「初心者のためのやさしい開業相談・コーヒー編31問31答」喫茶店経営1993年8月号


柴田書店 月刊「喫茶店経営」1993年 8 月号
(各情報は 1993 年当時のものです。現在では状況が変化している回答もあります。可能な範囲で注意書きをいれました。)


特別企画「初心者のためのやさしい開業相談 のためのやさしい開業相談」コーヒー編31問31答

Q1 コーヒーについて一から教えてくれる機関のようなものってありますか

A1・・・コーヒーは輸入品ですから、輸入される前の段階については日本国内ではなかなか知ることができません。生産国の中にはコーヒーの栽培についての教育機関を持つ国もあります。
輸入後の段階については、現在の日本では生豆の知識、その管理保存法から焙煎抽出まで、コーヒーという飲物に関しての
捉え方そのものが諸説紛々の状態です。
まず手始めとしては、柴田書店出版のコーヒー関連書籍を読破し、自分が納得して信頼しえる学習の仕方や師を求めるところ
から始めてはどうでしょう。
手前味噌になりますが、筆者が講師を勤めさせて頂いている柴田書店主催のコーヒーセミナーにご参加下さるのも一考です。
全国から自家焙煎店の経営者や開店希望者が集まりますから、何かきっかけがつかめるかもしれません。
どうか開店する前には、できるだけ充分な時間をかけて考え、勉強し準備して下さい。

( 2020年現在「教えてくれる」ところは増えたと思います。その分、そうした教わる側が選択眼を要求されるようになりました。さらに基本文献をしっかりあたって事前の調査が大切になりました。)


Q2 自家焙煎って難しいのですか

A2・・・ 自家焙煎を単純テクニックと捉えた場合には、簡単といえます。
実際に拙著「自家焙煎講座」を熟読しておいしいコーヒーを炒っている方はずいぶんいます。
しかし、自家焙煎をそのテクニックを駆使して一軒の店を成立させる、いわゆる「コーヒーの技術」と捉えた場合には、テクニックは店という有機的連関の中に組み込まれていきますから、独学試行錯誤は難しいといえます。
先の連載で取りあげた焙煎機の選び方を例にとれば、最初に選ぶ焙煎機次第では、おいしくて売れれば売れるほど焙煎が間に合わなくなり客を逃したり、どんなに技術が身についても、一年足らず買い換えて余計な支出を強いられ、技術もやり直しということになりかねないのです。 

( 2020年現在ますます簡単に開業できるようになりました。長く維持継続する経営というものまで、変化しています。開業して成功したら事業ごと売却するという考え方も増えています。)


Q3 焙煎豆を仕入れようと思いますが、よいロースターを選ぶコツは 

A3・・・よいロースターを選ぶコツは、よいコーヒーを選ぶコツともいえます。
よいコーヒーを判断できる検査能力がなければ、よいコーヒーを仕入れることはできませんし、従ってよいロースターも選べません。
焙煎後の鮮度の高いこと、欠点豆が取り除かれていること、がまずはよいコーヒーの第一歩です。
しかし、仕入れ値段は比較的高いと思われます。まず、よいコーヒーで客の信用を得ようと考えるなら、それに見合う計算で店の経営そのものを考えなければなりません。
つまり、あわてて開店と考えず、開店前に経営者自身が勉強と準備にどれくらい時間と金がかけられるかで、よいコーヒーまたはよい仕入れ先と出会う確立が高くなるのです。 

( 2020年現在小規模な自家焙煎店が、こうした事例の仕入れ先になるケースが増えています。高級卸しの競合が増えていると感じます。ここでも仕入れる側の味覚や選択眼が問われます。)


Q4 生豆を仕入れたいのですが、どこから買ったらよいですか

A4・・・生豆に関して品質を判断できる能力が必要とされます。従って、質問3同様の準備が大切です。
現在生豆は、商社、生豆問屋、ロースター、からデパート、自家焙煎店とどこでも手に入るといえます。
違うのはそれぞれの扱い単位量です。商社なら何トン、問屋なら何百俵、何十俵の単位です。ロースターになると規模によって扱い単位は様々ですが、総じていえるのは、細割けば細割くほどキロあたりの単価は高くなります。
扱い単位が大きいほど品質の高い生豆は安定して手に入りやすいのですが、逆に単位が小さくなればなるほど品質の安定度は下がります。多品種の生豆を仕入れる場合も同様です。
自家焙煎を始めるとすれば、毎月一〇〇キロから五〇〇キロ程度の仕入れとなるでしょう。例えば、その中で二〇種類のコーヒーを扱おうとすると、一種五キロから二〇キロ程度の仕入れです。
一種につき一俵(六〇~七〇キロ)仕入れれば二〇種で一トンを越えます。これには、相応の倉庫が必要になります。 


