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帯叩き

居酒屋でたまたま隣になった不動産賃貸業を営むその男は酒に酔った赤ら顔でこちらを見ながら話し始めた。

あんた「帯叩きって知ってるか?」
淡々と自信ありげにその話をしはじめた。


格闘技ジムをやりたいって男がいてね。
テナント借りようにもなかなか見つからないって困ってたみたいで相談に来たんだよ。

プロレスラーみたいな大男が来る子かと思ったら見た目は普通のあんちゃん。
体も細いしこんな人が格闘技ジムやるんだねー、と不思議に思ったもんだ。

聞けばブラジリアン柔術っていう格闘技で自分は黒帯だと自慢げに話してきたよ。
無口の大人しい男だったのにブラジリアン柔術の話になったとたんに、何かに取りつかれた様に急に早口で熱心に話し出してきてびっくりした。

下の階でリラクゼーションやってるおばさんが嫌がる中、なんとか説得してテナントの契約を結ぶことができた。
格闘技なんて怖いというおばさんを説得するのは大変だったよ。

ただ、ジムが開く時にさ、そのおばさんがどうしても格闘技ジムなんて怖い。どんなことしてるか見てくれ。と言ってきた。

実際、ジムの様子を見にいったら、あの細いあんちゃん一丁前に道着を着てさ、同じくらい細い普通の会社員とかダイエット目的みたいな小太りのおっさんたち相手に寝技を教えてたよ。「力抜いて相手を怪我をさせない様にねー。」だとか言ってさ。

おれは柔道部だったけどその時の練習に比べたら楽しい雰囲気じゃないか。
格闘技というよりはフィットネスって感じだなって思ったよ。

おばちゃんもなんか格闘技って言ってもプライドみたいな激しいのじゃないね。よかったよ。そこで一安心したってわけ。

半年後、闇に包まれた深夜。忘れかけたブラジリアンフィットネスを思い出すことになった。電話が鳴り、その叫び声は焦燥と恐怖に満ちていた。
声の主はリラクゼーションのおばちゃん。
「あいつら、みんな、おかしくなった!大変だ。すぐ見にきてくれ!変な儀式をしてるんだよ。叫び声まであげて。とにかく変なんだ。変なんだよ。あんた早く来ておくれ。」
焦った声で助けを求められた。

俺はあのジムで何が行われてるか確認しにいった。
道場に近づくと聞こえるバシッ!バシッ!バシッ!とまるでムチで肉を叩く音。
ブラジル国旗のステッカーの貼られた薄汚れたガラスの扉越しに見る光景はまさに異様そのものだった。

体をあざだられにしてうつ伏せになり苦しんでいる男。
両脇にはずらりと生徒が並んでいた。
その先にはあの先生が立っている。
対面には不安な表情の数名の生徒たちが立っていた。

「ブラジリアン柔術の伝統の儀式だ!」
「帯叩きの儀式を続けるぞ!」
先生の声が何重にも響き渡る。
部屋の中央で彼が儀式を主導し、生徒たちはまるで何かに取りつかれた様に異形の動きを見せていた。
「道着を脱げ!そのまま歩いてこっちに来い!」
先生は大きな声で対面の生徒に命令をしていた。

「おめでとう〜!」と大笑いしながら
なんと両脇にいた生徒たちが自分の仲間の生徒を帯で叩きはじめたのだった。
バシッ!バシッ!バシッ!あの音は仲間を帯でたたく音だった。
狂ってやがる、、、、。帯をわざと短く持って仲間の腹や背中を叩き大笑いする人たち。
私は柔道では帯を足で扱ったり、踏んだりするだけで怒られた。
こいつらはその帯で鞭を作って人を叩いて遊んでやがる。
まるで武道の本質も礼儀も学んでない。

練習の時にこの先生が言ってた相手を怪我させないようにーなどと言ってたあれはなんだったんだ?
全く逆の光景が目の間には広がっていた。

バシッ!バシッ!バシッ!と何度も音のした先に、先生は待ち構えていた。
痣だらけで憔悴しきった生徒を抱き抱えたあと、なんと帯で殴られ続けたその人をマットに投げつけたのだ。

辛い思いをさせた後、抱き抱え安心させる。油断したところをさらに投げる。
まるでピンプが売春婦を飴と鞭でコントロールするかのように生徒のマインドコントロールしていた。

集団になって寄ってたかって帯で叩くことを楽しむ他の生徒もマインドコントロール下にいるのだろうか。

この行為は数人もの生徒に対して行われていた。
何度も何度も帯で叩き回数を重ねるごとに叩く生徒も罪の意識は無くなったのかより強く仲間を叩き笑っていた。

前に立っていた生徒全員をたたき終わった後、先生はこう告げた。
「サプライズであなたもです。」
今まで叩く側にいた女性が名前を呼ばれ、驚き泣いていた。
自分が叩かれることに恐怖し泣いたのだろうか。
正直、因果応報、自業自得だと思った。

そして先生は全ての叩かれた生徒に向けこう告げた。

「じゃあみんなの前でスピーチしようか。帯昇格の思いを話してよ。」
叩かれた生徒にスピーチを求め、全身傷だらけになった彼らは怒りを表に出すこともできずに、暴行を加えていたジムのメンバーに感謝の言葉を述べさせられていた。

まるで映画ミッドサマーのようだ。
常人には理解することのできない文化がこのブラジリアン柔術のジムの中で行なわれていた。あまりの恐怖にドアをあけることもできずにその場を立ち去ったよ。
これが私の見た「帯叩き」ってやつだ。

大変興味深い話であった。
昨今は部活でも先生の暴力的指導は問題になったりもしている。
これを大の大人が大勢で習慣的に行うということは本当にあったにだろうか。

男の話を聞いた私はこの狂った儀式「帯叩き」について興味があり調べたことがある。
ブラジリアン柔術のジムにこの帯叩きについて聞いたのだ。

「ああ、そんなこと昔はしてましたかねー。今はしてませんよ。」
かつての禍々しい儀式を語る彼らの表情に、狂乱の宴の痕跡がうっすらと浮かび上がる。

「帯叩き」、かつて老舗のブラジリアン柔術道場で行われ、仲間を傷つけながらも楽しまれていた儀式。
ブラジリアン柔術の暗黒の歴史、時折狂気に彩られた過去を偲ばせる。

最近、ブラジリアン柔術を知り、楽しんでいる画面の向こうのあなた。 あなたの道場の先輩たち。 茶帯や黒帯、そして先生。 その人たちはかつて「帯叩き」を楽しんでいた人たちかもしれませんね。

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