたりまえの世界は「わたし」の世界です。それを基準とした場合、「あなた」の世界は全て不思議の国です。そこではなにもかもがさかさまかもしれません。けれど「あなた」の世界においてはそれは「不思議」ではない。「あなた」の世界においては「わたし」の世界こそが不思議の国です。

 あなたの国における常識は、わたしの国における不思議です。

 わたしたちは生まれる前から何らかの影響を受けています。環境、家族、与えられた刺激。わたしは小説を書くので、文体についていろいろと考えてきたのですが、文章は「文章を書き始める」以前から既に、その人のなかでなかばフォーマットが決まっています。なぜなら言語は基本的に発話ベースで構築されるからです。

 発話ベースで構築されるということは、あなたが生まれたとき声をかけた家族や医療関係者、つまり血縁や環境の影響を受けます。そして発話するのはあなたの身体であり、あなたの身体情報の影響を受けます。もちろんこれの上にさらに「あなたにとってよいもの」を上書きすることは可能ですしそれをすることを一般に「成長」と呼んでいると思います。

 わたしが話しているのは、人間とはそのレベルで個別のものであり、環境と身体が完全に同じ人間はおらず、すべての人間が、各々の「不思議の国(本人にとってはあたりまえの国)」に住んでいる、ということです。わたしたちは別々の言語を話しています。

 だからわたしたちはここで扱われている言語、ここで扱われている常識、ここで扱われている不思議について、よく話し合わなくては、わかりあうことはできない。そして話し合ったとしても、もしかしたら、わかりあうことはできない。

 結果残るのはただ単にこういうことです。

「わたしとあなたは関係がない」


 下には何も(略)投げ銭箱です。

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