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麦ノ秋音楽祭2024 in東松山

5/12(日)東松山のCOEDOビール醸造所にて収穫祭の音楽フェス。
こんな素敵なフェスがあっただなんて…と言葉を失う。
今年は桜が遅かったのと同様、まだ麦の収穫は先との事で麦畑が見れて良かった。

一週間後の今朝、ACIDMANのALMAと世界が終わる夜(タイトルが覚えられない…この世の終わりって覚えちゃう)を聴いては涙が止めどなく流るる、そんな朝食時間を送っていた。大好きなアボカド丼を作ったというのに、鼻水で窒息しそうになった。芸名 大木伸夫、一時的 大木痔瘻の感情溢れるコスモな歌唱に私の全てが吸い取られていった。ストリングスマジックもあったのか?と思うものの今朝も号泣。
主催側もアコースティックが合っている規模、雰囲気との理解あってかアコースティックがとても心に響いた。
もう、朝から号泣しているからぐったりで何から書き始めて良いのか分からない。

紛れもない事実は翌々日から痔が再発し、3日後の昼頃には酷い悪寒に襲われ38.5°の熱が出たという事。コロナ禍前からそんな高熱はワクチンを打った副作用でしか出なかった。次の日、課内の高級ランチ会があったので当日キャンセルだとキャンセル料が発生するので前日に泣く泣くキャンセルしてもらった。多分予算一人当たり6千円との事だったので5500円のコースだったのだろう。
フェスの次の日は、これまた8時台に会社に到着しなければならなかったのでフェスでは一滴もアルコールを摂取しなかった。
殺人的満員電車に5年位乗ってなかったから、そこでコロナとなった?と思ったが陰性だった。フェスで色んなものを受け取って心がついていかなくての高熱だ。罪なフェスだ。笑。

ユザーン本命のName the Nightを一度聴いてみたいというところで、最後のロッキンカルテットは全く事前に調べていなかったので最後に驚愕のクライマックスがやってくるなんて2ミリくらいしか思っていなかった。

ユザーンさんが朗読の川越ランデブーで出てくる「斎藤牛蒡店」は友達が知っていて、凄っ!と声が出てしまった。あの界隈にあるのだという事が分かったからチャリで行ってみよう。
美雨さんがこの曲、撮ってもいいですよとスマホで撮るポーズをされていたのがまた気品溢れていて、初めて父に呼ばれて、子供の頃に鼻歌歌ってごらんって言われた曲、Perspective。
美しかった。この間、母のライブに行ってとMCからの?食べたいという曲。父母の音楽の血が通っている…。矢野さん節が通っている美雨さんを聴いたのは初めてだったのでこれまた驚いた。

1組のアーティストを除いて、全てを聴けた。
アジカンの潔さんのアウトドアの動画を見て、このフェスいいかも!と確信を持ったのは確かだ。 OmoinotakeとSHE'Sと潔氏のセッション、動画であれだけ良いのだから、生で聴いたらどんなに良いだろうと想像し、一緒に行く高校時代の友達2人が私のペースに合わせてくれるとの事だったので前日まで朝から行くか迷った。風速9メートルというのも気がかりだったが、当日はそよ風程度で全てが心地よかった。11時前に到着したらその御三方がアジカンの君の街までをリハでやっていた。遠くから聴こえてきたので早足でその場へと向かった。その場所に着いた時にはリハは終わっていたけれど、BGMで流れてくる、その音に近づいていく君の街まで。特別だ。ヒャッホー!!私がアジカンと出逢った曲ではないか!今となっては巨大ザリガニとそれ程リンクしなくなった。🦞

