菊池くずれ5段

第5段

 隈府の城を立ち出でて急ぐ道中は早いもの

新町 山鹿 早過ぎて 急ぐ道中は長の原 平野茶屋も打ち過ぎて

のぼれば名高い六本松 隈部が心はめんとじ原

肥猪の町も早過ぎて 岩くわんに舞木のはる をはや過ぎて

音にも聞こえし八貫水 小原の前の鐘が淵 駒はいらねど  

沓掛原

音にも聞こえし南の関 お茶屋番所はや過ぎて

外目超えれば ゆやの瀬戸 はるばるこれまで北の関

肥後と筑後の国境 ひあてつ つきにける

五条隈部は駒で行く

耶蘇姫主従は徒歩なれば

いまだ九つ耶蘇姫は これまで勇んできた者の

裾は疲れて一足だにもひかれはせぬ

井川のきわにハッタと倒れにければ 十二人の腰元方は

姫君様と抱き起こし

「気を確かに持ってくださりませ 今暫くのご辛抱でござります

「いかにも 方々 佐賀の城はまだ見えないか       

遠いところじゃ肥前の国」

「盲暫くでございます お勇みくださりませ」

と引き立てられ 行かんとすれば 右によろよろ 左にがっと

又もその場に倒れ伏す

いっかな いっかな 押せども曳けども一足だに歩めぬ姫に

ああ くちおしや くちおしや

 腰元頭の小菊 井川のはたの柴を折り

「これを力につきたまえ」と差しあぐる

姫は柴折り杖を力にし ようようとその場を立ち上がり   

よろばいよろばいとようよう筑後の国の野町の宿に着きにける

隈部はここで一泊 いたさんと とあるところに宿を取り

昼の疲れ休めしが 夕餉もすみし その頃に

隈部は椰子姫主従に打ち向かい

「いかにも 耶蘇姫殿 肥前国の掟お教え申す。外の所の掟作法と変わって

女人には取り次ぎはいらぬ

男子の者には皆 取り次ぎ無くてはならぬが 女人にはなし

お供の者と徒歩のまま 菅笠 脚絆 わらじのまま手をつなぎ

君の御前までただ 一散に 馳こんで上がるのが肥前の習いなり

このこと必ず忘れ給うな」 とあれこれ 詳しく教え その夜を明かすなり

これが 武士であるならば この言葉はなんであろうかと

思いつく者のあれども  頭の腰元とて まだまだ 年若       
心優しい女人の方ばかり 何の疑う心も邪気もなし

所変われば 作法掟もかわるものかと

あら不思議 あら不思議 と思いの心持ちながら

誠に思われたのが ますますの過ちなり

夜が明ければ 早々と朝餉をすませ 野町の宿を後に急ぎ行く

肥前国 佐賀の城へと急ぎ行く

音にも聞こえし松延べ原 行けども行けども 尽きせぬ長野原

「いかにも方々 まだ肥前国は見えないか 佐賀の城は見えな

いか」

十二人の腰元方は姫の気を勇めつつ いざわいながら急ぎ行く

五条隈部は急ぎ行く

泣く泣く九つ耶蘇姫は 肥前国と急ぎゆく 瀬高

( 引けども、押せども、いっかな、いっかな

    やそ姫は裾がつかれて、一足だにも引かれぬ姫を

    見るに見かねて、腰元の人々は

    「ああ、あわれか、くちおしや、いかがわせん」

    としばらくの思案

    腰元、小菊、井川の端の柴を折り

    葉をむしりて
 
「姫君様。これを力におつき、たまわれ」

     いがわのほとりの 柴杖 差し出せば、

     やそ姫は

     「おおお、これなら、力になるであろう」

     と受け取り

     杖につきては、右や左の手をとらて

    よろばい、よろばい、と

    疲れ、疲れて、ようよう、たどり、ついたるは

    筑後の国の野町の宿

    ようよう、入り口になれば、

    待ち受け致す隈部の守、

 「やああ、いかにも、やそ姫殿、たいそう、お疲れのご様子

     それでは、ここに、一夜の宿といたそう」

     さても、隈部の守

     夕餉も済みし、やそ姫、ご一同に

     うちむかい
「やああ、いかにもやそ姫殿。肥前の掟、作法、教えておこう。

 さても、掟、作法と申すものは、処によってかわるもの

肥前の作法は余所とはちがっておる

どこの御殿でも、取り次ぎをなくしては、君のお目通りは

参ることはならん。                        
しかしながら。隆信公の作法はことが変わっておる。

なぜかといえばな、、姫君

男子の者には、みな、取り次ぎ無くては、

 君のお目通りには参れぬ。しかしながら、女人だけは無礼講

 隆信公の作法では、旅のそのまま、すそからあげ            
 脚絆、菅笠、そのままに

 お供のものと、みぎひだりと両手つなぎ手、土足そのまま

 ただ一斉に隆信公のお前まで馳せこんでいくのが肥前の作法

 でござりまする。必ず、おわすれなさるな。」)

