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BE WATER、MY FRIEND─ユーリ阿久井政悟の戦い方

 バルコニーの記者席から試合を眺めた。初回に右カウンターで倒した。3回に左フックの相打ちで効かされた。それらはもちろん、ハイライトのひとつである。だが、試合中、ずっと気になっていたことがあった。それは、いわゆるワンツー、左ジャブから瞬時に右ストレートへつなぐコンビネーションを、試合中ずっと、10ラウンドに至るまで、彼が打っていなかったように感じていたことだ。

 記者ももちろん興奮する。あんな結末を見せられればなおさらだ。元々、試合直後は頭の中で整理できていないタイプ。だから、記者たちが囲む会見で「ワンツー、全然打ちませんでしたね」と、極めてアバウトな表現でしか訊くことができなかった。
 だが、当人はおそらくこちらの言いたいことがわかったのだろう。
「そうですね。打ちませんでしたね」と返してきた。

 するとここで、「最後に打ったじゃん」と、新聞記者からやや皮肉を込めたような口調で突っ込みが入った。技術的なこと、駆け引きなど、専門誌記者が要するものと、新聞記者たちが求めるものは異なる。彼らはプロフィール的なもの、バックボーンなどを特に必要とする。だから、こちらの質問で話が進められるのを避けたがる。
 リング上で散々、0コンマ何秒の駆け引きを演じてきた男だ。そういう空気は瞬時に察知する。
「う~ん、ノーモーションの右ですね」。苦笑いしながら、端的にひと言でまとめた。

 そうだよな。個人的な感覚は、1対1で話すべきだよな。他の記者への申し訳なさを感じつつ、会見後、後日電話で話したい旨を伝えた。彼はあっさりと承諾してくれた。

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