初のネムナイはとても楽しく音楽に乗れた。潔さんがドラムセットではなかったのは、昨年の経験からアコースティックが合うと分かってのカホンだったのか?ドラムが聴きたかったけど、またいつか…。ノリノリのメンバーの方の動きを観ていて、私もあれくらい動きたい!って思って、でも浮くな…と悩ましい自分に笑ってしまってマスクで顔を一時的に隠した。物販前に座ったいて、背後に4人…チケットや物販を買えばお話できたけれど、あと5曲くらい新曲増えて、もっと自分にがっちり当てはまった時に行きたいと思ったから終始背中を見せていた。友達からは行かなくていいの?と促されたけれど…一度カレーをお渡ししていただいた時はすんごいバリトンでありがとうございますしか言えなかったからまた二の舞(自分の事だが二の舞。笑)になるだろうと容易に想像できた。やはり、アジカンのドラム潔としてみてしまうのだ。しかし、11時からのセッションからずっと動きっぱなしで様々な事に楽しみながら挑戦されている姿は素晴らしいと尊敬する。それもあって、こんなちっぽけな私が話かける言葉もなく…という感である。

さくらちゃん、優河さん、関口シンゴさん、佐々木亮介さん…言うまでもなく…という感じだ。さくらちゃんのあのアルトな声、本当に心地よい。素晴らしいグルーヴ。佐々木さんの歌をこんな田舎で聴けると思っていなかったので本当に素晴らしかった。あの個性あふれる声、キャラクター最高だな。

ここからが本題である…。
最高に美味なソイキャラメルアイスクリームを頬張っていたら、ロッキンカルテットが始まった。さっきまで料理教室イベントで下ネタ連発だった村松拓が格好良くステージ上でキメている。
人が多そうだからとかなり後ろから眺めていたが、向井航さんのフォルムだと確信し、友達2人を置いて私はズンズンと前方まで辿り着いた。10列目くらいの真ん中辺りをゲット!
全てのボーカリストが素晴らしかった。
Naotoさん率いるロッキンカルテットは極上だった。

大木さんのあの感情から何かを受け取ってしまって、号泣してしまった。あとから考えた。ACIDMANの歌詞は宇宙なのだ。もう、無限大。だから、想像も無限大となる。無限大=何にでも結びつけられる。自然とその宇宙という無限と母がいる川越の施設がリンクしてしまった。宇宙は無限なのに、母は10畳くらいの部屋から一人では外出できない。
腸の穿孔で緊急手術となる前は毎日、出歩いていた人。精神の病から家財道具一式持ち歩いてリュック2つと大袋1つ持っていたものだから、家がない人だと思われて寄付された事もあったらしい。コインランドリーで3日寝止まり。だが、周囲のいう事は一切受け入れずだった。だから、私は毎日頭の片隅に置いておく事にした。そんなんで何もできなかった。第三者の力を借りたが無理だった。医師もお手上げだった。34の時に分かれた事を友達に責められた事もあった。私と母の間にあった事なんて微塵も知らない。一緒に住んでいた時、遊んで夜中の2時に帰宅してその後爆音を毎日だす。そんな事には耐えられなかった。1人震えていた。
そんな人を私があの空間に閉じ込めてしまったのか…となってしまった。施設に入る初日、医師との面談で記憶力が細部に渡って明確だから慎重にいかないと、この施設も出ていく事になると言われた。そうなる事前提で話を進められた。施設入居5ヶ月くらい後に効果が現れ、今まで見た事がない母が人間の心を持った。今の関係性が一番良いと思うが、母はそれから絵を描くことができなくなってしまった。描くとしても幼稚園児が描くような絵になる。要するに薬の効き目と引き換えて、絵を描く事=生きる活力を失ってしまったのだ。これにはまた驚愕したし人間って不謹慎ながらも、面白いとも思った。前の大学病院の主治医が薬を処方しなかったのはこういう事だったのかと体感した。違う世界に行くと(病気から抜けると)また違う方向へ行く。それは本人の幸せではないと。人に危害を与えていないから今のままで良いという見解。私は震えていた。正にそういうことだったのかと医師の理論には納得した。

