感染性心内膜炎の2023 Duke-ISCVID基準(2023年6月22日追記あり)
先日,改訂部分だけを以下にアップしましたが,基準を一通り訳してみました。
表や注釈にしかない用語があったり,なかなか訳しにくい言葉があったりで変だな?と思ったら原文を確認してください(最初に見た時はこんなに大事な論文なのにフリーアクセスではない?と思いましたが,再度確認したらフリーアクセスになっている?)。
一応,この変更は現段階では「提案」になっていて,外的妥当性の検証が必要で(2000年のLiらの修正基準もProposed Modifications to the Duke Criteriaでした),感度は病理で確認されたIEを基準に,特異度は,臨床的にIEの疑いがあったものの,しっかりと除外されたものを基準に比べる必要があると書かれています。
重要な点として,これらのガイドラインはIEを疑う患者の診療における臨床判断の補助になることを意図しているが,完全に置き換わるものではないことも記載されています。
例えば,Limitationにも書かれていますが,IEの原因微生物として典型的ではないものは大基準を満たすには3セット以上の血培陽性が必要になりますが,血培を3セット以上採取するのは,通常IEを疑っている場合のみです。実際の診療では,血培が陽性になってからはじめてIEを疑うようになることも多々あります。このような場合も心エコーで疣贅があって,他に感染巣がなければ,典型的でない微生物でもIEとして治療しますよね。
もう一つのLimitationとして,メタゲノムシークエンスや心臓の特殊な画像検査(心臓CTやPET/CT)は実施出来る施設が限られていることが挙げられています。
表1. 2023 Duke-ISCVID IE 基準による感染性心内膜炎の定義(変更の提案は太字)
I. 心内膜炎確定 (Defenite Endocarditis)
A. 病理基準
(1) 活動性の心内膜炎の臨床所見の文脈で,疣贅,心臓組織,摘出された人工弁または縫合リング,上行大動脈グラフト(弁病変の所見を伴う),血管内心臓内植え込み型デバイス(CIED),動脈塞栓から微生物を検出*
または
(2) 疣贅,心臓組織,摘出された人工弁または縫合リング,上行大動脈グラフト(弁病変の所見を伴う),CIED,動脈塞栓に活動性の心内膜炎†所見あり(急性¶または亜急性/慢性§)
B. 臨床基準
(1) 2つの大基準
または
(2) 1つの大基準と3つの小基準
または
(3) 5つの小基準
II. 心内膜炎の可能性あり (Possible Endocarditis)
A. 1つの大基準と1つの小基準
または
B. 3つの小基準
III. 心内膜炎は否定 (Rejected Endocarditis)
A. 所見/症状を説明する確かな代替診断あり‡
または
B. 4日間未満の抗菌薬治療でも再発なし
または
C. 4日間未満の抗菌薬で手術または剖検でIEの病理,肉眼所見なし
または
D. 上記のIEの可能性ありの基準を満たさない
* 培養,染色,免疫技法,PCR,その他,アンプリコン(16S,18S,internal transcribed spacers)シークエンス,メタゲノム(ショットガン)シークエンス, in situ ハイブリダイゼーションなどの核酸検査を新鮮検体またはパラフィン固定組織で行う。分子学的手法および組織染色(グラム染色,ジアスターゼ処理後PAS染色[PASD],グロコット染色やワルチンスターリー染色,シュタイナー染色,Dieterle染色などの銀染色)の解釈は注意が必要で,特に以前にIEの既往がある患者では尚更だが,これらの検査は治療がうまくいった後にも長期間陽性になり続ける場合があるからである。組織採取前の抗菌薬治療も微生物の形態や染色性を著しく変化させることがある。検査の特異性は種々の要因で影響され,偽陽性も起こりえる。検査の解釈は常に活動性心内膜炎の臨床および組織学的所見を踏まえて解釈すべきである。弁やワイヤーからPCRで皮膚の細菌が一つだけ見つかり,他に臨床的,微生物学的に支持する所見がない場合は,IE確定ではなく,小基準と見なすべきである [51]
†活動性の心内膜炎 – 自己弁または人工弁の疣贅,弁破壊,隣接組織が様々な程度の炎症細胞の浸潤と治癒を示す。多くの標本が混合した特徴を示す。
¶急性心内膜炎 – 自己弁または人工弁の疣贅または心臓/大動脈組織病変が,治癒所見や器質性変化をほとんど伴わない急性炎症所見を示す。
§亜急性/慢性心内膜炎 – 自己弁または人工弁の疣贅または心臓/大動脈組織病変が治癒所見または治癒過程の所見を示す:成熟した肉芽組織と線維化が様々な単核細胞の浸潤/石灰化を示す。石灰化は傷害された組織や疣贅内で急速に起こることがあり,また,IEの最初の病巣になる弁の基礎疾患の一部のこともある。
