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仮面の恋④

※今までの話はこちらです。

彼女はキスされることに慣れているようだった。
今までに沢山の人から祝福を受けてきたのだろう。父から、母から、兄弟から、そして恋人から。自分との落差を思うと胸が苦しくなり、酷く価値のない生き物に思えてくる。

互いの唇の隙間から舌を滑りこませて、絡ませた。👗はビロードのような舌をチロチロと動かして、上顎をくすぐってきた。そのうち牙を探り当てられて、執拗に形状を確かめてくるので、うまくいっていたリズムが崩れた。惜しいが、離す。

⚗️「危ないよ?ケガする。」
自分でも驚くようなネコ撫で声が出た。
👗「だってカッコいいんだもん。」
⚗️「カッコいい?怖くないのか?」
👗「ううん、聞いてたから。貴方がヴィランだって。」
そうか、あの、仮面を斬った女か。勘が鋭いだろうから、急いで事を済ませた方がよさそうだ。

白磁器のような首筋に唇を置いていく。ラベンダーピンクのシルクの裾を捲し上げて、太腿から腰骨へ、そっと手を這わす。心臓が早くなり、血液が頭から下腹部へ急降下していく。
どんどん知能指数が低くなっていくのがわかる。

👗「待って!」
⚗️「待てない。」
👗「でも待って!」
⚗️「無理だ。」
👗「私のこと愛してる?」
⚗️「は?」
👗「互いに愛し合っていないと、こういうことはしちゃいけないって、シスターが言ってたわ!」

っはぁーーー………。
出たよ、シスター!
俺の最も苦手とする集団。

幼少期に修道院に世話になっていたことがある。
そこで愛にまつわる分厚い書物を全文暗記させられ、一言でも間違えると手のひらを鞭で何度も打たれた。
そもそも享受したことがない事柄についていくら説教されても理解に苦しむ。飲んだことがないウミガメのスープについて、延々と説明され、さぁ想像して味わえと、言われてるようなものだ。胸糞が悪い。
それなりに反抗ができるようになった頃に、
「もう御託はいいから、早く食わせてくれよ。」と訴えたら、なぜか貞操を奪われる羽目になった。意味不明過ぎて、そのコミュニティは出ていった。

未だに正体がわからぬ愛、求めたらトラウマになった愛。長年避けていた問題をこの場で問われるとは…!
さて、嘘でも「愛している」と答えるべきか。
でも彼女はヒロインだし、それを熟知しているんだろうから、嘘をついたらバレやしないか?
嫌われるのだけは避けたい、絶対に。

少しずつ血流を脳に戻す努力をするが、駄目だ、最適解が出ない。絞り出した返答は…
⚗️「わからない。」
👗「?」
⚗️「愛がなにか、わからない。」
👗「…。」
⚗️「それなりに勉強した事はあるんだが、やっぱりわからないんだ。」
情けなくて、目を背けてしまい、ムードが一気に引いていく…消えたくなる。

👗「あら…奇遇ね!私もなのよ!一緒に答えを探しましょうか?」
あっけらかんとした返答に、全身が急に軽くなった。
変わっている、やはり変わっている。
俺だったら、無知をあげつらって、見下す。
本当のお嬢様というのは、皆、こんな感じなのだろうか?

⚗️「君も…?わからないのか?」
彼女は目を見開いて頷く。
おそろしく可愛い。
⚗️「少し待って…。」
鼻の付け根を指で押さえて、そうだ、あのむかつくシスター達の顔でも思い出して、下半身の興奮を鎮める。
彼女は、気の毒そうな顔で俺を見ていた。

その後は、二人寄り添って寝具に埋もれながら、彼女のおしゃべりタイムに付き合わされる羽目になった。
最初は確かに、愛についてのお互いのオピニオンを述べていたが、結局は好きの最上級でしかない、という話になった。
しかし、ではなぜ多くの人があんなに分厚い本に感謝して詠唱し、時には涙し、居もしない偶像に救いを求めるのか?ここで二人の探究は保留となる。
偶像といえば…で、次第に部屋の調度品のエピソードになり、旅行の話になり、トークテーマはすっかり彼女の独壇場となっていった。
数学でFAILを取ったから、服飾デザイナーの道は諦めたとか、前衛的なクラシック音楽にハマり、ビオラを習い始めた、とか。
魔法に憧れている、というので、今度、杖がある時に見せてあげる約束をした。

⚗️「シャロン、君のことが好きだ。」
あまり長居は禁物だから、彼女の話がひと段落した所にすかさず差し込む。
⚗️「僕のガールフレンドになってくれない?」
👗「えー…どうしようかしら?」
一生懸命、意地悪なフリをしてくるのがたまらない。
⚗️「頼むよ、退屈にはさせない。」
👗「では…よくってよ♪」
嬉しくて、牙を隠せずに、笑ってしまう。
自信をもって強く抱きしめた。
暖かくて、柔らかくて、折れそうだ。

⚗️「紙とペンを、貸してくれ。」
住所と連絡先を記載する。
⚗️「あと、なにか着るものを…」
彼女は、笑いを堪えながら、クローゼットへ駆けて行く。布を散らかす音がして暫くたったら、花柄のワンピースが出てきた。
👗「あなたが着れるのはこれくらいしかないわ。」
⚗️「えーと…これは?」
👗「お父様がお母様にお土産で買ってきたんだけど、サイズが全然合わないから、捨てようとしていたのを私がもらったの。柄がね、ほらきれいでしょう?」
確かに高級品であることはわかるが…まぁ、なにも着ないよりはマシか。
⚗️「あと、ここから静かに外に出たい。良いルートはないか?」
👗「あるわ!小さい時に天国のお祖母様が教えてくれた秘密の抜け道があるの。案内する。」
⚗️「シャロン、もし逢いたくなったら、ここに来て。君は蝶のように気まぐれだから、僕のことなんかすぐに忘れてしまうかもしれないけど。」
👗「必ず行くわ、約束する。」
短いキスをして、屋敷をあとにする。

明け方の庭園は肌寒い。
愛妻家の公爵が妻に送った花柄のワンピースを着て、誰も目を覚まさぬよう、一気に駆け抜ける。
樹の下で、冷え切った自分の服をピックアップし、靴だけ履いたが、着替えはせずそのまま自宅まで、ブラブラと時間をかけて下っていった。

明け方の新鮮な空気と、達成感で気分がいい。
静まり返った車道、シャッターが閉まったブティック、パンが焼き上がって、カフェ屋がコーヒー豆をひく香り、あまり意味をなさない信号機。
目に映る日常が生き生きとして見えてくるのは、全て恋のせいだ。

今日はこの後、家庭教師のバイトと、大学の課題をしなければならない。
彼女の事は、暫く胸にしまっておこう。

つづく

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