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緊急事態宣言で野菜になにが起きた?八百屋が語る流通のリアル

「緊急事態宣言が発出されて、野菜の価格や販売に影響はありますか?」

去年の5月、それからつい先日(2021年2月)の二回、京都新聞社から取材がありました。野菜の流通状況は私達の生活にも、身近な飲食店にも直結する問題です。取材で語りきれなかった部分を記録すべく筆を取っております。

改めましてこんにちは。
美食倶楽部@QUESTIONのメンバーの近藤です。
本業は京都で古くから続く八百屋、西喜商店の四代目です。八百屋については下記のリンクを是非ご覧ください。

青果流通に携わる立場として、緊急事態宣言における青果流通の現状について少しだけ語らせていただきます。
最初にお伝えしておくと「コロナだから野菜が余った」みたいなわかりやすい話ではありません。いろいろな要素が複雑に絡み合ってバランスしている青果流通のリアルをお伝えできればと思います。

野菜、果物の市場流通と「全量引き受け」の原則

青果流通において最もオーソドックスなものは、
【生産者→農協(出荷団体)→市場→仲卸→小売店】です。
農家さんたちがつくった野菜は、各産地の農協を通じて市場に集められ、そこから卸売業者さんを通してスーパーマーケットや西喜商店のような小売店に流れていきます。「市場流通」と言われるこの流れが、青果においては全体の約6割(国産に限ると8割)を占めています。
この流通の仕組みの中で、産地と消費地をつなぐ中心にあるのが青果市場です。その機能として必ず知っておいて頂きたいことがあります。
それは、「全量引き受け」の原則です。

市場(卸売業者)は出荷者から販売委託を受けた商品の受け取りを拒否することはできません。これは法律及び条例で定められています。
裏を返すと、農家さんは作りすぎても必ず全量出荷する、つまり売ることができます。その代わり価格の決定権は出荷側にはなく、市場で相場が形成されて価格が決定されます。供給量が多すぎると野菜の価格相場は下落し、逆も然りです。
市場には消費者の皆様にいつでもどこでも安定した価格と量の野菜、果物を提供し、且つ生産者の事業の安定を図るために欠かせない機能が存在することをお伝えしたいです。

緊急事態宣言で余った野菜、余らなかった野菜

この全量引き受けの機能により、市場には日々野菜が沢山届きます。もちろん、完全に需要と供給を一致させることは不可能です。食料を安定的に供給するという食料安全保障の観点からも、青果の市場流通は基本的に「供給過剰」の状態にあります。
そして、当店は市場直結型の小売八百屋という立場上、必要な野菜を仕入れる(買う)だけでなく、市場に滞留している野菜を受け入れることが仲卸さんとの付き合いの中で多くあります。
(どんなビジネスにも、今度あれ安くするからこれ買うて〜な〜という、付き合いはあると思います。あれです。)

日頃から私は特に過剰に引き受けた野菜について、都度twitterに情報をアップしてきました。
そこでテーマに戻って、緊急事態宣言の影響を受けてフードレスキューを求めたツイートを遡ったみたのですが、実はそこまで多くツイートをしていませんでした。

4月〜5月は上記のツイートのように、飲食店向けに流通しているハーブや山菜、ライムの余りが顕著でした。

その傾向はこの1月の緊急事態宣言についても同様で、この後菊花なども引き受けることになるのですが、山菜やつまものなど一般家庭での調理が難しい食材は、行き場をなくし廃棄もやむなしと言うことが何度かありました。

このように業務用の野菜についてはフードロスが発生する一方で、普段余りがちな一般野菜については「コロナのせいで……」のような状況には、実は陥りませんでした。意外に思われる方もいらっしゃるかもしれません。青果流通の現場で何が起こっていたのでしょうか。2つのキーワードから紐解いていきます。

1)空前の自炊ブーム

言わずもがな、ですが、コロナ禍において多くの方が自炊の回数が増えたと思います。

実は八百屋は4月〜5月にかけて異常ともいえる忙しさでした。例年や八百屋は年末商戦、贈答需要、おせちなど正月野菜の販売があり、12月が最も忙しく売り上げも大きいです。ところが4月〜5月の売り上げはそれに匹敵するものになりました。
来店のお客様も新規のお客さまが急増し、店番をする両親も
「毎日が年末みたい…」とぼやく程でした。
特に30〜50代くらいの男性のお客さまが増えた印象です。普段は外食をしたり、多忙で料理ができない方が、家族サービスに気合を入れて予算にあまり糸目をつけず購入されるので、単価の高いアスパラやそら豆などの豆類もしっかり売り切れた、という感覚を覚えています。