Q5 自家焙煎をしたいのですが、許認可条件はありますか

A5・・・自家焙煎店の場合、喫茶(イートイン)専門型と豆売り(テイクアウト)専門型、併用型の三形態が考えられます。
店内での飲食が含まれる場合は、各自治体によって決められた営業許可が必要です。
物販店の場合は特別な許可は必要ありません。
ただし、自家焙煎は焙煎機によってコーヒーを炒る作業が店内で行われますから、常識の範囲内での防火設備は必要でしょう。
また、店の立地によっては煙突を上げて排煙するということが公害になる場合も考えられます。
例えば、店の建物よりも高いマンションが隣接し、排煙がマンション居住者の物干しや換気の迷惑になることもあります。その
場合、マンションの壁づたいに煙突を這わせ、その屋上まで延長することもあります。これは、費用の負担も軽く済みますが、マンション側との話し合いが必要です。
できない場合には、集塵機、消臭機といった機械を焙煎機に取り付ける必要があります。 

( 2020年現在、消煙装置が要求される事例は増えています。予算組に影響します。)


Q6 コーヒーのいれ方にもサイフォンやペーパーフィルターまでいろいろあるようですが一体どの方法がいいのでしょうか


A6・・・ はっきりいってペーパードリップを勧めます。衛生的で管理しやすく、何よりいちばん普及しています。家庭でおいしくコーヒーを飲むことを浸透させるのに、店と家庭が同じ器具を採用することは重要です。店で味わったおいしさを家庭で再現できることを意味しますし、同じ器具ならアドバイスも有効です。 ただし、焙煎までで完成されたコーヒーであることが望ましいでしょう。抽出段階で微調節の必要な商品では、店ではおいしく飲めても家庭では同じようにできないことがあります。

( 2020年現在、世界中が注目するペーパードリップになりました。器具の素材も多様化しました。様々な器具で試す必要がでてきました。)


Q7 コーヒーカップはどのように揃えたらいいですか


A7・・・ カップは、直接客が口をつけるものです。店内の内装に凝るのなら、客が直接触れる部分の快適さを優先させたいものです。
メニューに添って違うカップを揃えるのもアイデアです。カップの違いで内容が判断できる便利性もあります。
しかし、客は案外とカップの価値というのを目利きできるものです。メニューの価格帯に比例した値段のカップを組み合わせることにも配慮が必要です。
ブルーマウンテンにブレンドの倍の値段が設定してあったら、ブレンドのカップよりブルーマウンテンのカップが安価なものであるのは不自然ですし、必ず見破られてしまうものです。
また、コーヒーをメインに提供する店が、例えばその店オリジナルのカップであっても一、二種類しか使用しないというのは、どうも味気ない考え方のように思えます。それに、カップを見ただけでは、内容は全く判断できません。
カップの中は白い方がコーヒーが映えます。しかし、外側まで白一色というのはお勧めできません。
購入数量については、総数が席数のおよそ二倍から三倍といわれます。あとはメニューによって予想される頻度、収納スペースと相談して下さい。

( 2020年現在、食器としてのカップまで楽しみを広げる、という店は少なくなったかもしれません。あまりに素材重視、味覚偏重で、お茶を飲用する楽しみとしての文化に対する目が変わってきたかもしれません。)


Q8 カップサービス以外のコーヒー商売にはなにがありますか


A8・・・ 「カップサービス」から早く脱却して下さい。
これからの自家焙煎にとっては、カップサービスというのは豆売りのための手段と考えていいでしょう。カップサービスは、客席や営業時間が決まっている限り、上限があります。その上、上限に近づくほど人件費が嵩みます。また、全然来なくても毎日の経費は同じです。
喫茶店を始めようという場合、コーヒー一杯あたりの原価や、客席の予測回転率などの数字に惑わされることが多いのです。
カップサービスというのは、受け身の商売を象徴する言葉です。
せっかく畑を耕したのに、誰かが種を蒔きにきてくれるのをボーッと待っている百姓がいるでしょうか。何も実のならない雑草を生い茂らすだけです。
同じ苦労をするなら、もう待つのはやめて、自分で種を蒔きにいきましょう。

