「小資本ではじめるコーヒー自家焙煎店」(「コーヒー紅茶」第 1 号1999年5 月)

「小資本ではじめるコーヒー自家焙煎店」

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----理想の店は最初から実現できない。初期投資は抑えること。

1 社長から掃除係まで
 コーヒー自家焙煎店を目指す方で、本誌を手に取られた方は、まず勉強の方向性を見失うことはない。あなたの集めた資料の中に「食」のプロを支援し続けてきた柴田書店の出版物が抜けていたらそれこそ問題だ。
 自家焙煎店を目指す方は、まず自分がプロのコーヒーマンになるという意識をもってほしい。プロは無知や疑問を放っておかない。それはすなわち損失なのだから。もし 100 パーセントの知識技術で利益がでる場合、10 パーセントでも知らないこと、できないことがあれば、それは毎日営業の中から 10 パーセントの損失を出し続けているのと同じだ。店主はひとりの中に社長、職人を両立し、しかも配達係から掃除係までこなさなければならない。

2 小資本の資本
 まずタイトルの小資本とは何か説明が必要だろう。もしあなたが現時点で 300 から 500 万円の自己資金を蓄えていないとしたら、何より資本の蓄積を優先してほしい。安定した職業を持っているなら決して早計に退職など考えてはいけない。かりに 30 歳台であるなら、あと5、6回ボーナスを貯めても遅くない。早まって退職してしまった方も欲をはって二兎を追うのは禁物だ。資本を蓄えるときは、その目的に集中することを勧める。間違っても技術を学びながら、お金も貯めようなど思わぬことだ。

 小資本の場合は「時間」でその弱点を補うのが望ましい。開業までの時間にゆとりがあるほど安く済み、切羽詰まるほど高くつく。不景気な現在、安定収入があるなら、焦ってそれを失わず、時間をかけて勤続しながらできる勉強からするべきだ。週 1 回、休日に 3 時間費やしても年間 150 時間勉強できる。この何気ないがたゆまぬ淡々とした時間の過ごし方を楽しめる人なら開業当初の 1 年間を乗り切れるだろう。
 では何が勉強できるか。プロのコーヒーマンとして絶対必要な味覚育成はどうだろう。自分がつくったコーヒーを判断するのはその人の舌だ。大袈裟にたとえるなら、音楽における話題の「絶対音感」とでもいおうか。六歳六月六日からはじめなくてもよいが、もっとも習得に時間を費やす技能といえる。その上、正しい味覚を磨くためとはいえ、比較的高価な「よいコーヒー」を買い続けることは、実は開店後のお客様の立場を体験する重要な機会でもある。
 筆者は、以前入門を求めてきた人に対して、店のカウンター越しに次のような問いを試みた。
 「ブラジルってどこにあるか知ってますか?」「日本との時差は?」「ブラジルの首都は?」「ブラジルという国名の由来は?」「ブラジルの公用語は?」「現在の通貨名は?」「知らない?おそらく全部中学校で習うようなことばかり。プロになろうというのなら、そのくらいは知っていないと...」
 それがコーヒーづくりに何の役にたつかと感情的に問い返す人もいた。自分が飛び込もうとしている世界の全体像も見える前から、自分の勝手な思惑で、ほしいところだけつまみ食いするように技術を学ぼうとする人はプロ失格である。あえてここに答えは書かないが、筆者は役に立たないことを問うたりはしない。プロなら全体像を知れば知るほど、いかに役立つが痛感するはずだ。
 広義の教養を含めて、コーヒーに関わる資料に目をとおすことは、通勤電車の中でも不可能ではあるまい。

3 小資本の立地選び
 いわゆる一等地といわれる場所に予め資産を所有している人は恵まれているが、これから小資本で取得可能な立地は、いわゆる一等地ではない場合が多かろう。
 まず、発想の転換をしてほしい。いわゆる「一等地」とか「好立地」といった格付けとは一体何だろう。机上のプランニングでは「はじめに一等地ありき」で、それに応じた来客数見積であり、業態であった。筆者は日頃から、立地を考えるに当たって大切なのは「一等地を捜すことではなく、一等地にして儲けること」と唱えてきた。マスコミなどで宣伝される有名な一等地は、誰かが一等地にした場所だ。所詮は誰かが儲けたカスなのだ。筆者は「立地はグレードアップする」と考える。かくいう当店は、立地のグレードアップを考慮しなかった時代には「悪立地の好例」とされた。
 20 年ほど前、営業マンらしき人物が、不安にはやる新規開店準備中のオーナーを連れて来店し「こんな場所でもこんなにはやる。あなたの場所なら大丈夫」とささやくのを何度耳にしたろう。世間評判の騒ぐ一等地など、莫大な宣伝費をかけた商品しか売れない。当店は、ひとりひとりのお客様に声をかけ、ていねいに商品の説明をして売ることができる立地を選択したのだ。筆者は自らの開店経験と実務指導の経験から、何をすれば集客につながるかを教えている。自家焙煎店を開いても喫茶を重視すれば、来客数は客席数に制限を受け、天候しだいで変化する。その点、豆売りは安定している。「よいコーヒー」を扱って豆売りしている自家焙煎店で成績低下は滅多に聞かない。(表 1 参照)