同業の八百屋さんに聞いてもどの八百屋さんも活況で、ニュースを見るにスーパーも忙しかったはずです。

当店の事業を支えて頂いている飲食店さまへの販売は激減し、売上としては大変厳しい数字となりましたが、野菜の店頭回転率としては、一般の方のご購入に支えられたというのが一つの事実です。

2)野菜の端境期(はざかいき)と天候

まずは昨年の緊急事態宣言。これはタイミングが良かった、という話ではあるのですが、3月から4月にかけて、京都、滋賀においては農業の端境期(はざかいき)に当たります。農家さんも冬野菜の収穫が終わり、夏から秋に向けての準備の期間で収穫する野菜が品薄になる時期です。なので、そこまで野菜の供給過多を感じることはありませんでした。
もちろん市場には地場野菜だけでは無く、全国からの野菜が集まってくるわけですが、それにしても「端境期で良かった」というのは青果流通に携わる人の本音ではないでしょうか。

では、この1月〜2月についてはどうか。まだ冬野菜の出荷が続いている状況ですので、地場野菜としても生産されているものは供給過多が続いています。一方で、値上がり(つまり供給不足)になった野菜もありました。原因は、天候です。正月明けの大寒波や積雪の影響で、ほうれん草や小松菜の入荷料が激減し価格はかなり上がりましたが、ある程度のところで止まりました。
これはあくまで私の感覚値ですが、緊急事態宣言の影響による需要減で、ギリギリのところでバランスが保たれたなのではないでしょうか。


数年前に白菜が大不作となり1玉800円なんていう値段がついた時もありました。もし今年も平時だったら、ほうれん草が400円500円なんていう値付けが起こり得たかもしれないということです。
ところが、今年は当店の売価で280円(仕入原価200円程度)までで収まりました。冬の旬の時期でしたら当店ですと売価150円程度が平均的な相場感です。
※「原価出していいの?」と思われたかもしれませんが、市場流通の野菜の平均相場(仲卸業者さんの買値)については、各市場から市況速報をみることができます。京都は、市場の卸売業者である京都青果合同株式会社のWEBサイトから確認できます。

つまり、生産現場においてはコロナの影響よりは異常気象など天候不順における影響の方がよほど深刻だということです。いつも自然と対峙している農家さんに対しては、むしろコロナ禍においてはその逞しさに対してリスペクトの度合いが高まるばかり…という印象でした。

※もちろん、スポットで余ってしまってヘルプを求めたことはあります。
先日も寒波明けで少し気候が温暖になったタイミングで、ブロッコリーがたくさん市場に入荷してました。当店も受け取りすぎて余らせてしまい、黄色くなったものを多くの方に助けてもらいました。


※市場流通に頼らない農家さんも増えています。コロナの影響で取引がキャンセルになり、出荷先が無くなったという影響を受けている方も多くいらっしゃいます。そういった部分におけるコロナの影響についてはまた別の論点としたいと思います。

コロナ禍における八百屋の売上事情

以上のように、緊急事態宣言の影響で余った野菜も、そうでないものもありました。フードロスの問題についてもそう簡単に解決できるものでもなく、青果流通が生産者から中間流通、末端小売に至るまで、たくさんの方の努力と複雑なバランスの上で成り立っているものとご理解頂ければ嬉しいです。

と、講釈を垂れましたが、最後に私の八百屋の業績も公開して終わろうと思います。まずは当店の売上の約7割を閉めるはBtoB、つまり飲食店さん、給食、老人ホーム等への販売についてです。下記は、過去1年間のB2B売上の推移となります。

4月、5月の売上は昨対の70%減です。全体としては30%減、自分が会社員営業マンだったらゲッソリする数字ですね。いやゲッソリしてるんですが…

一方で、全体の売上の3割を占める店頭小売は、自炊ブームの影響で4月、5月は150%以上の売上、全体で昨対約120%の売上がありました。ということで、店は忙しくなりましたが、収益部門であるBtoBの売上が大幅に減っている分、西喜商店トータルでは年間で約20%減というところでしょうか。個人商店としては厳しい数字ですが、必ず来る夜明けのために、今できることをしっかりと準備しているところです。

実はこの社会状況の中、小規模ながら新規取引の問い合わせは増えていますし(テイクアウト前提の業態が多いです)、まちの八百屋に求められることはまだまだ増えていくはずです。
コミュニティキッチンという新しい社会装置の中でも、古き良き八百屋としての役割を考え続け、これは意味があって楽しいぞと思ったことがあれば皆さんと共有し、楽しめる場作りに取り組んでいきます。
それではまた、現場でお会いしましょう!

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