見出し画像

帯状疱疹は皮疹よりも痛みがどれくらい先行するか?

x(旧twitter)で,帯状疱疹で痛みの発症と皮疹の出現はどれくらいのインターバルがあるのか?という質問を目にしたので,以前やったレクチャーからまとめてみます。

自験例だと例えばこんな症例(実際の症例から少し改変しています)

心房細動,慢性心不全,高血圧のある70歳代女性
2日前から左胸の下が痛む。持続痛だが,冷汗はない。
食欲はあり,食後に痛むこともない。吐き気もない。
左季肋部あたりの痛みを訴えるが,痛みの部位に圧痛なし。皮疹なし。呼吸による増悪なし。バイタルサインは正常だった。

考えたこと:
狭心症らしくはないが,リスクの高い人なので,念のため心電図と採血
を行う。急性胃炎や胃潰瘍にしては食欲あり,食事で痛みに影響もない
。皮疹が出る前の帯状疱疹の可能性はあるかもしれない
→心電図では心房細動があるが,虚血性のST-T変化はなく,以前の心電図と著変はない。採血でもCK-MBの上昇はなく,2日前からずっと痛いことを考えると心筋由来の痛みの可能性は低いだろう。
部位的には胃のあたりなので,急性胃炎として制酸薬,胃粘膜保護薬を処方して経過をみることにした。
もし,皮膚にぶつぶつがでてきたら帯状疱疹なので,その場合は皮膚科受診を奨めた。

4日後の外来(予約外のため,別の医師が診察)
胃薬を処方されたが,全然効かなかった。ときどき冷汗も出るし,ご飯もあまり食べられなくなった。立っているとしんどくなって座りたくなる。もうどこが痛いのかわからなくなるくらい痛い。
→腹部エコーのみされて,異常はなく,対症療法で帰宅した。

さらに2日後,救急外来
前日(痛みが出てから7日後)の入浴時に左腹部から背部にかけて皮疹が出現したため救急受診した。
痛みの性状は重だるい感じでビリビリ,ピリピリした感じはない。
左側腹部から背部に帯状に水疱性皮疹あり
→バラシクロビル処方,翌日皮膚科受診

ということで,痛みが出てから7日目で皮疹が出現した帯状疱疹でした。
あとからこの経過を聞き,初診時からそうかもなぁと思っていたので,最初から抗ウイルスを出せばよかったと反省した症例でした。

思い返せば初期研修医の頃,救急外来でみた前額部の痛みの人。
副鼻腔炎かなと思って,抗菌薬を処方して,翌日耳鼻咽喉科を受診してくださいと伝えたのに,経過を確認すると皮膚科を受診していました。
「なんで皮膚科?」と思ったら,その後皮疹が出たようで,帯状疱疹でした。

皮疹よりも痛みはどれくらい先行するのか?

このように,帯状疱疹で皮疹よりも痛みが先行することは珍しくありません(皮膚科の先生に,そんなのないよ,と言われたこともありますが,まあ皮疹がなかったら皮膚科に行かないですからね)。
どれくらい先行するかというと,↓の総説によると,「皮疹よりも4日間〜2週間痛みや知覚異常が先行することがある」と書かれています。

そんなわけで,痛みの性状が帯状疱疹ぽくて(神経節に沿った片側の痛み),他の鑑別がなさそうで,腎機能正常であれば,バラシクロビルの副作用も大きなものはないと考えて,早めに治療した方が理論的には効果も高いですよ,と患者さんに説明して,同意が得られたら,皮疹がない状態でも帯状疱疹として治療することもあります。説明したけど,皮疹が出るまで待ちますという人もおられます。
いずれにしても,診断が不確かな状態で抗ウイルス薬を処方した場合は,自分でフォローした方がよいでしょう。

別の自験例では,痛みが出現してから16日目に皮疹が出現したこともありました。バラシクロビル投与中に皮疹が出てきたので,驚きました。

受診10日前から左前胸部~背部のチリチリした痛み
初診:皮疹はないが帯状疱疹を疑ってバラシクロビル処方
初診後6日目:左背部(Th4領域)に帯状疱疹出現
初診後7日目:
再診時,「昨日,ぶつぶつがでました。昨日が一番痛かったです」→バラシクロビル追加処方(これは迷いましたが,皮疹の新生があったので,まだウイルスが増殖していると考えて追加処方しました)
初診後13日目:痛みが軽快
初診後14日目:
再診時,皮疹は軽快 「痛みは昨日からすっかりとれました」

皮疹がでない帯状疱疹

実は,Zoster sine herpete (zoster without herpesの意味)という皮疹がでない帯状疱疹もあります。例えば以下のようなもの。

昔の報告は臨床記述が詳細で丁寧だなぁと思います(とはいえ,確定診断としてのVZV感染の証明が困難なので,すべてが本当にZosterだったのかはわかりません)。
自験例では,Zoster sine herpeteの髄膜炎の人はみたことがあります。

無菌性髄膜炎の人で,右側頭部が痛みが主訴で,入院時からこれを疑ってアシクロビル点滴で治療しはじめて,翌日にはかなり頭痛が軽減していたのでそうかなと思っていたら,髄液のVZV-PCRが陽性になりました。

こんなことを書くと,「皮疹のない帯状疱疹ばかり探して,大動脈解離を見逃しました」と言われても責任取れないので,現場に適用する時は,必ず危ない病気がなさそうかどうか確認してください

前述したように,皮疹がない時点でも帯状疱疹しか鑑別がなかったら抗ウイルス薬を処方することもあるのですが,↓の報告をみて,少しやり過ぎだったかもなぁと反省しました。

診察で原因不明だった急性の片側性の痛み(体幹,上肢,頭頸部)を訴える患者57人の経過を追いかけたところ,その後,帯状疱疹を発症したのは2人のみ(3.5%)でした。結構ハズレは多いようです。
zoster sine herpeteの可能性はどうか?ですが,血液中のPCRと経時的にIgM,IgA抗体を測定し,対照群(献血由来)と比べたところ,PCRも抗体も有意差はなかったそうです。

アメナメビルの落とし穴

帯状疱疹について述べたついでにアメナメビルという新しい抗ウイルス薬について。腎機能による用量調節が不要で,1日1回投与が可能だそうです。
腎機能の確認をしなくてよい,というのは,特に血液検査の結果がすぐできない診療所では重宝されるのでしょう。ただ,問題は髄液移行性がほとんどないらしいという点です。
↓は三叉神経第一(V1)領域の帯状疱疹をアメナメビルで治療して,その後VZVによる髄膜脳炎と脳血管炎による脳梗塞を発症したという症例報告です。

髄液移行性がないことによってこの経過に至ったのかどうかはわかりませんが,VZVは血管親和性が高いウイルスなので,血管炎から脳梗塞を起こすことはあるそうです。また,V1の帯状疱疹は眼部帯状疱疹を起こす可能性があり,失明の危険性があるので,眼科コンサルトが奨められる病態でもあります。
水疱が鼻にある場合は,V1へ波及していることを意味する(Hutchinson徴候)ので,注意が必要です。

まだデータが少ない領域ですが,特に顔面のVZVであれば,アメナメビルは避けてバラシクロビル,または播種の危険性があればアシクロビル点滴,(ファムシクロビルはよく知らない)が無難だろうと思います。

帯状疱疹ワクチン
一般の方向けですが,今は帯状疱疹のワクチンがありますので,50歳以上あるいは免疫不全状態の人はワクチンも検討されるとよいと思います(シングリックス®は少し値段が高いのが難点ですが)。ワクチンについての解説は↓を参照。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?