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開店当月 / 2 年目以降
月60 キロ程度 / 月150 キロ超程度
月商33 万円(60kg×550 円) /  月商66 万円(60kg×550 円)
日商平均2.4 キロ /  日商平均4.8キロ
(200g×12人の来客) / (200g×24人の来客)


4 小資本の投資
 小資本なのだから、初期投資はできるだけ抑えたい。では、自家焙煎店を開くために絶対必要なものは何だろう。商売に欠かせないのは商品である。つまり商品を得るために(一)材料としてのコーヒー生豆、(二)加工するための道具、焙煎機。若干の包材、(三)前のふたつを使いこなす技能、が要求される。念のため(三)は「技能」とした。焙煎技術だけでは開店して商売はできない。
 コーヒー技能の習得は、モノのやりとりがないためか投資を節約する人が多い。何より自分に投資することなのだが、目に見えないため軽視されている。そしてそれを補うべく立地や建物に依存し、必要以上に投資してしまう例は枚挙に暇がない。どんな立地も建物もそれを活かす技能が身に備わってはじめて成立する。自らの技能の未熟を立地や建物にたよって成立させるのは、本末転倒ではないか。筆者は経営の歪みを感じる。

5 無店舗豆売り
 極端な例をあげれば、もっとも小規模な自家焙煎店は無店舗でよい。(表 2 参照)ここでも発想を転換してほしい。店は建物ではない。人が店なのだ。筆者が指導した中には、地方の郡部で自宅の居間を客席として開放し、居間と庭の間にある縁側廊下を焙煎室にした例もある。外観は一般の民家である。もちろん商いのメインは配達豆売りである。夫人が電話で注文を受け、主
人が配達する。お客様も一度知れば、私道の奥の家まで訪ねてくる。無償でコーヒーを飲んでいただく。わざわざ訪ねてくれたお客様にもてなすのは、本来自然な「茶の心」だ。

 日本でコーヒーが庶民に普及して 50 年ほどだろうか。まだまだ正しいコーヒーの知識が普及しているとはいえない。コーヒーと出会う場が必要であり、そこで「よいコーヒー」を体験してもらう。建物としての店に本来必要な条件も同じだ。華美な内装や奇抜な営業はいらない。建物は「よいコーヒー」を伝えるディスプレイ、道具の一部なのだ。金のフライパンを使っていることが、うまい理由にはならないのと同じだ。

表2
無店舗宅配の自家焙煎コーヒー店からスタート~喫茶をやらなければ必要なものは多くない

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自家焙煎店に必要なもの / 金額
オートバイか軽自動車 / 50~80 万円
焙煎機*(消煙装置が必要な環境) / 200~250 万円*(+100~200 万)
生豆20 種類(計300~400kg) / 50~60 万円
はかり、ミルなど / 10~15 万円程度
包材(サミット、シール)、パンフレットなど / 10~15 万円程度
/ 合計 320~420 万円


6 小資本の商品
 自家焙煎店も失敗するし閉店もする。コーヒーは「自家焙煎だからおいしい」とか「焙煎したてだからおいしい」のではない。自家焙煎のコーヒーは「よいコーヒー」でなくてはならない。「よいコーヒー」とは次の三つの条件すべてが満たされているものをいう。
 (一)欠点豆がハンドピックによって取り除かれているもの。(二)煎りムラや芯残りのない適正な焙煎が施されているもの。(三)新鮮な焙煎したてのもの。
 「よいコーヒー」を提供し「なぜ自家焙煎するのか」という根源をお客様に伝えないと本当の差別化にはならない。筆者は自家焙煎が目的で店を開いたのではない。「よいコーヒー」を手に入れる手段として自家焙煎を選んだ。

7 ていねいな手づくりの価格
 「よいコーヒー」はていねいな手づくりを旨とするから安売りは禁物である。よいものをできるだけ安く、とは思うが安売り競争の果てなき泥沼に陥るのは危険だ。コーヒーには国際相場があるが、国内取引とは別次元であることを忘れてはならない。材料費が下がるのは対応できるが、上るとき対応しやすいゆとりを持たせた価格設定が望まれる。周囲が値上がりしたとき、据置できるゆとり、とでもいうか。そして価格上限はあなたの営業力の行き届く範囲でバランスをとる。


8 分相応の事業計画
 筆者がアドバイスする新規事業計画では、豆売り月間 100 キロで 20 から 30 万円の利益を見込む。そして 2 年間で月間 200から 300 キロの販売をクリアする。(利益は 50 から 90 万程度)喫茶併設では豆売りとの比重にもよるが 2、3 割多く時間を費やす。とはいうものの数字の上では開店当初の半年 1 年はかなり辛い思いをする。しかし、そこで開店前に自分にかけた時間と資
本がものをいう。一時に莫大な広告宣伝費をかけるのでなく、個々のお客様へのていねいな対応、啓蒙にあなたの時間という資本を投下する。その部分の蓄積が、実は開店前の準備に 1 年 2 年のゆとりがとれた人ほど豊かなのだ。(表3参照)