( 2020年現在、開業を考える人たちには、まず自分自身に対する収入の希望や必要性を考慮し、それを実現するために必要な事業計画を検討いただくようにしています。)

Q9 プロは 1 日をどんなふうに過ごすのですか


A9・・・ 自家焙煎店に限っていえば、もし、その店が月間三〇〇キロを販売する店とすると、三キロ焙煎機を使用して単純計算で月一〇〇回の焙煎が必要です。
月二五日の計算で一日平均四回の焙煎。一回の焙煎にかかる時間は三〇から四五分程度ですから一日二、三時間は焙煎に費やされます。
焙煎の前後二回ハンドピックしても、正しい知識をもって熟練すれば、四回分のハンドピックは、一時間もあれば事足ります。
営業時間を十時間に設定して、食事時間二時間としても、残り八時間。半分は商品の製造に当てられ、半分は販売に当てられるという計算です。
もちろん大量生産ではない自家焙煎店の場合、炒りたてであるという鮮度もアピールしなければなりませんから、こんなに平均的に作業が行われるというわけにはいきませんが。


Q10 どうせやるなら水にもこだわりたい。プロの方法を教えて下さい


A10・・・珈琲屋バッハでは、東京という条件から浄水機を通した水を使用しています。
しかし、あくまでもメインの商品はコーヒーですから、どんなに水に凝ったとしてもそれは副次的なことに過ぎず、それを宣伝に使うなどは愚の骨頂です。
水がおいしいからコーヒーがおいしいのではなく、元々コーヒーがよいもので、従っておいしくなければなりません。
特に顧客には、家庭でも同じようにコーヒーを楽しんでもらうために、よいコーヒーを選ぶこと以外に余計なこだわりはもたせないほうがいいでしょう。

( 2020年現在、お客様は家庭で水に対しても工夫をすることを、コーヒーを飲む楽しみととらえている人も増えています。)


Q11 ミルは何がいいですか


A11・・・使用頻度によって耐久性の高いミルを選びます。カップコーヒーしか扱わないのであれば、使用頻度は低く、家庭用の電動ミルでも間に合ってしまうかもしれません。
しかし、豆売りをするのであれば業務用ミルが必要です。
いまここにあるカタログを見ると、四つのタイプに分けてあります。


a[喫茶店家庭向]容量二〇〇グラム
b[喫茶店挽売り店用]容量六〇〇グラム
c[挽売り店用]容量一キロ
d[業務用]容量五キロまたは十キロ


豆売りを中心に考えれば、aは店で使うというより販売する商品といえます。
初めはbがあれば事足りるかもしれませんが、コーヒー屋がミルの故障で豆を挽けないなど論外です。必ず予備をもう一台用意すべきです。
bが二台あればカップコーヒー用と豆売り用に分けて使ったり、焙煎度合や挽き方(メッシュ)の違いによって効率よく客に対応もできるというものです。
輸入、国産の差はいまやほとんど考慮しなくてよいでしょう。故障やメンテナンスのことを考えると輸入品にばかり頼るのはいかがなものでしょうか。
日本の場合は、焙煎度合もまちまちで、メニューよっては挽き方もまちまちです。以前、実験で深炒りのコーヒーが一般的な国のミルで日本の浅炒りコーヒーを挽くと耐久性が低下するといった例もありました。


Q12 コーヒーだけを売る店にしたいのですが、メリット、デメリットを教えて下さい


A12・・・ 珈琲屋バッハを例にすれば、いわゆるヨーロッパのカフェを規範のひとつにおいています。
ヨーロッパのカフェでは、食事をしたりアルコールを提供したりしていますし、ケーキ、パンの店がカフェを併設していることも多いのです。
しかし、ヨーロッパと日本では歴史の長さ、その成立した背景が違っていますから精神的規範にはなりますが、経営的に規範になりうるかは議論の余地があります。
バッハは、現在コーヒー以外に数種類の自家製ケーキやトースト、ジュースといったメニューも提供しています。「コーヒーだけ」が傲慢な押し付けになれば、ヨーロッパのカフェの精神にも反すると思います。バッハではコーヒーを飲まない、または好まない多くの人にもコーヒー好きになっていただき、家庭でコーヒーを楽しんでもらえるよう育成できる場としてのカフェの役割を大切にしたいと考えます。
その上で、バッハはコーヒーだけを売る店に徹しています。もう一度、九二年二月号に掲載されたカウンターのカラーグラビアや連載の一六回(本年四月号)を参照して頂きたいのですが、何が経営の根本かを忘れない限り答えは自明のものなのです。

