仮面の恋⑥
全裸の対面を恐れずに連絡先を渡した甲斐があって、👗からはメッセージで写真が届いた。
コメントはなく写真がたった1枚、だ。
まだ蕾の花の苗が、三角錐に型どられたイ草で囲われている。
それがカメリアだとすぐにわかった。
真冬に咲く花で、雪をかぶってしまうと鑑賞に向かないため今の時期に雪囲いを行う。彼女の家の庭園には全世界からの植物が採集されているから、庭師がその作業でもしていたのだろう。
⚗️「貴女は私の心の灯火、雪の重さで消えないように。」
花言葉に絡めて、間髪入れずに返しておいた。
それがお気に召したようで、頻繁に写真や動画が送られるようになった。
異国の宮廷料理や秘境の幻獣など、日常ではお目にかかれない被写体がやはりコメントなしで送られてくる。
遊んでいるのだろうか?
真意はわからないが、知識量を最大限に生かして、お題に絡めた三文ラブレターを返していった。こんなくだらないやり取りですら、心が沸き立つほど嬉しいのだから、いざ彼女を目の前にしたらどれだけ高揚するだろう。
ガキの頃は図書館で事典を読むことが趣味だったから、世の中の知識だけは無駄にある。しかし、実際に対象物に触れていないということは、本当に知っているとは到底言えない。
彼女は少なくとも送信してきたモノは全て自分の目で見て、五感で捉えているから凄いと思う。しかし勉強嫌いのせいか、著しく背景の知識を持っていない様子だ。
彼女のエキサイティングな思い出にクルーウェル様の知的なキャプションがつくことで、完全に把握した気分になり、愉快になっているのかもしれない。
そんな答えのない考察を独りで悶々と考えているから、思考が混沌としてきた。
待つのは嫌いだ、このまま忘れ去られるのではないかと心配だ。しかし、それなりの要人だから無理に急かしてミスられても困る。今はまだ不用意な行動に出るタイミングではない。大丈夫だ、ほら、今日もテッポウウリの種子が一斉に散る動画が送られて来ている…。
(ちなみにこの動画を見た俺は、彼女の中で達する一瞬の快感を連想してしまったが、下品なので伝えるのはやめた。セクシャルな冗談を喜ぶ女は多いが彼女はそのカテゴリに属さないだろう。その代わり種子の散布方法の種類と構造についてわかりやすく解説を返信しておいた。)
いよいよ会いたくて精神がもたなくなってきた頃、その日は、来た。
講義中に「もらった住所付近にいる」と電話で呼び出され、仮病をつかって駆けつけた。
目抜き通りのシンボルになっている銅像の前に、周囲から浮いたオールドスタイルのファッションで身を隠した👗がいた。
顔が半分以上隠れるボンネットに、体重より重そうなラゲージを引きずっている。どうやら観光中の外国人マダムになりすましているようだ。身分を隠すつもりが余計に目立っているんだが?
あまりに滑稽で、逢瀬の感動的なムードも味わえず、遠巻きに無言で立ち尽くしてしまった。
👗「デイヴィス!逢いたかった!今日から一週間、お世話になるわ!」
⚗️「は?一週間!? 俺の家に泊まるのか?」
👗「他にどこへ行けというの?」
聞いていないぞ?
なんて破茶滅茶な人なんだ!
呑気に写真や動画を送っている暇があるなら、事前に予定を教えてほしかった。
まずい…。
告白時に飽きさせないと誓った手前、これから何日間もいったいどうホストすればいいんだ!
というか、大学はどうする?一週間も休んだら周囲に置いていかれるぞ!
あぁーーーーーー、だから嫌なんだ、恋人は要らないって方針だったじゃないか!
途端に不機嫌さが眉間に出る。舌打ちはギリギリ抑え込んだ。
とりあえずここは目立つ、移動しよう。
自分で持つ、と言い張る彼女のラゲージを奪い、もう片方の手で彼女のしっとりした小さな手を握った。
瞬間……勃起した。
⚗️「クッソ、厨房かよ!」
いよいよ余裕がなくなり、心の声がダダ漏れた。
👗「…厨房?ねぇ、さっきから怖いわ、怒ってるの?」
事態を収拾すべく、目を合わせず、歩調も弱めず、しかし声だけはなるべく優しい声を出そうとつとめる。
⚗️「いや、怒ってなんかいないさ。それより何か食べに行かないか?」
👗「なぁーんだ、お腹空いてたのね!私もよ!」
実際は興奮して腹なんか減っていない。
ラゲージを石畳にガタガタいわせながら、彼女の手をしっかりと引いて、誰かに顔を見られぬよう雑踏を足早に抜けた。長いエスカレーターでアンダーグラウンドへ潜ったら、ようやく思考回路も落ちついてきた。
このまま海岸沿いまで移動し、ゴブリンが経営するビストロで、密輸された竜の肉でも食べに行こう、毒味は俺がすればいい。その後、今日は金曜だから知り合いがミュージックパブで演奏をするはずだ、丁度いい。奇抜なコントラバスの演奏だが、ヴィオラを習い始めたと言っていたから、きっと喜ぶ。ありとあらゆる「最高級」を経験してきた彼女には背伸びせずにこういったヴィランの遊び場をストレートに見せるのが吉だろう。あと来週の講義については週末に考えるとしよう。😈に協力を乞えばなんとかなる。
一通りの整理がつくと、先ほどの不機嫌な素振りを彼女に懺悔したくなり、プラットホームで電車を待つ間も彼女の手を握っていた。本来ならここで何か会話をすべきだが、気まずくて言葉が出ない。代わりに横目でチラリと視線を向けてみた。ボンネットのレースの隙間から彼女の瞳と目が合う。彼女は微笑み返してくれたので、不安も和らいでいった。
本当は、今すぐ二人きりになって、沢山キスがしたい。きつく抱きしめて、何度も交わって、昼過ぎまで眠りたい。
しかし、それは彼女のセオリーに反しているのだから、今は紳士的に、ヒーローみたいに、完璧なエスコートをして、信頼残高を貯めて、心体を預けるにふさわしい男であると理解させる必要がある。
今はステイ、ステイだ、デイヴィス。
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