敦盛1段
あつもり
つらつらと 世をひそかに おもんみるに よって
狂言の浮き世の物語
聞かば 一座のなぐさめやら
いわんや 人は悪をたのべば おのずから
天の戒めを身にうけて
ついに 我身を滅ぼすと
これは これ こうじんのもんげんなり
源氏平家の人々は長い間いくさを続け
源氏ほろび 四方八方の艱難苦労致すなかにも
源氏方は 勢い正しく励む
かわって平家栄誉豊かに日をおくらせたもう
平家戦い半ばにも武芸忘れるばかり
平家方は何のおそれもなく
平家の将軍三位恒盛教
長い間いくさ続けども
音にも名高い一ノ谷に陣屋を構える
そのころ如月3日あたる日は源氏方
平家方の大本城六波羅攻め落とす
源氏の勢い正しくて すぐるすぐりて
10万余の大軍
ひよどりごえと攻め寄せる
壇ノ浦から須磨をくるりと囲む
攻めあげる源氏方 雲も破れるばかりの 大音声
4,5名の者小高い 絶ちゅうに馳せ上がり
向こうの谷をみてやれば
あああ・・あれが一ノ谷か
たしかに 平家の陣屋
敵の陣屋と見届けた上からは
今こそ攻め落とせ
よぶ声もろとも立ち上がる
源氏の方々 雲も破れる大音声
平家の落人あわれなり
もののあわれは 平家のおんたいしょう
平家なかにも かくれなき
三位恒盛卿は
ときの声聞こし召し
いくさこれまで
ときの声あげたは源氏方にちがいはない
これまで攻め込んできたうえからは
いくさもこれまで
あくまで戦続くなら
女房子どもに災いなる
さても船へまいろう
いざご一同 ござ船へ乗り込むなり
さても話は変わりて
三位の経盛の御息子敦盛卿
今になれば源氏の御代にひるがれるか
我はこの上からは父上の供いたす
時遅れて一大事
敦盛卿のその日の出で立ちは
げにもあでやか
床にかけたる2尺8寸の名刀もてば
馬屋をさしてとんでいく
馬屋になれば駒をとる
駒は奥州ばんそうのあけさんざい
りょうじんぴたりとくつわをかませ
虎の敷き皮 きんぷくりんの鞍をのせ
むさしあぶみをゆいつけて
あやと錦のよりわけ手綱
ななより はんによってよりをかけ
おりがみつかんでゆらとのる
駒は名馬のことなれば
船場をさして一目散にとかけいだす
船場にようようかけつけて
びっくりしまった
陣屋に忘れし 青葉の笛
あの笛すておくならばおしまねど
源氏の方にひろわれなば
末代までいかがわせん
今ひきかえし とってかえさんと
駒のかしら たてなおし
再び陣屋をさして まっしぐら
陣屋になれど とんで おり
床の一間にかけあげり
青葉の笛 とるが はやいか
もとの 駒にと うちのって
再び 舟場をさして とんでゆく
舟場にかけつけ
びっくりしまった
おもわず駒を とんでおり
駒よ あれをみよ あれをみられよ あれをみられよ
海なか かすかにみゆる あの船は
平家のござ舟にまちがいない
このあつもりが青葉の笛を 取り忘れたばかり
時おくれ
いかがわせん この上からは いかがわせん
さても めいよ めいよ
そなたに ひとことの たのみ
よくもきかれよ
われを 乗せて あのござ舟までいかれ
いかれよ いかれよと といわれしが
駒は畜生とは いいながら
あつもりのいうことききわけたり とみえにける
我が駒につむりを下げてたのむばかりなり
あつもり のそばにちかよって
ほほに われ くち おしあてて
くるくる こぼす様なり
これをみるより
あつもりきょう
目は口ほどにものをいう
駒にとりては もったいない
どこまでゆくか しらねども
おおせのとおり われが 力のかぎり
命つづくまで参りましょう と
早く おのり あそばしませと
鞭を とらえ 目で知らせ ものをいう
このよし みるよりも あつもりきょう
承知してくれたか
のせてくれるか ゆるしてくれと たちあがる
とりがみ つかんで ゆら と乗れば さすがに
あつもりの名馬 あけさんざい
波のなかにと ザンブと飛び込んだり
舟をめがけて およぎ行く
しだいしだいに
このめいばおよぎゆく
波をかきわけ かきわけ
およぎし いきおいは
虎の勢い 龍のせい
しだいしだいに
舟は間近く見えてくる
もはや岸辺から ほど遠く来たかと
思うそのころ
あつもり乗ったる名馬
波のなかに とどまったり
後にも先にも いきつけない 動かない
はよ いけ はよいけ ゆけ いかぬか
いましばしの しんぼうぞ
ゆけよ 行けよと呼べど 叫べど
いっかないかな
舟は間近く見えたれども
駒はどうにも 動かぬ
もう力が抜けたか これまでか
もうしばらくの 辛抱ゆけよ
はようはようと
あぶみをけってうちあてても
いっかないかな 駒はうごかぬ
もうこれまでか
しばらくの辛抱ぞ 駒に呼びかけ
残念と思いつつ
鞍につつ立ち上がる
平家の扇 中の間三枚おしひらき
より高く差し上げて おーーーーーい おーーーーい
舟よーーーーー舟よーーーーー
と呼べど 叫べど 答えはなし
命運つきしか ござ舟は
屋島屋島と流れゆく
しだいしだいに あつもりと ござ舟 遠ざかる
ござ舟に乗り込む味方の人々
乗り込んではいるけれど あつもりに気づく人ぞさらになし
しだいしだいに屋島屋島とながれゆく
平家の大将 名も高き三位つねもりきょう
おそばのかげきよをめしよせて
なんじ かくべつ ないが さても さいぜんより
じっとみていると
一ノ谷の山べいから いささか はなれた ところから
黒影武者 が手招きいたす
これはたしか 平家の身内とおぼえたり
さてもかげきよ 舟のもとにつったち 腕をかざして
一ノ谷の山辺をながむるに
瞬きもせずに しばらくながめていたが
やがてつねもりのそばにたちかえり ひざまずき
おおそれながら 我が君様
わかったか?