‡ 「IEの所見/症状を説明する確かな代替診断」とは,微生物診断および非微生物診断のいずれかである。確かな微生物診断は,a) IEの非典型的な原因微生物による血流感染症の感染巣が同定可能なこと; b) 血流感染症が速やかに消失すること; 心臓画像検査でIEの所見がないことである。確かな非微生物診断は,a) 心臓画像検査(例えば消耗性または非細菌性血栓性心内膜炎); b) IEの微生物学的所見がないことである。
表2. IEの診断のための2023 Duke-ISCVID IE 基準で使われる用語の定義(変更の提案は太字)
大基準
A. 微生物の大基準
(1) 血液培養陽性
i. IEの典型的な原因微生物*が別々の2セット以上の血液培養から検出¶
または
ii. IEを時々または稀に起こす微生物が別々の3セット以上の血液培養から検出¶
(2) 陽性の検査所見
i. 血液のPCRまたはその他の核酸検査†でCoxiella burnetii, Bartonella species, Tropheryma whippleiが陽性
または
ii. Coxiella burnetiiのantiphase I IgG抗体価が800倍以上[24] ††††または単一の血液培養からCoxiella burnetiiを検出
または
iii. 間接免疫蛍光抗体法(IFA)でBartonella henselaeまたはBartonella quintanaのIgM,IgG抗体を,IgG抗体価800倍以上で検出[24, 25] ††††
B. 画像の大基準
(1) 心エコー,心臓CT検査
i. 心エコー,心臓CTで疣贅§,弁/弁尖の穿孔‡,弁/弁尖の動脈瘤**,膿瘍¶¶,仮性動脈瘤††,心内瘻孔§§を示す
または
ii. 心エコーで以前と比較して著しい新規の弁逆流あり。既存の逆流の悪化や変化だけでは不十分
または
iii. 以前の画像と比べて新たに人工弁の部分的な裂開あり [52]
(2) [18F]FDG PET/CT検査
自己弁または人工弁,上行大動脈グラフト(弁病変の所見と併存),心臓内デバイスのリードまたはその他の人工物*** ¶¶¶に異常な代謝活動‡‡あり
C. 手術の大基準
心臓手術中の直接観察によるIEの所見あり(画像の大基準およびその後の組織検査,微生物検査で確定されない場合)§§§§
II. 小基準
A. 素因
- IEの既往
- 人工弁†††
- 弁形成術の既往†††
- 先天性心疾患§§§
- 中等症以上(軽度を超える)逆流症または狭窄症(原因は問わない)
- 血管内植え込み型心臓デバイス(CIED)
- 閉塞性肥大型心筋症
- 静脈薬物使用
B. 発熱
体温 >38℃
C. 血管病変
臨床所見または画像所見による動脈塞栓,敗血症性肺梗塞,脳膿瘍,脾膿瘍,感染性動脈瘤,頭蓋内出血,結膜出血,Janeway病変,化膿性紫斑(purulent purpura)
D. 免疫病変
リウマトイド因子陽性,オスラー結節,Roth斑,免疫複合体介在性糸球体腎炎‡‡‡
E. 微生物検査(大基準を満たさないもの)
1) IEに矛盾しない微生物が血液培養陽性だが,大基準を満たさない****
2) IEに矛盾しない微生物****が培養検査,PCR検査,その他核酸検査(アンプリコンまたはショットガンシークエンス,in situ ハイブリダイゼーション)が,心臓組織,心臓人工物,塞栓以外の無菌検体で陽性;弁やワイヤーからPCRで皮膚の細菌が一つだけ見つかり,他に臨床的,微生物学的に支持する所見がない[51]
F. 画像検査
人工弁,上行大動脈グラフト(弁病変の併存所見あり),心臓内デバイスのリードまたはその他の人工物の植え込みから3ヶ月未満に撮影された[18F]FDG PET/CTで異常な代謝活動あり
G. 身体所見の基準¶¶¶¶
心エコーが利用出来ない場合の新規逆流性心雑音の聴取(以前からあった心雑音の悪化や変化では不十分)
*Staphylococcus aureus; Staphylococcus lugdunensis; Enterococcus faecalis; すべての連鎖球菌属 (S. pneumoniae and S. pyogenesを除く), Granulicatella,Abiotrophia spp., Gemella spp., HACEKグループの細菌 (Haemophilus species, Aggregatibacter actinomycetemcomitans, Cardiobacterium hominis, Eikenella corrodens, and Kingella kingae). 心臓ない人工物の存在下では,次の最近も「典型的」な原因微生物と見なす:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,Corynebacterium striatum, C. jeikeium, Serratia marcescens, Pseudomonas aeruginosa, Cutibacterium acnes, non-tuberculous mycobacteria (特に M chimaerae), Candida spp.
