狂犬病について,輸入症例を診断した医師から知って欲しいこと
私は2006年に36年ぶりの狂犬病輸入症例を診断しました。
狂犬病が話題になっているので,一般の方向けに過去のツイートから少しまとめてみます。
日本は狂犬病がない国になって60年以上がたっていますが,狂犬病は世界で毎年約59000人が亡くなっているとされ,狂犬病がない国の方が珍しいです。
狂犬病は犬だけでなく,全てのほ乳類に感染し得ます。 北米ではコウモリやアライグマがウイルスを保有しています。海外では不用意に動物に触らないようにしましょう。
(全てのほ乳類とはいえ,げっ歯類、ウサギ、野ウサギへの曝露があったとしても,曝露後発病予防が必要になることはめったにありません。 鳥類については,実験レベルでは感染しうるようですが,通常狂犬病を媒介しません。)
狂犬病は発症してしまうと有効な治療は確立されていません。ほぼ100%死んでしまいます(ミルウォーキー・プロトコールという抗ウイルス薬と鎮静薬を併用する治療が提案されていますがまだ十分ではありません)。
しかし,適切に予防ができればほぼ100%予防することができます。
WHOは狂犬病の疑いがある,もしくは確定された動物との接触の度合いによって以下のように予防措置を推奨しています。
咬まれる前に予防接種を受けていない場合,咬まれた後から予防接種を開始することで予防可能です。ただし,ワクチン接種から感染を防御する抗体が作られるまで7〜10日間かかります。この間を感染から守るため,狂犬病ウイルスに対するグロブリン(抗体)を投与する必要があります。
ただし,この抗狂犬病免疫グロブリンは,国内では販売されておらず入手できません。海外で咬まれた場合は必ず現地の医療機関を受診してください。また,なるべく早く傷口を石けんと流水でよく洗う必要があります。
海外でもこの免疫グロブリンは品薄ですぐに入手できない場合があります。
長期に流行国に滞在する場合は,渡航前に予防接種を受けておいた方がよいです。 どこで予防接種を受けられるかは検疫所のホームページ(FORTH)参照。 3回接種(最短3週間で接種可能)する必要があるので余裕をもって受診してください。あらかじめ3回受けておけば,咬まれた後の免疫グロブリンの投与は必要なくなります。
狂犬病の潜伏期は平均1~3ヶ月 (短くて10日,長くて7年)です。 咬まれた部位や咬まれた時のウィルスの注入量により経過の早さが異なります。脳に近いところを咬まれると発症までが早いと言われます。
2020年の輸入症例の患者さんは発症から8ヶ月前に足首を咬まれたとのことで,発症まで時間がかかったのかもしれません。
以下は私が2006年に診断した症例報告です。
以下,以前いただいた質問の回答です。
Q.1 狂犬病は人から人にうつりますか?
A.1 理論的にはありえますが,そのような事例はほとんど報告されていません。 エチオピアで2例(1例が咬傷,1例がキス)あったかもしれない,という報告がある程度で,他には臓器移植以外の報告を見たことがありません。
Q.2 狂犬病の予防接種を受けていない国内のイヌに咬まれた場合,狂犬病に感染する心配はありますか?
A.2 国内のイヌであれば心配ありません。狂犬病ウイルスはイヌが元々持っているウイルスではありませんし,自然発生するものでもありません。感染した動物に咬まれるなどしてうつらなければイヌも狂犬病ウイルスを保有することはありません。
1957年に国内では狂犬病は根絶されており,それ以降は海外で感染して日本に来てから発症した輸入症例のみです。日本は世界でも数少ない狂犬病清浄国です。
↓のリンク先の青い国だけが清浄国です。
台湾も長年狂犬病清浄国だったのですが,2013年に52年ぶりに国内のイタチアナグマで狂犬病感染が確認され,狂犬病清浄国ではなくなりました。
日本も1950年以前は年間数十人の患者さんが狂犬病にかかり,亡くなっていました。1950年に狂犬病予防法が施行されました。
せっかく国内から根絶された狂犬病が再度流行するようになると非常に厄介です。国内の動物に咬まれた時に狂犬病の心配はないと前述しましたが,その前提が崩れてしまいます。
今回の特例措置は,
とのことで,無条件に緩和ではなく,一定の条件が付いているようです。この措置の実効性について,私は動物のお医者さんではないので,コメントは控えます。
ちなみに,私が2006年当時狂犬病を疑うことができたのは,ブラック・ジャックを読んでいたからでした。少年チャンピオン・コミックスだと9巻の第78話「なにかが山を」に収録されています。
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