菊池くずれ2段

二段 

さてもその後 隈府の城を後に見て

出てくるのは城北村 合わせ川通りて本分すぎ

長野山も横に見て 高橋すぎれば 来民村新町

早や過ぎて

広町超えて行く先は関口通れば

鍋田川 渡れば名高い鍋田のはる

二反窪も早やすぎて 梅迫登れば 急げ長野原

音にも聞こえし 切腹坂 下れば岩村 ひじまがり

急いで来るのは平野茶屋

砂坂登れば めくら 落とし

上りて 来るのは 清正公の残した六本松

心いそげど めんどじ原

駒はかえねど 肥猪の町 下れば岩くわん

向こう見れば馬立ち

あいの谷 遊ぶ子どもも舞木原まきはら 横にみて

音にも聞こえし まいぎ のはる 

八貴水もはや 過ぎて 小原の前の鐘が淵 

向こう坂登れば 高瀬街道と山鹿街道の追分

駒は見えねど沓掛の原

八本松にぞ着きにけり

音にも聞こえし南の関

お茶屋 番所 早すぎて ほかめ村の丸山超え

ゆやの瀬戸も早すぎて はるばるこれまで 北の関

みつむね過ぎて物見塚

まちいがわ 通れば原の町

音にも聞こえし 肥後と筑後の国境

ひまて川も早すぎて 筑後の国は 野町の宿

音にも聞こえし 元吉の 観世音も横にみて

急いで来るのは つき廻し

大岳過ぎて急ぐわ 瀬戸あかぼ茶屋も早 過ぎて

上の下の中を流るる矢部いがわ 渡しを超えて

行く先はミツ橋 柳川早過ぎて

道の伸こと限りなし

肥前と肥後の国境 師富超えて行く先は

音にも聞こえし 肥前の国 佐賀の城に着かせ給う

佐賀の城になりければ 門前よりも声高く

「やあやあ ただ今これに参りしは 肥後菊池赤星

三郎ただ今これに参上 頼む頼む 」 

と申す言葉に

取り次ぎはお上にこの段 言上する

隆信公は聞こし召し

「やあ 三郎とや 予が目通りに通されよ」

仰せにはっと 取り次げば 三郎丸をいざないて

御前にお目通りを上がらるる

三郎丸は遙かに下がり両の手をつかえ

「さん 候 我が君様 ただ今これに 参りしは

肥後菊池赤星三郎にて候」

「ああ三郎なるか 近う参れ 予は山城の守隆信なるぞ」

「さん 候 我が君様 麗しきご尊顔を拝し奉る

恐悦至極に存じそうろう」

「いかにも三郎丸 この頃は五条隈部の世の末に熊寿よりも

器量優れしはあるまいと思いしが 三郎の器量と熊寿の器量を」

物にたとえれば 雪と墨との肌違い 三郎雪 熊寿 墨」

君は銚子 盃 取り出し 一献呑んでは 殻とほし

三郎に下さるれば

三郎 斜めにちょうだいし 

早 さんごんも 過ぎ行けば

我が君様と差しかえす

盃の上にて 三郎丸 御前お取り次ぎ役をじゅんぜられ

日を豊かに送らるる

ある日のことに隆信公 あまりその日のさびしさに

脇役の熊寿をはじめ 次間役の三郎丸を御前に招き

歌を詠ませ 詩を作らせ あるいは碁将棋をささせ

いろいろとなされども熊寿丸は三つも年若三郎丸に

何一つ こと 勝つ事なし

君はこの 故 ご覧じて  

「いかにも 両人 この上からは 武士の第一剣術ぞ

予が広庭にて 双方剣術の稽古を致されよ」

仰せに はっと 両人は広庭さして飛んでゆく

隆信公は高いところに座を占めて

唯悠然と控えておわします。この故聞くより

家中の人々は三郎 熊寿の試合ぞ

俺も見物せん 俺も 我もと集まりて

見物いたしておるところ

三郎 熊寿の両人は竹刀を おっとり威勢よくも 

戦ったり

家中の人々は

「やあやあ 赤星三郎殿大いにやるべし」

と騒ぎ立て、一方では

{熊寿}殿必ず遅れをとるなよ」と             
