ランダム辞書SS③

「一体どこまで行くつもりなんだい」
「もうちょっと」

僕の声なんて聞こえていないかのように、彼女は知らない道をどんどん歩き続ける。「ふたりで行きたいところがあるの」だなんてお誘いに、ほんの少しの期待を寄せてふたつ返事でOKしたものの、今僕がいるのはオシャレなお店でもアパートの一室でもなく、もう見渡す限りの大自然で。こういうのも悪くはないけれど。

歩きながら適当に見渡すが、目ぼしいものは特にない。知らない土、知らない虫、知らない風に知らない草木——おや。ふと、見覚えのあるギザギザの葉。
ああ、この草は知ってる。ウワバミソウだ。
亡くなった祖母が教えてくれた。大蛇が獲物で腹を膨らませすぎた時に薬としてこの草を食べるのだとか、なんとか。思えばいかにも蛇が住んでいそうなところに立たされたものだ。

「ついた」

急停止した彼女にぶつかりそうになりながら、僕も立ち止まる。目の前には見上げるような大木。それから、そこに大きな大きな穴が開いていた。

「見せたいものってこれかい」
「お腹空いたね」
「君ってこんな時でも呑気だな。それで、これがどうし——」

振り向いた時には彼女の姿はなく。代わりといってはなんだけど、決して小柄とは言えない僕の体長をいとも簡単に超えてしまうような大蛇が、僕の眼前で口を開けていて。
「なるほど、薬ならごまんとあるものな」だなんてくだらないことを考える暇、とてもじゃないが有るはずもなかった。

『ウワバミソウ』