( 2020年現在、参考まで、旭屋出版「カフェ開業の教科書」に近い傾向の記述があります。)


Q13 コーヒーはコーヒーマシンでいれようと思います。選び方のポイントは


A13・・・基本的に現在あるコーヒーマシンは、炒りたての新鮮なコーヒーにとっては、抽出の湯温度が高めに設定されています。その上一度に大量のコーヒーを抽出しますから、抽出時間も長いのです。
当然、湯の温度が高く、時間が長ければオーバー抽出となりがちです。
マシンを特注するのでない限り、問題はコーヒーの選び方にあります。店にとって完成された機械を調節するのは至難の技です。それに効率よく簡便にならなければマシンを導入する意味がありません。
コーヒーならある程度可能でしょう。
焙煎度合や粉のメッシュ、粉の量を調節します。解説書にある分量を鵜呑みにせず、根気よく何回も実験を繰り返して納得できる分量を設定すべきでしょう。
ちなみに珈琲屋バッハでは、家庭用コーヒーメーカーもどんどん勧めています。家庭で手軽にコーヒーを楽しんでもらえることは、すなわち豆が売れることでもあるからです。 コーヒーマシンの場合、ペーパードリップと比較して、その都度味の調節はできません。ペーパーは、失敗すると六〇点位の抽出になることもありますし、一二〇点をマークもできます。一方マシンは七〇点平均なら、それ以下もなくそれ以上も望めないものです。自家焙煎の場合は特に、焙煎段階まででコーヒーが完成されていなければなりません。
それから、ペーパードリップを使用したときの新鮮なコーヒーの「蒸らしドーム」の盛り上がりという演出効果も望めないことを忘れずに。

( 2020年現在、家庭用ではバッハが協力したツインバード社製コーヒーメーカーが存在します。かなりレベルの高いコーヒーを楽しめます。)


Q14 アメリカンコーヒーの正しいいれ方ってあるのですか

A14・・・そもそもアメリカンコーヒーに正しい定義があるのでしょうか。もし薄くて量が多いという程度のものであれば、どんな方法をとろうとご自由に。何しろ自由の国アメリカのコーヒーということですから。
ただ、アメリカにも自家焙煎のコーヒー店はあります。シティ、フルシティローストという命名はニューヨークシティに由来するということですから、そういった店のメインの焙煎度合は決して浅炒りではありません。
イタリア系移民の多い国ですから、イタリア系の店では、エスプレッソがメインになります。
筆者がたまたま入ったデニーズで、おかわり自由のコーヒーは、確かに薄いと感じましたが、酸味より苦味が勝っていたと記憶しています。日本の麦茶に例えられるようなものでした。
麦茶は確かに飲まれていますが、緑茶程の独自性はありません。緑茶を席巻してシェアが広がるとは思われません。アメリカンコーヒーにも似たことがいえるのではないでしょうか。


Q15 コーヒーは体によくないと聞いたのですが


A15・・・ コーヒーを体によくないものと信じておられるならコーヒー屋などやらないことです。 しかし、欠点豆や酸敗したコーヒーは、体にいいとはいえません。
家庭では、いまでも買ってきた米の中に黒い粒が混入していれば、文句をいったり、炊く前に手で取り除きます。もし、それが全体の半分を占めていたら誰もよい米とはいいません。でも食物としての米が体に悪いとは誰もいいません。
日本人は主食としての長い歴史を蓄積していますから米についてはほぼ正しい判断ができます。
コーヒーも欠点豆の混入量が多ければ、よいものとはいえません。しかも味にも甚大な影響を与えます。
同様に、コーヒーの中には脂肪分が含まれていますから、焙煎して二週間もすると酸敗して味も劣化してきます。
それらは確かに体によくないと思われますが、インスタントラーメンの油のように食中毒を起こすほどではないのです。
ヨーロッパ人は、米ほどではないにしてもコーヒーという飲物について長い歴史の蓄積があります。彼らは、コーヒーを健康食品また生鮮食品として扱っています。
ヨーロッパでは健康食品として三〇〇から四〇〇年にわたって飲み続けられてきているコーヒーと、ほぼ戦後の五十年の間に
普及したといっていい日本のコーヒーと、果して何がどう違うのか、じっくりと問直す必要があるのです。

