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尿路感染症の研究のための参照基準

デルファイ法による専門家の合意に基づいて作成された尿路感染症研究のための参照基準が発表されていました。
Bilsen MP, et al. A reference standard for urinary tract infection research: a multidisciplinary Delphi consensus study. Lancet Infect. Dis. 2024;

作成の背景は,尿路感染症の定義は研究によって様々で,欧州医薬品庁(EMA)や米国食品医薬品局(FDA)が定めた定義があるものの,必ずしもこれらの準拠して臨床研究が行われているわけではありませんでした。

先だって行われた尿路感染症の定義についてのシステマティックレビュー

欧州医薬品庁(EMA)および米国食品医薬品局(FDA)による
非複雑性(uUTI)および複雑性尿路感染症(cUTI)の定義

例えば,FDAの定義だと,急性腎盂腎炎はそれ自体で複雑性UTI (complicated UTI: cUTI)になってしますが,2010年(発行は2011年)のIDSA2022(米国感染症学会),ESCMID(欧州微生物感染症学会)のガイドライン↓では,Acute Uncomplicated Cystitis and Pyelonephritisについて言及されています。Acute Uncomplicated CystitisとPyelonephritisかと思ったこともありましたが,文中にAcute Uncomplicated Pyelonephritisという記載は確かにあります。まあ,腎盂腎炎だけで複雑性かと言われると,そんなことはないですし,FDAの定義の方が臨床にそぐわなかったのだと思います。

ちなみにFDAの文書は以下で,確かに腎盂腎炎は複雑性UTIの一部と描かれています。

統一された基準がないのは,臨床研究を行う時,また,解釈する上で色々と不便であり,EMA,FDAの定義は作成過程が不明確なこともあって,今回の参照基準が作成されたようです。
デルファイ法(Delphi法)については,ググれば(あるいはchatGPT等に聞いてもらえれば)概略を教えてくれますが,合意形成のための手法です。

ここで大切なのは,あくまで研究のための参照基準だということです。本文中にも臨床での意志決定ツールを意図したものではないので,簡便性よりも正確性が重視されていると記載されています。
見ると,UTIスコアを計算するようになっていて,スコアに応じて
・Definite UTI ≥8点
・Probable UTI 5–7 点
・Possible UTI 3–4 点
・No UTI   0–2 点
と判定するようになっていて,日常診療で使うにはかなり複雑です。
definite,probable,possibleってまるで感染性心内膜炎(IE)のDukeの基準みたいだなと思う人もいるでしょう。

考え方としては同じで,「これがあったら絶対尿路感染症」,「これがなければ絶対尿路感染症ではない」,といったわかりやすい診断法がない場合,専門家の合意によって診断基準(分類基準)が作成されることがあります。尿路感染症の診断は意外と難しいことを物語っています。

他には結核性髄膜炎で細菌検査が陽性にならない場合の症例定義も同様にdefinite,probable,possibleで分類する症例定義が提案されています。

臨床での意志決定に使われれることを意図していないので,この基準を覚えないといけないとか,スコアをつけて診療しないといけないわけではありません。もし,診療に使われることを意図するならば,IEや結核性髄膜炎と同様,次になされるべきなのは,実臨床でどれくらい感度や特異度があるのか診断精度のvalidation研究が必要です。
診断基準の診断精度とはなんだ?と思われる人もいるでしょうが,これらはあくまで今後の臨床研究ではこの基準を満たす人を○○ということにしましょうという一種の「お約束」のようなものです。実臨床では,これらから外れても他に鑑別診断がなければ,そう診断することも十分あります。
例えば,2023年のIEのDukeの基準の修正についての検証研究では,臨床データに基づいた専門家委員会の合意を参照基準にして,感度84%,特異度94%と報告されています。

ですので,今回の参照基準,感染症の専門家は一応目を通しておいた方がよいものの,その他の臨床医の皆様は,もっとこなれたものが出てくるまで待っていてもよいと思います。ただし,今後の尿路感染症の診療,研究はこの基準を踏まえたものになっていくでしょうから,重要な推奨はおさえておいて損はありません。

主な推奨(Key recommendations)

  • 症状と徴候:
    - 新規の排尿時痛,頻尿,尿意切迫はUTIを最も示唆する
    - 非特異的な症状はUTIの定義に含めるべきではない
    - 症状を訴えることができない患者にも参照基準を適用できる

  • 全身症状:複雑性UTIという用語の使用は避け,全身症状の有無で区別する

  • 膿尿:
    - 病院以外のセッティングでも膿尿の定量化が推奨される
    - 臨床的に重要な膿尿の定義として,尿中白血球数 200/µLという新たな閾値が導入された

  • 培養結果:
    - 病院以外のセッティングでも尿培養を採取することが推奨される
    - 中間尿検体では10の4乗 CFU/mL,
    大腸菌が検出,またはカテーテル単回挿入の場合は10の3乗 CFU/mLの閾値を適用する

その他,注意点として本文中に書かれていたのは,
・尿培養と同じ病原体が血液培養から検出された場合,全身基準2点+尿培養3点で5点になる
・腸球菌とB群溶連菌は典型的な尿路感染症の原因菌に含めていない
→これらが単独で検出された場合は1点,ただし,他の典型的な細菌(大腸菌など)と一緒に培養された場合は3点
カテーテル関連UTI(CAUTI)は症状や尿検査・尿培養の解釈がより複雑なため,別の参照基準を使うべき


以下,Key recommendationsについて,個人的な感想や余談,スコアを訳した表を掲載します。

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