菊池くずれ短縮版


あーーつらつらと 世をひそかにおもんみるに
人は善悪のともによるべしか
人は悪(くう)をたのめば、おのずから天の戒めを身に受けて
末に我身を滅ぼすとこれはこれ、故人の金言なり
そのころ、人皇(にん)の御代、始まりてめでたくは百六代の
帝正親町(おうぎまち)の院の御宇(ぎょう)に、あたりて
その頃天下を仰ぎ奉るは織田内大臣、織田信長公とて
日本の兵(ひょう)を切りしずめ従う武士を味方につけ
おのがままに天下の位を受け 音にも聞こえし石山城にござ据えたもう
その頃 九州 吟味のそのために下しおかるる大名には
信長公のいとこにあたり織田龍造寺山城守隆信公とて
音にも聞こえし 肥前国佐賀の城に御座据え給う
さてもそのころ九州は筑前、筑後、肥後、肥前
それを守る大名には、鍋島加賀守輝綱公
土肥の江上に花田の宮部、五条隈部但馬の守
肥後の国 菊池隈府の城赤星 その他諸侯あまた ござそうろう
さても つつがなく日をくらせと おもえども隆信公
ある日のことに家中一同を目通り招き
「やあものども 今日よぶはほかの儀にあらず
弓は袋 矢は矢坪、剣は鞘に収まる理とは 言うものの
謀反を起こす 世の中なれ人質を一人諸侯よりとっておくなら
例えば謀反起こすとも 親は子の煩悩にほだされてとどまるのが
世の中ならばこのよし 回状せよ」とのおおせに
ご家来衆は、さても、御前にて
墨すりながすにわかに、回状したためてめぐらすなら人々
回状、みるよりも
我も君のつとめに、ささげん、我もささげん我も我もと送る人質の有様なり
さても、話はかわりて 肥後の国 菊池赤星の家にては回状みるも
当主 むねいえ ながの患い 未だ人質ださぬを とがめられ
にわかに 長男 三郎丸 人質とゆくも五条隈部
阿蘇南郷谷での遺恨もあってか
但馬の守の策略にて妹耶蘇まで
人質としてさしいだすことと あいなったり
隈府の城を立ち出でて急ぐ道中は早いもの
新町 山鹿 早過ぎて 急ぐ道中は長の原
平野茶屋も打ち過ぎて
のぼれば名高い六本松 隈部が心はめんとじ原
肥猪の町も早過ぎて 岩くわんに舞木のはる をはや過ぎて
音にも聞こえし八貫水 小原の前の鐘が淵
駒はいらねど 沓掛原
音にも聞こえし南の関 お茶屋番所はや過ぎて
外目超えれば ゆやの瀬戸 はるばるこれまで北の関
肥後と筑後の国境
五条隈部は駒で行く
耶蘇姫主従は徒歩なれば
いまだ九つ耶蘇姫は これまで勇んできた者の
裾は疲れて一足だにもひかれはせぬ
井川のきわにハッタと倒れにければ 十二人の腰元方は
姫君様と抱き起こし
「気を確かに持ってくださりませ 今暫くのご辛抱でござります
「いかにも 方々 佐賀の城はまだ見えないか       
遠いところじゃ肥前の国」
「もう暫くでございます お勇みくださりませ」
と引き立てられ 行かんとすれば 右によろよろ 左にがっくり
「姫君様、今しばらくの、ご辛抱でござりまする」
「遠いところじゃ、肥前の佐賀の城。まだ肥前の国はみえぬのか」
「今しばらく、ご辛抱あそばせ」と
引けども 押せども いっかな、いっかなやそ姫は裾がつかれて
一足だにも引かれぬ姫を見るに見かねて、腰元の人々は
「ああ、あわれか、くちおしや、いかがわせん」
としばらくの思案
腰元、小菊、井川の端の柴を折り葉をむしりて
「姫君様。これを力におつき、たまわれ」
柴杖差し出せば、やそ姫は
「おおお、これなら、力になるであろう」と受け取り
杖につきては、右や左の手をとられて
よろばい よろばい と疲れ 疲れて
ようよう たどりついたるは筑後の国の
野町の宿 ようよう入り口になれば

待ち受け致す隈部の守
「やああ、いかにも、やそ姫殿
たいそう お疲れのご様子それではここに、一夜の宿といたそう」
さても、隈部の守夕餉も済みし、やそ姫、ご一同にうちむかい
「やああ、いかにも、やそ姫殿。肥前の掟、作法、教えておこう。
さても、掟、作法と申すものは、
処によってかわるもの肥前の作法は余所とはちがっておる
どこの御殿でも、取り次ぎをなくしては
君のお目通りは参ることはならん。
しかしながら 隆信公の作法はことが変わっておる。
なぜかといえばな 姫君
男子の者には、みな、取り次ぎ無くては、君のお目通りには参れぬ。
しかしながら、女人だけは無礼講
隆信公の作法では、旅のそのまま、脚絆、菅笠、そのままに
お供のものと、両手つなぎ手、土足そのまま
ただ 一斉に 隆信公のお前まで馳せこんでいくのが
肥前の作法でござりまする。必ず、おわすれなさるな。」
さてもこのよし 有ること無いこと
いつわり わなの言葉なれど
腰元の方々、頭の腰元とて
まだまだ 年若12人の腰元も女人ばかりのことなれば、
「ああ 所変われば、作法、掟もかわるものか」
あら、不思議、不思議と疑惑の思い残すまま真に受けられたが
いちいちの誤り さても、その夜は難なく、夜を明かし
夜が明くれば、早や、早やと朝餉をすまし
野町の宿をあとにして、急ぎ行く
さても、あけの朝になるとても姫の疲れは癒え果てぬ
なかなか、足ははかどらん
「まだ肥前の国は見えないか、まだ佐賀は遠いのか」と
涙ながらに、やそ姫殿
12人の腰元に、いざなわれて、急ぎ行く
矢部の川をうち渡り上ノ庄を越えてゆく五十町
越えてはさか橋 おに橋 みつ橋越えて
音にも聞こえしはだかわ
御門のほとりを通り次第に行くのは
肥後と筑後の国境師冨渡しをうち渡る次第次第に間近くなる
隆信公の本城目前とあいなったり
さても その時 隈部の守あらわれたり
「やあ、耶蘇姫殿、しばらくおまちなされあれをご覧あれよ
あれが隆信公のご本殿でござる。
夕べ申したこと、忘れはなさるまい。
作法間違えれば、無礼、トガとなる。
夕べ申した作法の通り目通りされよ
作法知らぬは家の恥
この隈部の教えとは他言なさらずゆかれよ耶蘇姫さま」と
やそ姫、ご一同卑怯な罠とも知らず、いかがなりましょうか

さてもこれより隈部但馬の守のざれごとにて
ご家来衆16名詰め腹 腰元12名ご自害
三郎丸 やそ姫 逆さ磔
主従合わせて三十名 竹江ヶ原の土となる
聞くも哀れな物語
肥後と筑後の国境
島津巻き込む大戦いかがなりましょうか
長い話は座の障り
島原軍記 菊池くずれ
今日はこれにて読み終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?