人生で一番尊敬した人。

タバコの副流煙が立ち籠めるゲーセンに入り浸っていた高校生の僕はそこで岡本くんに出会った。年は僕の4つ上だったと思う。

頭の回転が早く話が面白かった。趣味でバンドもやっていた。

週5で長浜ラーメンを食べていてややぽっちゃりしているのに色気のある整った顔立ちをしていた。昔の写真はジャニーズにいてもおかしくないレベルだった。

当時から童貞だった僕に、女なんてあーしてこーすればええねんとモテ方を語ってくれたことがあった。が、実践する勇気が無かった僕には結局意味が無かった。でも岡本くんのような喋り方や振る舞いを取り入れてみたら後輩からのウケはよかった、男の。

そして何より岡本くんはゲームが抜群に強かった。雰囲気はどこか飄々としているのにそれに似合わずド級の負けず嫌いで、地域でおそらく一番ゲームが強かった。ゲームだけじゃない。岡本くんが何かに負けるところは想像できなかった。でもなぜかパチスロは負けていたらしい。

ゲームが強ければ人格まで肯定されるゲーセンのコミュニティにおいて、彼はまさにカリスマだった。高校生の僕には彼が他のどんな大人よりもカッコよく見えた。

(余談だが一緒に組んでもらって全国大会の予選に出た。あと一勝できてれば全国大会の本戦にいけていたが僕の力が足りなかった。僕は模試をサボったのは最初で最後だったがサボってよかったと今でも思う。)


「就職できちゃえば卒業する必要ねーから」と言って在学中になぜか就職して大学は中退した。大学生だった当時から

ブラックで名高い大手の営業系の会社に入りそこそこボロボロになっていた。遅刻したら上司の前で一発ギャグをやらなきゃいけないだとか睡眠不足で高速で事故りかけたなどと語ってくれた。僕にもスマホをiPhoneに変えないかと営業してきた。あの岡本くんですら社会ではこんな感じになっちゃうのか……と当時大学生になっていた僕は少しショックを受けた。

でも蓋をあけてみれば入社1年目で月間営業成績全国1位だとかで年収1000万超、2年目で部下が出来ていた。その年に優秀な部下を引き抜いて会社を辞めて起業していた。
「自分でやれば会社に持ってかれんで済むし」と笑っていた。
やっぱ岡本くんはスゲーやと嬉しくなった。僕の中に神が生まれた。


就活で進路に迷っていた僕は酒の席で、給料要らないから岡本くんの会社で働かせてほしいと言ったが真面目に取り合ってもらえなかった。僕もその言葉の重みをよく理解していなかったと思う。断られてよかった。もしそれでOKされていたら1年と経たずに給料を寄越せと言うようになるか恨み節を吐くようになっていただろう。覚悟も信念もなく言葉を吐くケツの青いガキだった。

(僕は結局人事のかわいいお姉さんが最終面接前に頑張ってねと握手してくれた会社に入った。入社後に社訓を絶叫するタイプの会社だと知り働く意味を自問する日々を送ることになる。あの日の両の手の温もりだけが心の拠り所だったが人事のお姉さんは1年ほどで寿退社した。)


岡本くんとは多分それ以来一度も会っていないし連絡も取っていない。もう10年にもなるか。
今でも会社はうまくやっていけてるのだろうか。僕の中の岡本くんなら間違いなくうまくやっていけてるだろう。負けるはずがないんだから。
たしかめようがないわけじゃない。知り合い何人かにあたればたぶん連絡も取れるだろう。でも僕はあえて連絡を取らない。
もし岡本くんが負けているところを見てしまったら僕は泣いてしまうかもしれないから。

パンドラの箱は開けたくない。



冬の最後の悪あがきのような寒たい空気を吸い込みながらなぜかふと岡本くんのことを思い出した。

初恋の人とか憧れの人はきっと思い出のままにしといた方がいいんだと思う。他人の存在は糧にこそすれ、そこにそれ以上の価値を見出しちゃいけない。人はどこまでも自分の人生を歩まなきゃいけない。


天皇陛下は昨日誕生日だったらしい。
神道は八百万の神として万物全てを神聖視している。
他人に理想を投影し神格化する行為はとてもメンヘラ仕草のように思えるが、ともすればとても日本人的行為なのかもしれないという考えに至る。
いつの間にか僕も僕の中の岡本くんよりも年上になっちゃったなぁ。

おやすみ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?