表3
ある経営者の立地比較~何が大切か

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立地 =東京23 区など大都市圏 / =人口3万以下の地方都市町村部
物件取得費 =土地購入200~300万円/坪 / =土地購入50万円/坪
物件取得費 =テナント1~2 万円/坪 / =テナント1 軒屋10 万円以下
出店費用比較 = 1  / =1/2
自己資本 =新規出店は多めさらに金策要す / =小資本で可能性豊か
経営比較 =地の利はあるが、経済性優先 / =良質なものを適価で
経営比較 =経費を上回る売上から単価やコストを割り出す / =必要なコストと単価から使える経費を計算、人口少ないが縁故多し


 話を数字にもどすと、前述の数字をもとに月々の費用や返済額の可能な数字を割り出していく。すると本来の姿である、できるだけ初期投資は抑え、本当に必要なものにしっかり投資することのムリのなさが見えるはずだ。それがあなたのわきまえられた「分」であり、自分を知ることにもなる。あなたが思い描く理想の店は開店当初から実現はできない。それは地道な経営努力の末、5 年先 10 年先に目処がつくことだ。もっともそのときには当初の理想など及ばぬほどさらなる高い理想が拓けているに違いない
が。(表4参照)

表4
自家焙煎コーヒー店の時系列(1 期5 年程度)~店は成長する

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1 期 / 客づくり=無店舗豆売り宅配、顧客啓蒙/融資信用づくり=金融
機関と取引し信用を得る
2 期 / 店舗をもつ=守る城でなく攻める城
3 期 / 人を育てる=安定期、組織づくり、技術を伝える*
4 期 / 高収入を得る=上場企業社長と同等も可だが同等の資質と労働
が要求される
5 期 / 定年がない=個人経営はうまくいっている間は永遠に収入なくな
らない
6 期 / 老舗


 上の3 期以降がクリアーできれば、中央に出店するのも可能。バッハは多店舗化せず、ケーキ、パンを自家製造するべく内側へ展開した。安定期に、経営者自身が製菓製パン技術を身に付けることに投資した。


9 手段と目的の区別
 経営者は、まず「何をしなければならないか?」という必要条件を満たし、商売が軌道に乗るまでは「何をしたいか?」という欲求はできるだけ最小限にとどめる。経営者はコーヒーを売ることに力を注ぎ、職人はコーヒーの味づくりに腐心する。開店当初は両立より経営に比重がおかれるのは当然だ。職人に傾くと機を逸する場合が多い。筆者が受ける焙煎技術に関する相談の八割は売上を倍にのばせば解決がつくことがほとんどである。
 時機を逸した味づくりは、オリンピックが終わってからグッズを売り出すようなものだ。何が優先するか、言葉遊びめいているが、しなければならないことをしなければならないときにする。そのときしたいことは後回しにする。感情を排し理知によって優先順位を見極める判断能力を養ってほしい。(表5参照)


表5
自家焙煎コーヒー店計画の5W1H
Who 主体
誰がするのか。「私=店=組織(チーム)」はじめはひとりでも、将来は人を雇い、自分から他者へ変わる。ひとりのときから「店」という組織づくり。
Why 目的
なぜ自家焙煎コーヒー店なのか。人にとってコーヒーが必要な飲み物であるという「コーヒーの役割」が求められる。
When 時機
いつ勉強をはじめるか。いつ開店するのか。時機をみる。5 年単位で人生の時系列を考える。
Where 立地
どこで勉強し、どこで開店するか。立地をみる。時系列をふまえ段階的に考える。将来の店舗移転、増改築、多店化の可能性もふくめて。
What 商売の根本
何を売るのか。魚屋は魚を売り、洋品店は服を売る。同様にコーヒー屋はコーヒーを売る。
How 方法
コーヒーを製品として製造できる技術。コーヒーを商品化し販売できる技術。


 本稿について疑問があれば、まず紙に書きだしてみてほしい。その時点で答えがわかることも多い。さらに詳しくは柴田書店で本稿読者を対象にしたコーヒーセミナーを開催している。ぜひ参加してほしい。(次回 1999 年 8 月予定)「よいコーヒー」を提供するよい自家焙煎店やそれを目指す人々が集い、共通語共通認識を深めることに尽力している。


当初目標を日商 3 万円にした場合
イートイン(喫茶)  / テイクアウト(豆売り)
400 円/1 杯  /  550 円/100g
3万円=400 円×75人 / 3万円=550円×55人
=豆0.75kg使用 / =豆5.5kg使用
75人÷20席=3.75回転 / 月138kg販売
実際の客単価ばらつきあり、 / これは1~2年後の目標数値
2.5回程度ピークがあると考えられる / 当初6割程度の数字からスタート
立地建物内装など初期投資要 / 店舗は必要最小限
来客増加に伴って人件費増 / 月300kg程度ならひとりで可