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風呂は我が家の歌教室

私は母と中2ぐらいまで一緒にお風呂に入っていた。

一応季節限定。

寂しいとか怖いとかじゃなくて、冬に風呂を沸かすとすぐに冷めるのと、お風呂の湯の量が半分で肩まで浸かれるので同時に入る方が効率が何かと良かった。

1番風呂は 姉。姉は昔から長湯ができないのでそれは見事な行水であった。

姉が湯船から上がって頭を洗い終えたら でかい声で

「ビヨ!!!フローー!!!!」と呼ばれる。

平成の時代ではあったがうちの家は昭和生まれ。
その当時の多分?良さ?が詰め込まれた家だった。

風呂はタイルで出来てそれはそれは冷たい。夏なんかはいい。風呂は家でも日陰になる場所にあった。なので夏はよく風呂に居ては涼をもとめタイルにゴロンゴロン転がっていた。が、冬なんかは氷である。とにかく冷たい。
浴槽もあれはなんだ?石膏?陶器?なんだろう。とにかく今みたいなあーゆーのではない。湯を沸かしてもすぐに底から冷えてしまう。

私が小学校低学年の時のお話。

私はいそいそとキャラクターもののかぼちゃパンツとリボンの着いたシャツと毛玉だらけのパジャマをもって

ストーブの着いた居間から身を縮めながら風呂場へ向かう。

オシャレなくせにもともと欠陥住宅だったらしく?すきま風がぴーぴー吹く。

無駄に天井の高いあま漏れしてる玄関の横を通り抜け、風呂場へ。

 廊下を仕切る扉なんてなく 穴である。
そこには洗面所と2層式の洗濯機がおいてあった。

そこで服を脱ぎ捨ててガチャンと回す扉を開ける。

扉を開けるのを勢い良くすると座っている姉の背中にあたり 

ひゃっ!この馬鹿っ!!!と言われる。

……わざとでもあった。

そして姉にシャワーをバシャーーとかけられて体を手でしゃかしゃか擦り、浴槽にはいる。

もともと冷めるから温度は高め。

痺れながらゆっくりと入っていく。

あちぃ!あちぃ!!と言いながらじっくり浸かってゆく。

はよ、せーま!そう言われてまた姉にシャワーを掛けられながらやっとこさで入る。


極楽極楽~!

ほんのり冷たさも感じる浴槽に滑り込むように入れば、ポコンと出たお腹が湯からで出る。姉に毎回 ひょっこりひょうたん島~!と見せていた。笑

そして、姉はあがり、母と交代。

母がくる数分の間に湯船に水鉄砲やナイロンタオルやコップを傍において遊ぶ。ナイロンタオルに石鹸を擦り、お湯を入れたコップに被せて口を当てて息を吹けばぶくぶくとシャボンができた。それが楽しかった。

母が入ってきて、私はしゃんと座る。

そんなに広くは無い浴槽なので向き合ってはいる。

じゃぶんと母が入って
丁度胸のとこ辺りになる。

母も必ず 極楽極楽~!という。

そして、ここからお話タイムになる。
今日学校であれしたこれしたを話す。
声がぽわんぽわんと反響する。

母はふふふと笑う。

そして、ある程度話終えると かならず鼻歌を歌っていた。

つい最近買ったばかりのカセット。
天童よしみの 珍島物語である。

わたしも寝る前や母とはいる風呂でメロディーや歌詞を何となく覚えてきた。

歌詞は読めないので耳コピである。

海が割れるのよ~
道ができるのよ~

そう言うと 母は
「ビヨは歌が上手いなぁ」と褒めてくれた。

嬉しくて嬉しくて。

「もっと上手く歌えたら歌手になれるかな?」と聞いた。

そしたら母は「なれるなれる!ほんなら一緒に練習しようか。」といって 私の歌をチェックした。

そこはもっと声落としてとか強弱つけてとか。

よぉんどぉん さりのぉおおおお~
ねがいはひとつぅーーー!

ちりじりになぁぁぁあったぁぁあ あの日のねがひいぃいい!

家の周りは田んぼ。どれだけ声を出しても怒られない。

お母さんはうまいうまいと褒めては ここは感情入れてとかなんちゃら言って教えてくれた。

気がつけば私はその歌を全て歌えるようになっていた。

おかけで少し癖のある歌い方にもなった。

私の街にはカラオケが1軒。
コンテナハウスのカラオケボックス。

正月になれば親戚とこのカラオケボックスにいくのが決まりになっていた。

ここで初めて披露した時に アンパンマン意外の歌が歌えるようになったと親族から褒めに褒められた。

わたしの十八番となった。


月日を経て 中学3年で彼氏が出来た。
初デートカラオケだった。

忘れもしない。

この頃は浜崎あゆみや安室奈美恵、宇多田ヒカルなど平成の歌姫がたくさんいた。

忘れもしない。

初デートでいちばん得意な曲として

珍島物語をいれた。


私は気持ちよく歌った。

見せつけるかのように歌った。

いつもよりよく声が出た。


歌い終わり、ふと振り向くと



見たことない彼氏の顔があった。

その3週間後 自然消滅した。笑



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