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本質を捉える
ある若い修行僧が坐禅をしていた
そこに現れた老師が僧侶に尋ねた
「お前は何をしておるのじゃ」
僧侶は答えた
「はい、坐禅をしております」
老師「坐禅など、見ればわかる
何のために坐禅をしておるのじゃ」
僧侶「悟りを開き
仏になるためです」
その答えを聞いた老師は
何を思ったのか、おもむろに瓦を磨き始めた
僧侶「なぜ瓦を磨いているのですか?」
老師「磨いて鏡にしようと思っている」
僧侶「瓦を磨いても鏡にはなりませんよ」
老師「そうか、おまえはそれをわかっていて
なぜ悟りを開こうとしているのだ?」
その問いに、僧侶はハッと気がついた
「禅は悟りを開くためのものではない」
ただ無心になること、それが禅である
「悟りを開きたい」という欲望を捨てること
そう老師は教えている
人は何かに取り組んでいる時
本来の目的から外れてしまうこともある
そうならないためには
その物事の「本質」を捉えておくことが大切だ
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