菊池くずれ11段

高瀬の川に打ち捨てし その首は流れ流れ流れ行く

この様眺めて皆のものどもが

「やあ 竜蔵寺とは偉い大将であったが 水におうて 
もまれては仕方ない もまれもまれて下へ下へと流れ

ゆくなり」言うた途端にその時 竜蔵寺の生首が  

すっと 川上に上がってきた

北かと思えば 柳の根株にがっっぶとかみついた

これを眺めて皆どもは 言うとも言わずとも肥前へと

急ぎ行く

さてもそののち 彼の地では

毎晩毎晩 と流れ水際のところに 不思議な火が見え

るなり

誰知るまいと思いしが 高瀬願行寺の住職     

これを毎晩眺めて不思議と思い 小僧に向かい

「いかにも 小僧 ご苦労じゃが 毎晩毎晩川岸に 

不思議なあかりがみえたるはいかなる火かは    

知らねども 話に聞けば織田竜蔵寺

山城の守隆信が 川に流されたと聞くが 

家来どもがいらぬ口ききゆえ 川上に上がって柳の株

にがぶりついたと話に聞く まさか そのようなこと

あるまいと思えどもいかなるものか見届けいたせ」

「はい」と答えて小僧はさっそく 川岸に駆けつけて

みるならば

人の首が柳の株にかぶりついている

これを眺めて立ち帰りこういうしかじか と聞いて 

和尚は

「それでは 竜蔵寺に違いない も一度行って その

首持ち帰れ」

小僧さっそく 川岸に駆けつけて 首を抱き上げんと

すれどもいっかないっかな 動かない

そのまま寺に立ち帰り このよし を詳しく話すれば

「おうおう そうであろう 竜蔵寺であるから 小僧ぐらいには

迎えてもらわんでもよいとの気持ちがあろう    では拙僧が参る

そち 川に駆けつけてみてやれば 話の通り 柳の株

にかぶりついている

その首を 和尚が抱き上ぐれば 小僧がどのように 

動かしても動かぬ首が 和尚が手でパラリと離れ  

それを抱いて御寺に立ち帰り千部万部の経を読む

隆信公の首を葬り 竜蔵寺も滅したかとみえしが  

それから

薩州島津が高瀬川を水無月土用半ばに渡らんとすれば

てきめん 真っ暗闇になって のひょうが 降る

行く年行く年水無月に渡ればたがわず ひょうが降り

いかがなことかは知らねども 竜蔵寺隆信が思う念か

は知らねども 不思議と思い 島津公はこれ通らず 

以後は違いの道をゆくなり

今が世に伝わったそれから 明治の世になってから

肥前の佐賀より このままにしておけないと    

竜蔵寺の首を高瀬願寺に参り もらい受け佐賀に  

葬らんとあることか ないことか 知

らねども なんなく 肥前も高瀬も治まるとの話あり

さて

隈府の城 その池には閏 5月20日の日は熊寿丸と

三郎丸の戦う剣の音が聞こゆるという 

無念に死した兄妹の幼な心に 父や母にへの思慕の 

念が残り音の響きかわ知らねども 今も聞こえる伝え

あり

島原軍記 菊池くづれ 赤星兄妹の逆さ磔     

肥後と筑後の国境竹江原の哀れな物語り          

今が世までも名が残る

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