たしかに駒の毛色から おんたてもようにいたるまで
もったいなくもあの武者は敦盛様と見立て候
なんと しからば とたちあがる
つねもりきょう舟のもとにつったち 扇 中の間三枚 押し開き
めはちぶんにさしあげて
おおおおおーーーあつもりーーーあつもりーーー
駒のさんずに乗り下がれ さんずに乗り下がれ
なんじは駒にたかのり いたしておる
たかのりいたして 駒のたづなを ひきしむるなら
駒の前足はいっかないかな動かぬぞ
駒のさんずに乗りさがって たずな いっぱいあたゆえば
駒はなんなく この船まではおよぎきる
はやくさんずにのりさがれ
と呼ぶ声 もろともに
ただいままでも 今までも波静か 風穏やかなるが
父の呼ぶ声もろともに
どうしたことかにわかに
吹きまくる嵐 よせくる高波
うちあぐる 高波 舟をも転覆いたさん
はっと驚く 乗り込む人々
おおおーーーい 船方
あつもり様
早く舟かえせ かえせ
あつもり様のおそばに 舟かえせ よせろー
と呼ぶ声もろとも 船方
舟かえさん 舵とらんと 舟なおさんとする
ふきまくるや 風や波
舟は木の葉のごとく ゆれあがる ゆれさがる
阿鼻叫喚の有様なるが
びくともいたさん 父 つねもりきょう
さんずにのりさがれ 早く さんずへのりさがれ
乗り下がって たづな いっぱいに与えよと
呼べど 叫べど 嵐の音やら 波の音
あつもりの 耳にはいっかないかなとどかぬしだい
早くさんずへ乗り下がれ
呼べど 叫べど とどかぬ
これでは いかにと 旗とりいだし
平家の赤旗 ふりうちふりうち
さんずにのりさがれ はやくさんずにのりさがれ
よべど叫べど いっかないかな
これが老武者ならば 悟りもあろうが
いまだ16歳のあつもりきょう
波のなか 乗ったる名馬 波間にうちこまれ
またうちあげってくると
おもえばまた波をうけ
七転八倒 駒の苦しみ あつもりのくるしみ
息も絶え絶えになっていく
父上様はなにをいっているのだ
あつもりの耳にはとどかぬ声
なんだ 後ろ 後ろ か
扇 旗もうしろ
なるほど わかった
そうか そうだ われが敵に後ろを向けていく
逃げて 敵に後ろ向け 逃げ来るな か
引き返し 討ち死にせよ との言葉かな
なるほど このあつもり にぐる 卑怯未練の腰抜けではない
あぁ父の言葉のいうとおり
しからば 引き返そう
さても
おもわぬことの次第を真逆と悟られし あつもりきょう
駒の頭をたてなおす
さても今までまでも 動かぬ駒は 動き出す
浜辺をさして 動き出す
このよし 眺めて つねもりきょう
あぁ・・・駒のさんずにさがれというのに
なんじは引き返せ 敵の中に帰れと悟ったか
なんじのかえるところは 父の舟なるぞ
あぁこれが親子一生の別れか これが見納めか
この世の別れ 父 つねもりきょう
舟ゆれうごくなかに
ただただ あつもりきょう の姿をみるばかり
舟は屋島屋島へ流れゆく
あつもりなんなく浜辺に泳ぎ着きにける
いづくへなりと まからんと あちらこちら駒を走らせる
その おりも おりから
はるか 山手 から くだりし武者一騎
年の頃なら四十前後
これぞ余人にあらずして 源氏方には隠れなき
坂東一の旗頭 その名も高き くまがい じろう なおざね
さても 目にはいったる 武者一人
そこなる武者 待ちたまえ
御身みるは 平家の武者
これにて 勝負 いたさんとよばわったり
さてくまがえ あつもりの一騎打ち いかがなりましょうや
さても長い話は座の障りここらあたりで読み終わり
またの機会を
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