母には、毎週散歩を強請られていたが、今週は目眩がするとのことで初めて散歩中止となった。永遠は無いんだと思ったと同時に、梅雨、猛暑の散歩をどう乗り越えるか悩んでいた自分を後悔した。
母にとって泥棒に殺されるという妄想を持ちながら、自由に街中を闊歩し、絵を描く事が幸せだったのか。それとも、絵を描けなくなり、自由を失い、今の安堵した生活が幸せなのか。安堵した表情から読み取れるけれど、病気の時の母が今の母を見たとき、怒り狂っていただろう。絵を描く事が全てだったから。これから個展を開くのが夢とも数ヶ月前に言っていた。そんな人間が、自分には才能が無いと分かっていると今では言う。個人により幸福感は異なる。
私は、ここまで両親が生きてくれたなら有難いと思うのが良いのだろう。思うべきなのだろう。全ては必然だ。父は退院後、動き回り過ぎて数週間後、致命的な緊急入院となりまた2ヶ月入院となった。5月の連休は短かったから、6月に父の家に泊まって次の日に長谷寺へ紫陽花を見る事を予定していたがその予定は無くなった。高学歴な父には肩身が狭かったが、もう、喧嘩した仲だし罵倒した。ドナーさんやスタッフの方々の気持ちを踏み躙っていると。反省してますと返信がきた。上辺の反省ね。と返信した。正月に、フジ子・ヘミングのような例だってあるんだからって…経済力あったのに、音大行かせてくれなかったって喧嘩からの話。彼女は母も音楽教師で藝大卒だ。

人生全てが上手くいかない。
それが私の人生だった。

比較するものではないが、ガザの子供達は大人まで生きるだなんて思っていない。幼稚園児くらいの子がそう言っていた。日本では介護の問題があるけれど、各々が持っている問題は各々が重大な問題でありどれも軽視できない。
しかし、ガザの子供達が親を看取れないというのは悲劇以外の何物でもない。家族が自己形成の基盤だと思っている。それどころか、ガザの赤ん坊が次々と殺されている。このジェノサイドを止められない世界の中にいるということ。全てはカネなのか。理解なんてできないよ。こんな世界。

当初、書こうと思っていた事とは大分道を逸れてしまった。文も乱れている。これが、綴るという事だろう。
これから母に届け物。
先日、母と電話で、来てもらって悪いねって、また涙が出てきたから堪えた。心がしんどい。
泣かないように頑張る。私、精神がまだ子供なのよ。貴方達に甘えられなかった。これから少しずつその時間を取り戻したいと思っていたけれど、この歳で無理がある。

ACIDMANのライブにチャリで行ける喜び。笑。大木さん、ACIDMANありがとう。楽しみで仕方ない。母と行ってみたかった。音楽好きな母だったから。サザンが大好きだったけれど、今一番好きなのはマイケルジャクソン。

TOSHI-LOWさんのMC大好き。
魂が宿っている。
こんな滑らかに身体揺らしながら歌うんだと発見でした。ブラフマンのライブも見てみたい。

初ネムナイ!
カレー食べたかった😢唐揚げとポテトを食べました。
ソイキャラメルアイスクリーム!とても美味しかった。
フェス仕様なコエドエナジービール。オレンジピールやレモングラス、マカなどが入っていて不思議な味。また飲みたい。🍺🍊🍋
関口シンゴ、藤原さくらの演奏前。最高!!
高熱により逃したであろう、高級ランチ寿司。未練タラタラ。笑。

行こう!って確信した動画。 特に、Omoinotakeの怜央さま(笑)の歌から溢れる感情がとても良かった。
フェスって見つけられるからいいよね。大きなフェスはその良さもあるけれど、私には合ってないなと数年前の蘇我で思った。音を聴きに行ったけれど、割れちゃってるのは…と私は思ってしまう。それ以来のフェス。私にはちょうど良いどころか最高のフェス。ずっと心に残る。

高校時代の友人と行けたのがとても嬉しかった。
今日もこのフェスの事をLINEでやりとりしてた。笑。幸せだよね。私。
ありがとうね。

(森林公園駅に降り立つのは大学生振り。ドレッシングを大量に作るスカイラークの工場での早朝バイト。意地悪なオバさんにいじめられて三週間で辞めた。真面目に自分でマニュアル作って一日で頭に叩き込んで行ったから指導してくれていた人は褒めてくれたから申し訳ないと思っている。バイトや仕事でのイジメって嫉妬が大半だと学んだ学生時代)

大きなプチプチは敷物にもなるし、畳むとフカフカの座布団になってお尻に優しいの。世紀の大発見。



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