 さても、このよし、有ること無いこと、いつわり、     
 わなの言葉なれど腰元の方々、

   頭の腰元とてまだまだ、年若

    是が武士であるならば、

    この言葉はなんであろうかと

    思案して、思いつく人もあるけれど

    女人ばかりの

    優しい心の人ばかり

    何の悪気の無く、疑う邪気も更に無し

   12人の腰元のかたがたは

   「ああ、、所変われば、作法、掟もかわるものか」

   あら、不思議、不思議と疑惑の思い残すまま

   真に受けられたが、いちいちの、誤り

   さても、その夜は難なく、夜を明かし

   夜が明くれば、早や、早やと

   朝餉をすまし、野町の宿をあとにして、急ぎ行く 
  
   さても、あけの朝になるとても
  
    姫の疲れは癒え果てぬ
 
    なかなか、足ははかどらん
     
いけどもいけども 遠い 肥前佐賀の城
   
   「まだ肥前の国は見えないか、まだ佐賀は遠いのか」

 と涙ながらに、やそ姫殿)12人の腰元に、いざなわれて、 
 急ぎ行く 瀬高

ただいまならば 結構な橋があれども
その頃は 船で渡る

中を流るるその川は矢部の川をうち渡り

    上ノ庄 下の庄五十町、越えては

    さか橋、おに橋、みつ橋越えて

    音にも聞こえし 柳川の ごじょうか

    はだかわ御門のほとりを通り

    次第に行くのは

    肥後と筑後の国境

    師冨渡しをうち渡る

   次第次第に間近くなる

   隆信公の本城、目前とあいなったり

ここまでは 主従なんなく たどりつけど

さても、その時、隈部の守 足を止め 遙か向こうを指差して

   「やあ、耶蘇姫殿、しばらくおまちなされ

    あれをご覧あれよ、あれが、隆信公のご本殿でござる。

    夕べ申したこと、忘れはなさるまい。

作法間違えれば、無礼、トガとなる。夕べ申した作法の通り       
必ず手をつなぎ 土足のまま 殿の御前へまいられよ

目通りされよ、耶蘇姫殿と念を押し

この隈部の教えとは他言なさらず、ゆかれよ
    
さても隈部もすぐに参らんと思えどもいささかの小用あって
    
屋敷に帰って参上致すさてさていかなる事あっても他言あって    
は一大事」とさらばさらばと駒に鞭あて帰り行く

    やそ姫、ご一同 世慣れぬ心優しい人ばかり

隈部の教え を誠と思いようよう 御門に着きにける

かくて 耶蘇姫十二人は
    
大門になるならば

ここぞと思い

右には6人 左には6人

教えられた そのまんま

裾からげて土足のままにただ一目さんに 門前よりも

君の御殿とどっと ばかりに 駆け込んでゆく

誰知るまいと思いしが これを打ち見て

あまたの した役人の者ども

十手 早縄 付き棒 いら棒 6尺棒

35人の役人どもが声 大音声に

やあやあ そこなる狼藉者しばらく待て。ここをいず

こと思うらん

ここは 筑前 筑後 肥後 肥前 三カ国の御大将

織田竜蔵寺山城の守 隆信候の御殿なるぞ

待て しばらく待て呼べど叫べども

隈部の教えを まことに 思い込んだ 姫ばかり

何の恐れ 遠慮もあるものか

ただ一散に駆け込んだれば 隆信公の目通り

遙かに下がり両の手をうかえ頭は下げて

「さん候 ただ今これに参りしは 肥後菊池赤星が娘

耶蘇にて候

兄の代わりにただ今参上つかまつりました」隆信公は

聞くと

見るよりにわかに顔色変えて 

「やあやあ そこなる おんなども  無礼千万者め

旅の姿のまま予の目通りに馳せ上がる狼藉者 だれか

おらぬか神妙に致せ縄を打て」と申すさるる御声に人々

人々かしこまり候と耶蘇姫主従に縄を打ち

12人の腰元もろともに

からめとっては音にも名高い2の丸 獄やと引いてゆく

さても五条隈部の戯れ言にて耶蘇姫主従の艱難辛苦

五条隈部がいかなる悪を企むや

三郎丸の身の上は 方々の御身はいかなるや

いかがの次第になるかは 次の段

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