( 2020年現在も議論が起きます。ただ講談社刊、旦部幸博著「コーヒーの科学」と「珈琲の世界史」を読んでから、議論すべき時代になりました。)


Q16 豆は古いものがいいという人と、新しいものがいいという人がいるのですが、実際は

A17・・・ 自家焙煎を始めるにしても、自分がどこかの焙煎業者のうちの一軒になるわけですから、質問のとおりです。
自家焙煎を始めた人は、自分という焙煎業者を選んだのです。自家焙煎もロースターも扱い量が違うだけで、質的には同じです。
その意識を忘れないで経営に取り組んでもらいたいものです。


Q18 宅配コーヒーをおいしく提供するには、また出前に必要な道具は


A18・・・ 抽出したコーヒー液の出前には、必ず経時変化が伴います。届けた後、実際にいつ飲むのかは、客の自由な裁量に任されてしまいます。経時変化を検証して、おいしく飲める賞味期限を明示するのもアイデアかもしれません。
現在よく見かけるのは、ある程度保温のきくポットでのサービスでしょうか。豆売りを米の配達に例えるなら、このようなポットサービスは炊きたてご飯の配達のようなものです。
出前ピザのような徹底したシステム作りと商品管理が必要でしょう。ポットを引き取りにいく作業の分、蕎麦やの出前に近い手間がかかりますが。
コーヒーの場合、立地によってはオフィスコーヒーの方が有効な場合もあります。その場合は、コーヒーだけでなく使用する機械(貸与が多い)の面倒も見ることになります。
正しい使い方を担当者に伝えることと、簡単明快なマニュアルの作製が必要です。
ただし、それらもコーヒー豆の宅配を中心に商売するなら、その延長線上で充分こなせるでしょう。コーヒー豆の宅配は、豆売り中心の店なら必ず派生してくるものです。
8問の答えを参考にすると、受け身とは正反対の能動的商いといえます。地方発送は、六月号の特集に譲るとして、周辺の商圏への直接宅配は、やはり自動車が必要です。
ある店では、一日十から二十件の電話注文。一件二〇〇から三〇〇グラムで、一日平均二から三万円程度の売上です。午前中、店を見ながら焙煎ハンドピック、パッキング、午後から配達に約二時間から三時間かかるとのことです。

Q19 家庭にある道具で流用できるようなものってありますか


A19・・・基本的には一切ありません。
もし家庭というものを形成していく思想の下で集められたものであれば、それは家庭にとってなくてはならないものでしょうから、流用など考えないことです。
よく趣味で集めたカップなどが店でも使えないかと問われますが、店というのは家庭とは違う考え方に従って作られ、家庭では味わえない独自の雰囲気を作らねばなりません。
家庭で使うのに合うと考えて購入したカップというのは、往々にして客の側にとっても思い付き得るものなのです。
同じ屋根の下にあっても家庭と店舗はそれぞれ独立を保つことが望ましいでしょう。食器拭きの布巾ひとつとっても、家庭ではいただきもののタオルや手拭をよく台所で見かけます。店舗には店舗専用の布巾を必ず用意すべきです。家庭と店では衛生観念もちがうのですから。洗濯機を二台置く必要はありませんが、別々に分けて洗濯するのは当り前です。
そのかわり家庭でも店でも道具や備品は、よく考えてムダなく揃えることです。家庭から流用できるものが多いというのは、家庭生活でのムダ遣いが多いと思われても仕方ありません。そういう人は、店の部分でも同様にムダ遣いするのではないかと思いますからご注意下さい。