三郎贔屓の人もある。熊寿味方の人もある

互いに両人はここを 先度と戦いしが

熊寿丸は三つも年若の三郎丸にさんざんに打ち立てられ

家中の人々は三郎丸でかしたでかしたと

喝采いたせし有様は天もひびく有様なり

隆信公はきっと ご覧じていかにも 両人

勝負は見えたぞ と 奥をさして入り給う

三郎丸 塵はらい 君の御前と上り行く

後に残りし 熊寿丸は さては 残念口惜しや

3つも年若三郎丸に碁 将棋にも負け

歌詞にも負け 今日は武士の第一剣術に

家中満座のその中で さんざんに負けたるが

これがくやししや残念やと

きぼしを握り牙をかみ 無念の涙はらはらと

ようようのことに塵はらい君の御前と上り行く

「いかにも両人、今日の試合は見事であったるぞ

熊寿丸は一五歳三郎丸は一二歳三郎丸が熊寿に 

その方に勝つ道理はないぞ。ようこそ負けてくれた

三郎汝は熊寿に勝ったと必ず思うなよ

汝に花を持たせんがために熊寿丸が負けたるぞ

予が無念流しに盃をとらさん」

梅と桜に下さるる

両人は斜めに頂戴し早 さんごんも過ぎ行けば

我が君様と差し帰す

三郎丸は次の間と下るゆく

花が目につく浮き世のならい

されながら隆信公は三郎のような 発明な者を

予が側役に召し使うものならばとはそれ 

思うおく気ぞさらになしものが

ある日のことに隆信公

熊寿丸の少しの言葉の誤りを見て取り

「やあ いかにも 熊寿 汝みたような 知恵たらず奴を

側役に召し使う甲斐はなし予が側役には三郎を召し使うべし

汝は玄関番にきりきり 罷り下りおろう」

くわゆ に追い下げ隆信公は次間役の三郎を

御前に呼び 御意にいることかぎりなし

ここに哀れは熊寿丸

玄関番に立って見

居て見 思案のとりどり

さては 残念口惜しや

昨日までも今日までも 側役致せしそれがしを

いかなる 誤りあればとて 玄関番とは情けない

家中満座のその中で どうして玄関番が致されよう

この上からは御前にあり三郎丸を

この上かは刺し殺し 我はその場で腹を切り

そうじゃそうじゃと覚悟を極め

その日の暮れるのを待ちける

夜の夜中になれば人の寝息をしのび

抜き足差し足忍び足

君の御前と忍び入り

様子うかがえば 

君も三郎も白川夜船の高いびき

これ幸いと 三郎馬乗りに内股がり

名刀ずらりと抜き放ち逆手にとりて

食道きかんのきうじょうをただ一刺しにいたさんと

すでに刺殺そうとしたが待てしばし

三郎を殺し この場で腹切るは武士の本望なれど

この場で我が死したらなら 後に残りし父上が

倅が悪いか 良いかと定めて心配致すとおぼえたり

この上からは夜が明けたなら

君に病気願いを差し上げて父にこの段はなしたなら

どうか父が胸におぼえあろう

まずは父が心にゆだねせん「と

忍び足とて下がりゆく

まもなく夜が明くるなら 病気といつわり

君に申しあげれば

その儀にあらば 汝屋敷に下がって養生せよと

御御殿下りを許せ給う

こはありがたいと熊寿丸は深くいとまをのべ

家中の満座にいとまごい

屋敷をさして下り行く

その後 五条隈部田島の守がおおいに立腹し

はなだの民部ときみずと悪巧みを致すからは

三郎丸の御身の上 感ぜぬ者こそなかりける

隈部親子の悪巧みのほどはいかかなりましょうか

三郎丸 やその身の上の哀れさは次の段

今日はこれにて読み終わり

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