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旧東海道ウォーク⑩ 小田原宿→箱根宿

2022年7月8日(金)から9日(土)。
ついに「天下の険」箱根に挑みます。

1.箱根口を上る
2.箱根湯本
3.須雲川
4.<番外>湯本温泉
5.石畳
6.畑宿
7.箱根七曲
8.甘酒茶屋
9.芦ノ湖
10.杉並木・箱根関所
11.<第十番>箱根宿


1.箱根口を上る

小田原宿を後に、箱根越えに向かいます。
関東平野とは、ここでお別れ。JR東海道線や新幹線とも、箱根を越えた三島まで出会うことはありません。

小田原の京方見附を越え、新幹線高架下をくぐります。
箱根板橋の辺り。歩道には石畳を模した埋め込みで、旧街道を表しているようです。
かつて醤油問屋だった、旧内野邸。黒い蔵造り、貫禄十分。
足柄の山から流れる小川が、街中のいたるところに流れます。
箱根板橋を抜け、箱根登山鉄道の高架下をくぐり、国道1号に合流します。
小田原用水の取水口。早川から小田原城下へ、16世紀に北条氏が整備した日本最古の上水とも言われ
その早川の流れ。湯本まではこの川沿いに進む。
国道1号と、箱根登山鉄道。
小田原厚木道路の下で、国道から右折して、踏切を渡ります。
箱根登山鉄道を、踏切で渡ります。
もせるゴミ? もやせる、の小田原方言?
風祭駅と、鈴廣の本社工場。
足柄の山から流れ落ちる水流。
風祭の一里塚跡。日本橋から二十一里目。
静かな集落です。
もう一度、箱根登山鉄道を渡ります。ここまでで踏み切りは、JR1か所、京浜急行2か所、箱根登山2か所のみ。
箱根湯本側を望む。この区間は、線路は三線軌条。
逆方向の小田原方。本線のみ三線軌条。
国道1号に合流。
歩道は、階段で上がります。
再び脇道へ。
箱根登山鉄道の線路を、下から見るとこうなってます。
山道ではないが、すでに上りが始まっていました。
もう一度国道1号に合流。
合流地点は、明治維新の山崎古戦場跡。旧幕府軍vs新政府軍。
国道1号を、箱根湯本へ。

2.箱根湯本

温泉旅館や観光地の表示が出てきました。
早川の対岸には、温泉街の風景。
箱根湯本駅の手前で、右折し、三枚橋を渡ります。
三枚橋から望む箱根湯本駅。鉄道とはしばらくお別れです。
箱根関所まで、15km。
県道732号で、箱根八里越えに、向かいます。
最近は、おしゃれなプチホテルが増えているらしい。
お土産も、温泉饅頭から洋菓子に、徐々に変わっているのか。
坂がきつくなってきた。
この傾斜、わかりますか?
坂の途中にある、湯本小学校。ここの子供の足腰は、たぶん強いはず。
薬局の駐車場には、かつての東海道の風景を写した貴重な写真が。
この排水溝から、硫黄の匂いや湯気が出てます。
湯本茶屋の一里塚跡。日本橋から二十二里目。

3.須雲川

湯本茶屋を過ぎると、さらに山深くなります。
間もなく18時。もう少し進んで、日没までに宿に入ることにします。

県道から脇道へ。
石畳入口、の表示に従い進みます。
この東海道で、初めての石畳です。
石畳の説明板。
箱根といえばあじさいが有名ですが、もうそろそろ終わりの時期でしょう。
「さるはし」を渡ります。
その「さるはし」の上を跨ぐのは、温泉の給湯パイプ。
石畳の登坂は、滑りやすくて要注意。さきほどの県道に出ます。
湯本温泉の「ホテルおかだ」と「南風荘」。
このあと、宿へ向かう路線バスまで時間があるので、京を目指して逆方向へ「上り」ます。
源泉地
ホテルはつはな前のバス停。時刻は18時15分。今日はここまでとします。
バスで箱根湯本駅前に到着。今日はここに宿をとりました。

今日の上りは、小田原市内からホテルはつはなまでの約8kmでしたが、その前の暑さと疲労が厳しく、結構へとへとでした。
明日も、上りは同じくらい(8.5km)ですが、高低差は今日以上だし、そのあとの下りは三島宿まで約15km。厳しい1日が予想されます。