Q20 コーヒー豆の保存ではどんな点に気をつけたらよいですか


A20・・・焙煎前の生豆は、長期にわたって保存する場合は換気のよい倉庫が必要ですが、一カ月程度で消費してしまう在庫であれば、極端に湿気や温度が高い場所でなければよいでしょう。生豆の段階でハンドピックするなら、積み重ねのきく二〇リッター程度のペールカンに移しかえて保存します。
焙煎後は、直射日光は禁物です。温度が上がると酸化のスピードも速まります。冷暗所が望ましいといえます。
ただし、客に商品を選んでもらうためには、商品のよく見える棚と照明が必要です。(九二年二月号カラーグラビア参照)
従って、何よりも炒りたてで新鮮なうちに売りきってしまうことの方が最優先なのです。 カップコーヒーで提供しているなら、賞味期限内(もちろん焙煎後二週間まで)のコーヒーは使えますが、テイクアウトには使えません。テイクアウトの客は、買って帰ってから消費しきるまでに一週間から十日前後はかかるからです。


Q21 ロースターとの上手な付合い方を教えて下さい

A21・・・ 問17の答えをよく考えて下さい。自家焙煎を始めるのであれば、小さいながらも質的には同じ商売を始めるわけですから、同業者であり、競合するのです。それを念頭に置いておつきあいして下さい。
ただおつきあいといっても、その間に商取引が存在するなら、やはり実績を上げることでしょう。数字が上がれば、上がっただけサービスも受けられるというものです。
大した数字もあがらないのに注文ばかりつけても、受けてもらえるはずもありません。ロースターに限らず取引先とのつきあいとは、すなわち、その店の実際の成績如何と比例していると考えて下さい。なによりそんなことは、ある程度売上が上がってから考えても遅くないと思います。


Q22 ストレートコーヒー豆の種類によって、ビギナー向きとそうでないものってありますか


A22・・・ 焙煎技術の観点からすると、連載の焙煎技術の項に必ず登場する「バラケ」のできるだけない生豆を仕入れることです。安定仕入れが確保できない場合は、それのできる生豆をハンドピックや焙煎で調節しなければなりません。
ストレートコーヒーは、一回の焙煎でできてしまいます。一方ブレンドは、単品焙煎をした場合は、三、四回の焙煎で一種類のブレンドができあがるのです。炒り止めをピタリと合わせないと、見た目の色が違ってブレンドとしての価値は下がってしまいます。
また、混合焙煎という方法もありますが、数種類の生豆が混じることは、それで一種の「バラケ」状態になるわけですから、大量生産でない自家焙煎の場合は技術的熟練を要します。
商品の構成上では、問そのものが店側が客を育成するという前提に立脚するものと考えられます。珈琲屋バッハを例にとると、焙煎度合による味の変化をメニュー構成に反映させていますから、自ずと浅炒りのコーヒーが入門コーヒーとなります。
ストレートコーヒーでは、ハイマウンテンピーベリー、キューバ、ハイチ、ドミニカといったカリブ海系のコーヒーが浅炒り入門コーヒーに当てられています。ブレンドならソフトブレンドということになります。

( 2020年現在、混合焙煎は「プレミックス」焙煎と表記されることがあります。)

Q23 コーヒー器具を購入する前に試してみたいんですが、実際に試させてくれるメーカーってありますか


A23・・・メーカーは大概がショールームを設けていますから、予約して訪問すれば試用させてもらえるでしょう。

( 2020年現在、きちんと商流をはずさなければ、コンビニコーヒーに使用されるマシンを試すことも可能です。)

Q24 コーヒーの産地を見学できるツアーがありますか


A24・・・ 一般に開かれたコーヒー生産地ツアーはありません。
広く一般参加者を募るツアーを柴田書店で企画準備中ですが、何分にも一般的な観光地とは、かけ離れた旅になります。現地が、ツアーを受け入れる態勢が全く整っていないといっていいでしょう。従って、一般の観光ツアーより費用も期間も上回ってきます。
また観光客として入国しても、簡単にコーヒー農園や精製工場が見学はできません。何しろその国にとっては、外貨獲得のための重要な産品ですから。
昨年キューバを訪問したのも、二回にわたるキューバコーヒーの取材記事が少しでもキューバコーヒーを普及することに役立つ旨了解されたので、国は厳しい状況下でも快くコーヒー生産の全てを公開してくれたと考えられます。
もしこういったツアーに関心があるなら、どしどし柴田書店に問い合わせ願います。

( 2020年現在、コーヒー生産国では一部、観光農園化を進めているところもあります。よく調べてください。病虫害を持ち込むリスクもありますので、注意が必要です。)