¶ 「血液培養セット」とは,同時に採取された1組の好気ボトル1本,嫌気ボトル1本と定義する。「陽性」の血液培養は,少なくとも1本のボトルから微生物が培養されることと定義する。IEを疑って評価する際には,可能な限りいつでも,異なる採血部位からの血液培養を強く推奨する。
† アンプリコン(16S または 18S),メタゲノム(ショットガン)シークエンス
§ 弁,その他心臓組織,血管内CIED,その他植え込み型デバイスに,他に解剖学的説明がつかない心臓内腫瘤が付着して周期的に振動する
‡ 弁の心内膜組織の連続性の破綻
** 弁組織の嚢状突出を伴う拡張
¶¶ 弁輪周囲(またはグラフト周囲)の軟部組織病変が様々な進展の度合いで貯留を形成
†† 弁輪周囲腔が心血管腔と交通
§§ 隣り合う心腔が穿孔を通じて交通
‡‡ 人工弁では,強い,局所性/多発性または血行性のFDG集積パターン;自己弁と心臓デバイスのリードでは,すべての異常集積パターン[53-55]
*** 人工弁植え込み術の3ヶ月以降に撮影[40]
¶¶¶ ある種の人工弁では,潜在的に病的でないFDGの集積があり得る[42, 56]。心臓内感染を伴わずにFDG-PETがジェネレーターポケットのみ陽性の場合は,大基準と見なさない。PET/CTは心臓外の感染巣を同定するのに有用なことがある[51, 57]
††† 開心術または経カテーテルアプローチでの置換
§§§ チアノーゼ性先天性心疾患(ファロー四徴症,単心室,完全大血管転移症,総動脈幹症,左心低形成);心内膜床欠損症;心室中隔欠損症;左心病変(大動脈二尖弁;大動脈狭窄症,大動脈閉鎖不全症,僧帽弁逸脱症,僧帽弁狭窄症,僧帽弁閉鎖不全症);右心病変(エプスタイン病,肺動脈弁異常,先天性三尖弁疾患);動脈管開存症;その他先天性異常,修復術の有無は問わない[58-60]
‡‡‡ 次のいずれかと定義:
1) 原因不明の急性腎障害(AKI,以下に定義)または慢性腎臓病に急性腎障害が合併(以下に定義)に加えて以下のうち2つが存在:血尿,蛋白尿,尿沈渣で細胞円柱,または血液検査異常(低補体血症,クリオグロブリン血症,免疫複合体の存在);
または
2) 腎生検で免疫複合体介在性腎病変に矛盾しない所見
AKI: 新しく起こった原因不明の推定糸球体濾過率(eGFR) < 60mL/min/1.73m2
慢性腎臓病に急性腎障害が合併(acute on chronic kidney injury): 少なくとも一段階腎機能が低下すること:例,「中等度低下から高度低下に」,「高度低下から腎不全に」。
eGFRの解釈区分: 正常 > 60 ml/min/1.73m2; 中等度低下 30 - 59 ml/min/1.73m2; 高度低下 15 - 29 ml/min/1.73m2; 腎不全 < 15 ml/min/1.73m2
**** 血液培養からコンタミネーションで検出されることが多い微生物または稀にしかIEを起こさない微生物が血液培養1セットのみ陽性またはシークエンスアッセイで陽性の場合は除く
¶¶¶¶ 心エコーが利用できない場合のみ適用する。エキスパートオピニオンに基づく。
†††† または,その他の検査方法で同等の抗体価
§§§§ この大基準の追加は,適切な病理組織検体や微生物検体を提出しなくてよいという意味ではない
PET/CTのIE診断の診断精度(2023年6月22日追記)
自己弁では感度31%と報告されており,人工弁など心臓内人工物のある場合に有用そうです。
Wang TKM, et al. Diagnosis of Infective Endocarditis by Subtype Using 18F-Fluorodeoxyglucose Positron Emission Tomography/Computed Tomography. Circulation Cardiovasc Imaging 2020;13:e010600.
https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/CIRCIMAGING.120.010600
心臓CTとTEEのIEに対する診断精度(手術所見が参照基準)(2023年6月22日追記)
・疣贅,弁尖穿孔,弁輪周囲漏出の検出感度は TEE>心臓CT
・膿瘍や仮性動脈瘤の検出感度は 心臓CT>TEE
のようです。
Oliveira M, et al. Comparative Value of Cardiac CT and Transesophageal Echocardiography in Infective Endocarditis: A Systematic Review and Meta-Analysis. Radiology Cardiothorac Imaging 2020;2:e190189.
https://pubs.rsna.org/doi/10.1148/ryct.2020190189
以下,個人的な感想です(マニア向けです)。
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