4.<番外編>箱根

ゆっくり温泉に入り、近くの居酒屋に繰り出しました。

干物、かまぼこ、と小田原名産でそろえてみました。

ちなみに、宿は「水明荘」の別館のシングルルーム。
ビジネスホテルタイプですが、向かいの「水明荘」の大浴場が使えます。

別館。翌朝の撮影。
こちらが「水明荘」本館。大浴場からの眺めも、お湯も最高でした。

5.石畳

2022年7月9日(日)、晴れ。
箱根宿へ向けた2日目のスタートです。
まずは、箱根湯本駅から路線バスで、ホテルはつはなまで向かいます。

朝の湯本駅前。
畑宿行きのバス。途中の旅館や温泉施設へ向かう従業員さんが、多く乗ってました。

ホテルはつはな前に到着。朝7時40分、歩き始めます。

昨日乗ったバス停の向かい側に到着。
引き続き県道732号を進みます。左は箱根新道の須雲川インター。
早川の支流、須雲川に沿って、山中に進みます。途中の集落も、川と同じ名前。
静かな集落です。
見渡す限りの緑、深い森。何かが潜んでいるかも。

県道は、ヘアピンカーブを描きながら、急こう配を上り続けます。

この勾配、わかりますか?
突如現れた、巨大な大鳥居。大天狗神社。
鳥居の陰には、天狗ならぬキューピット坊や。
箱根天聖稲荷大権現。今度はお狐様。
深い森に分け入ります。

曾我兄弟が仇討ち前に巨石を試し切りをしたと言われる、割石坂。
ここから、右脇の石畳に入ります。

割石坂の碑
江戸時代の石畳が、残っています。
県道への合流場所は、接待茶屋跡。

すぐに、今度は左の脇道へ分け入ります。
ここからが、きつい山道の始まりでした。

分かりやすい分岐。
こんな山道だったり、
こんな橋で小川を渡ったり、
道がよくわからない場所も、進みます。
再び石畳。

石畳の構造などの解説板があり、「石畳トリビア」を学びながら歩きます。

石の敷き方にも、一定のルールがあるのがわかります。
排水も重要。これが機能しなければ、単なる川になってしまいそう。
「石畳トリビア」を頭に入れながら、さらに進みます。

6.畑宿

県道732号に合流し、寄木細工で有名な、畑宿の集落に入りました。
午前8時30分、ホテルはつはなを出て50分。

ここを上がったら、県道に合流。
朝ということもあり、静かな集落です。
寄木の材料を、干しています。

素朴な色合いと複雑な幾何学模様が、なんとも言えない「和の重厚さ」を醸し出しています。外国人旅行客に人気なのも、納得です。

右にカーブする県道と別れ、旧道は直進します。

県道から分岐しすぐ、畑宿の一里塚跡。日本橋から二十三里目。
復元ですが、これまでで最も雰囲気のある一里塚です、

旧東海道の石畳を挟み、左右に塚があります。
案内板
左側の塚。
右側の塚。

当時の旅人に思いをはせ、ここで朝食のおにぎりと、しばしの休憩。


7.箱根七曲り

いよいよ、箱根七曲りに突入です。

七曲り区間のほとんどが、石畳。

ここまで石畳を歩いて正直「歩きにくい」と感じてましたが、ここの説明版を見て、納得しました。
雨でぬかるんだ泥道になると通行できなくなり、それを防ぐの手段として、最初は竹を敷き詰め、その後石畳とする手法が用いられたということです。

この説明板、実によくわかります。

このあと、箱根新道(国道1号バイパス)や県道732号との離合を繰り返し、箱根路を上ります。

通称、「空中東海道」。箱根新道(国道1号のバイパス)をオーバークロスします。
下を走る、箱根新道。
ヘアピンカーブを描く県道に、急坂でショートカットする旧道が、ここで合流。
県道も、七曲りがあるらしい。
ヘアピンカーブを、階段でショートカット。これも正式な旧東海道。
県道を箱根新道(国道1号)がオーバークロス。
箱根の山々が続く。
坂の一つひとつに名前がつくが、どれも「しんどい様子」を表すものばかり。
県道を別れ、急な階段を上る。
蜘蛛の巣が行く手を阻む。めったに人が歩かない証拠。
このあたり。芦ノ湖が近くなってきた。
「雲助とよばれる人たち」の説明板。
人気の雲助の三条件が、①力がある、②荷造りがうまい、③歌がうまい。自分には無理だ。
崖にへばりつくように進みます。
県道を、横断歩道で渡り、対岸の歩道へ。
ヘアピンカーブ
この急坂を、自転車で越える人たちに、何度も遭遇。
再び県道から別れて進むこの坂は「追込み坂」。サミットまではあと少しか。
名前の割には、緩い坂道。これまでの厳しい勾配に、感覚がマヒしてたかもしれない。