Q25 コーヒーは鮮度が命と聞いたのですが、どういうことですか


A25・・・ 焙煎後は、コーヒーに含まれる油脂分のたに経時変化します。「酸敗」(主に酒類や脂肪類といった有機物が微生物・熱・光・水分などにより、酸化または加水分解されて種々の酸化物を生じ、変味して酸味を呈すること。広辞苑)するのです。
そのすえた匂いは、例えば中華料理屋の掃除されていない換気扇や、真夏に汗をかいて一日履いた靴下などと同じです。
コーヒーの場合、適正に焙煎されたものでも二週間程度過ぎると酸敗して味が劣化してきます。欠点豆がハンドピックされていないものや、「芯残り」といって適正に焙煎されていないものは劣化も速まります。
瞬間冷凍でもすれば酸敗も若干は防げるでしょうが、基本的には一週間から十日前後で飲みきる量を購入の目安として客には説明します。
具体的には、炒りたての新鮮なコーヒーをペーパードリップで抽出してみたとき「蒸らし」の膨張や、味、香りが目に見えて変化してきます。
ぜひ一度は、焙煎直後から一カ月くらいにわたって、毎日の経時変化をカップテストしてもらいたいものです。
それも各焙煎度合で、それぞれ放置したもの、冷蔵庫保存のもの、冷凍庫保存のものといった三つの条件を比較してみるのも、客に対して経時変化や保存法をアドバイスする上で役立つと思われます。

Q26 コーヒー以外の素材もすべて、自然農法もしくは低農薬のものにしたいんです


A26・・・ 自然農法、低農薬ということに関しては、問10と同様のことがいえます。
自家製の野菜なら肥料や農薬についての情報に確証が持てるかもしれませんが、他で作られたものについての情報をどれだけ信用できるでしょうか。しかし、疑えばきりのないことです。
例えば、胡瓜はブツブツ突起が出ていて、全体が白い粉で包まれていたのではなかったでしょうか。そしてすぐに萎びていってしまう。それがいつからか、突起が減り粉吹きでもなくなって、表面がワックスを塗ったようにテカテカ艶がでて、表皮が硬くなり萎びにくくなりました。
以前はまるごとポリポリ食べていたのに、今では大概皮を剥いて食べています。
別に農薬や肥料は関係ありません。品種改良されたのと、南瓜に接き木して栽培されているからのようです。
現在の日本の自給率は三割を切っていると記憶しています。その日本の人口を食べさせていくために、食料品はあらゆる段階で工業化されています。「生めよ増やせよ」のツケを日々払わされていると考えていいと思います。でも、どこかでツケは払わなければいけないのではないでしょうか。
緑茶の文化を持つはずの日本が、ここまでコーヒー消費大国になった由縁とも共通する根があるのですから。

Q27 コーヒー豆だけ売って商売している店が気になります。家庭用のコーヒー豆の需要って伸びているのですか


A27・・・ すべてが家庭用コーヒーの普及のために収斂されていくと考えて下さい。
一度、コーヒーを輸入している生産国の日本側からの輸出品、高、量を調べてみて下さい。それに対してコーヒー生産国は西欧の元植民地でモノカルチャー経済の国がほとんどです。
現在日本には、約五十カ国のコーヒーが輸入されています。日本の貿易が潤沢に伸びるためには、日本の中でのコーヒーの普及は必須だったのです。ヨーロッパに対して憧れのある日本に、コーヒー普及の媒体として喫茶店経営が奨励されたのです。普及に伴って媒体は、喫茶店からスーパーに、そして自動販売機にと拡大してきたのです。


Q28 コーヒーと共にパンかケーキを売ってみたいのですが注意点は


A28・・・ 問10、問26と同様の側面も持ち合わせていますので、同様の注意が必要です。
さらに、コーヒー以上に良質鮮度優先の食品を扱うということになります。本年七月号カラーグラビアで紹介されたヨーロッパのコンディトライカフェがひとつの理想型でしょう。
もし、コーヒー同様に自家製を目指すとしたら、専門的知識の修得が必要ですし、オーブンを初めとする機材の導入にかかる費用はコーヒーの比ではありません。人も時間も倍必要です。
要するに二軒の店を同時に経営するのと同じです。経営にも熟達した手腕が必要とされます。
それでもカフェを経営するものにとって憧れの理想像には違いありません。常日頃コーヒーとケーキやパンは夫婦のようなものと考えています。
段階的に商品を変えていくよりも、やるなら初めから自家製を目指すべきです。そのための早道は、やはり自家焙煎店ならばそれを早く軌道に乗せ、人材を育成し、次の展開の準備のために時間と金をかけられるゆとりを作り出す以外にありません。
基本的な考え方として、「したいこと」と「しなければならないこと」を区別して、まずは「しなければならないこと」から優先的に処
理していくことです。