8.甘酒茶屋

畑宿から約1時間、9時35分に甘酒茶屋に到着し、しばし休憩。

車で通過したことは何度もあるが、立ち寄るのは初めて。

名物の甘酒をいただきます。(暑いので冷やし甘酒)

お茶と漬物はサービス。疲れた体にしみわたります。
隣の資料館も見学。
箱根八里の由来は、小田原から箱根まで四里、箱根から三島まで四里、合わせて八里。

10時05分、箱根宿を目指して出発します。


9.芦ノ湖

甘酒茶屋を過ぎても、しばらくは上りが続きます。芦ノ湖を中心とした、外輪山があるからです。

石畳も歩きづらいが、木の根っこの道も歩きづらい。
県道を斜めに横断。
交差する場所にあったバス停は、ずばり「旧街道石畳」。
ここからの石畳は、これまでで最も「箱根」のイメージに近い気がします。
石畳と杉木立。
ようやく下りになります。外輪山のエッジを越えたのだろうか。
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」の碑。
芦ノ湖へ向けて下りながら、小道をいくつも横断します。
しかし、かなりの急坂。気を付けながら下ります。
箱根湯本の三枚橋で別れた国道1号の本道と、再会しました。
箱根の美しさを世界に紹介した、ドイツのケンペル氏と英国のバーニー氏。
杉並木を下ります。
箱根神社の大鳥居の脇に出てきました。
芦ノ湖畔。駒ヶ岳の山頂は雲に隠れています。
海賊船
午前11時。少し早いですが、昼食をいただきました。

10.杉並木・箱根関所

腹ごしらえして、箱根関所へ向かいます。

関所まで1㎞。
葦原久保の一里塚跡。日本橋から二十四里目。
一里塚の脇が、箱根杉並木の起点。
石碑
旅人に木陰を与えようと、家康が整備を命じたらしい。

箱根の杉並木は、箱根の観光にとっても、旧東海道においても、シンボル的なスポットです。
その保護には、幾多の知恵と費用が投入されていることと思いますが、いつまでも残したい財産だと思います。

七曲りの石畳とは違い、ここは並行する国道の自動車との共存も課題のひとつ。
いったん国道1号に合流。
恩賜公園の角を右折します。
関所の入口の表示があり、左折します。
湖畔の切通を進みます。
箱根関所の、江戸方の入口。
旧東海道は当然ながらこの中を突き抜ける。
見学は有料だが、旧東海道ウォーク中だと告げると、通り抜けは無料でした。
通り抜けなので見学はできないが、ここで「入り鉄砲に出女」の通り調べがあったのだろう。
無事に関所を通り抜けました。

11.<第十番目>箱根宿

「箱根宿」は、他の宿場のような、江戸方見附・京方見附が設置されていなかったようで、どこからどこが宿場町だったかわかりにくいようです。
もともと、山中に宿場がないことで参勤交代に不便であることから、1618年に小田原・三島から移住させて宿場を設置させたという、記録が残っています。

このあたりが、箱根宿のあたり。国道1号が東西に走ります。
六軒あった本陣のひとつ、はふや本陣跡は、現在は箱根ホテルとして営業中。12時30分着。
箱根駅伝のゴール地点の近く、ミュージアムがあります。
旧道から、ゴール地点方向をのぞむ。
芦川入口から、右の脇道に入ります。
ここから三島方面は「箱根西坂」と呼ばれる。
静かな集落
駒形神社

この辺りで、箱根宿は終了。
箱根外輪山を再び上り、箱根峠へ、その先は三島へ長い下りが続きます。

小田原宿→箱根宿
 距離 16.5km
 所要 (1日め)2時間50分+(2日目)3時間05分(昼食除く)
    合計 5時間55分(昼食除く)

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