Q29 地方都市で 10 坪のコーヒー自家焙煎店を開きたいのですが、どれ位お金が要るのですか


A29・・・ 基本的に自家焙煎店を開く場合、絶対必要なのは焙煎機と原材料、陳列棚、ミル、テイクアウト用の包材一式といったところでしょうか。
六月号の焙煎機の選び方を参考に五キロ焙煎機を購入するとして、前述の備品を揃え、生豆を二〇〇から三〇〇キロ程度仕入れて開店する準備とすれば、二〇〇から三〇〇万円程度で済むでしょう。
あいにく自家焙煎店の強みというのは、特別豪華な店舗や好立地を必要としないところです。
それより確かな商品、つまりよいコーヒーを手に入れることが先決です。よいコーヒーを作る技術がなければ、どんな場所でどんな建物で商売しても、自家焙煎としては無意味だと肝に命じて下さい。


Q30 焙煎機はいくら位するのですか。また何キロ釜がよいのですか


A30・・・ 前問同様、連載の十八回(本年六月号)と拙著「自家焙煎講座」を参照下さい。
詳説はそちら譲るとして、率直なところ現在は、主に五キロ焙煎機を勧めています。
正しい技術があれば、一回二キロ程度の焙煎量はクリアーできます。繁盛して忙しくなったとしても月間一トン程度までなら量産がききます。
これから自家焙煎店を始めようというならその程度の販売量が順次クリアーされなければ、店そのものの経営が成立しないと考えていいでしょう。
焙煎機は、日本ではラッキーコーヒーマシンと富士ローヤルがメジャーといえます。それぞれ広告が出ていると思いますので、価格はそれそれで問い合わせて下さい。
日本の場合、様々な焙煎度合を炒り分ける技術と、それに見合った機械が必要とされます。輸入ものがもてはやされた時代もありましたが、概ね大量生産向きか、製造国の習慣上特定されたある焙煎度合を中心につくられたものが多いようです。
自家焙煎の場合、予備の焙煎機をもって開店する例は稀ですから、万が一にも故障やメンテナンスを考慮にいれて国産メーカーをお勧めします。

( 2020年現在、われわれは「マイスター」焙煎機を開発し、販売しています。どうか一度お試しいただきたいと願います。)

Q31 カウンターはどんな大工さんにたのんだらよいのですか


A31・・・ カウンターについては、九二年の二月号カラーグラビアとその関連記事を参照して下さい。
そこにも書いたとおり、カウンターは筆者が自ら設計しました。寸法付の図面も載っています。
前述の資料を基に、それぞれが自分の店の規模に合わせて、工夫を加えて設計するしかありません。
設計士や工務店によっては、喫茶店のカウンターを設計施工したことがあるかもしれませんが、自家焙煎店のカウンターはどうでしょうか。カウンターそのものの意味役割が違うのです。用途が違うのですから設計とて同じではうまくいきません。
第一、自分が毎日そこで働く店を、全く人任せにしてしまうのはどういうものでしょうか。自らが関われば、形だけでない使い勝手をも盛り込めるではないですか。
経営者は、そこまで考えるべきですし、その考えを実際に反映させるべきです。そのためには建築に関する知識を吸収することも大切です。
カウンターをムクの一枚板にしましょう、という設計士や施工業者の言葉以上にカウンターは内外から熱や水分にあてられます。
見た目は格好のいいものですが、必ずといっていいくらい数年の間に歪みが生じるものです。歪んだカウンターを売りものにするより、コーヒーを見てもらいたいのです。
従って、注文主の理論的にも経営的にも実証的にも裏付けのある注文に、積極的に理解し実現しようと努めてくれる設計施工業者または大工を求めるべきですし、そのように働きかけるべきです。
ただし、通常よりも工期が伸びる可能性は大です。提出されるタイムテーブルは鵜呑みにせず、開店日などは鯖をよんでおく方が得策です。

( 2020年現在、前掲の「カフェ開業の教科書」を参照ください。)

(続く)