見出し画像

架空学生との対話①「専門性」の論理

    優秀な学生さんが<かなりや>に見学&体験に来たという想定での架空対話です。架空なだけあって、率直なうえ察しのよい方で、とても助かりました。対話は次回に続きます。


学生:<かなりや>さんって、「どんな人でも、できるかぎり」受け入れるシェルターってありますけど、よくわからないのですが。
スタッフ:かもしれませんねぇ。

学生:たとえばどんな人たちが入るんですか?
スタッフ:年齢でいうと…胎児もいれれば妊婦から90代まで。性別でいえば、男性、女性、性的少数者。世帯人数でいえば、単身、内縁を含む夫婦や子ども連れ、兄弟姉妹、かなあ。
学生:全然イメージできませんが。
スタッフ:知名度の高いカテゴリーを使えば、ホームレス生活の長い人、ネカフェ難民、家賃滞納でアパートを出された直後の人たちとか…法的にDV被害者と断定できるかどうかグレイゾーンの人も来ますね。障害者虐待や高齢者虐待、児童虐待、その他家族からの虐待を受け続け逃げてきた人もいますし、刑務所出所後の人とか、住まいのない妊婦とか。そのあたりがわかりやすいかな。

学生:あの…
スタッフ:なんです?
学生:全然わかりにくいです。
スタッフ:おーう、やはりそうか…
学生:あれもこれもゴタマゼみたいで。それに…
スタッフ:
なにかな?
学生:そんなの、無理じゃないですか?普通。
スタッフ:お?なぜ?
学生:だって、そういう人たちの支援には、それぞれ高度な専門性が必要じゃないですか。なのに、こんなにいろんな人を受け入れてるって…
スタッフ:仕事がイイカゲンなんじゃない?ってことかな?
学生:すみません…専門性が低いからなんじゃないかな?って…
スタッフ:なるほど。支援対象の多様性と専門性の高さは反比例する、ということかな。

お掃除タイム

スタッフ:じゃ、居室のお掃除に行きましょう。
学生:え?掃除?
スタッフ:昨日、お一人退所したんです。空き部屋ができたから、新規の方を迎えられるよう掃除するんですよ。
学生:はぁ…
スタッフ:どうかした?
学生:あの、それって、社会福祉士のやる仕事なんですか?
スタッフ:お掃除は大切よ。ささ、行きましょ!

学生:うっわ…なんですかこの部屋!
スタッフ:うふふ。
学生:こんなん掃除するんですかぁ?
スタッフ:やらなきゃ次の人が入れないでしょ?
学生:でもこの部屋、ゴミもすごいし、あれこれ散らかってますし、めっちゃタバコくさい…ていうか、壁までヤニっぽい…
スタッフ:確かに手ごわい感じよね。あなたはペットボトルをやってね。私は不燃とプラごみを集めるから。燃えるごみは最後にかき集めましょ。
学生:あの、中身入ってるのもありますけど…
スタッフ:流しに空けて、軽くゆすいで、ラベルはがして袋にまとめるの。

学生:わっ!吹き出した!くさいい~
スタッフ:きゃぁ!手とか洗って、着替えてきて!
学生:はい……

学生:(スタッフルームで着替えつつ)なんでこんな目にあわなきゃなんないの…どう考えてもコレ専門職の仕事じゃないし。学費払って大学生活4年かけて学んで、試験に合格してコレだとしたら、完全に割に合わないじゃん。なんなんだここ。

スタッフ:やー、お疲れ様でした。さて、今日は得たものがありました?
学生:得たものって……部屋の掃除しただけですよね?
スタッフ:まあ、そうね。
学生:掃除なんて、専門職じゃなくてもできますよねぇ。
スタッフ:ですね。
学生:わかっててやらせたんですか?
スタッフ:ええっ?いや、いやいや。

スタッフ:あの部屋見て、どう感じました?
学生:どうって……「汚部屋」ってこういうものか、とか…
スタッフ:それだけ?ほかにも学んだように見えるんだけどなあ。
学生:ペットボトルのラベルの剥がし方のコツを掴んだ気はしますよ。メーカーによって剥がす箇所が違うんですよね。
スタッフ:おお、なんと飲み込みの早い。…で、部屋から悪意は感じました?
学生:え?悪意?
スタッフ:「どうせ誰かが片付けるんだ。散らかしてやろう、なんなら腐らせて嫌な思いをさせてやろう」といった悪意を、あの部屋から感じたか?ってこと。
学生:いえ、それは全然無いですね。
スタッフ:ですよね。誰もあなたに悪意を向けてはいない。でも、あなたは少し怒ってた。
学生:…はぁ。
スタッフ:どうしてかしら。
学生:……

学生:自分が不当な扱いを受けた気分になったんだと思います。
スタッフ:いきなり核心に迫ってきた〜!
学生:え?
スタッフ:あ、すみません。えー、さっき、掃除は専門職の仕事ではないと言ってましたよね。
学生:言いました。だって、清掃業者に外注すればいいじゃないですか。てか、そのお金がないからスタッフさんがやってるんですよね?
スタッフ:あは、お金が無いのはホントそうだわ。でも、それだけじゃないかも。

空間から読む

スタッフ:んーと。あなたにお願いしたペットボトルって、お部屋のどのあたりにありました?
学生:えーと…ベッドと窓の間の隙間に集中してました。
スタッフ:どんな意図があったと思います?
学生:意図?
スタッフ:そう。意図。いろんな可能性があると思うけど。

学生:ベッドの上で飲んで、そのまま落としちゃったとか…あ、そういえば下のほうのは、ゴミ袋に入ってましたね。
スタッフ:そうだった、そうだった。
学生:だから最初はベッドの上で飲んで、飲み終えたら分別するつもりでビニール袋を置いていたのかも。
スタッフ:うんうん。
学生:それが、何かの理由で難しくなって、袋がいっぱいになってもそのままそこに捨て続けたのかもしれませんね…。思うように動けなくなったとか。で、動けるようになったら、袋にまとめるつもりだったのかも。
スタッフ:うんうん。
学生:あ、でも、キャップとラベルは剥がさずそのまんまでしたし、中身が入ってるのもあったわけで…
スタッフ:なぜでしょうねえ。
学生:やってみて思ったんですけど、ペットボトルの始末って、たまっちゃうと厄介ですよね。キャップやラベルを外して、中身あけてゆすいでって、意外と労力がかかるというか。
スタッフ:私もそう思う。
学生:分別しなきゃいけないってことはわかってて、できるところまでやろうとしてたのかも…
スタッフ:そう、そんなふうに、空間から生活を読み取ろうとするんです。業者さんに頼んじゃうと、そういうカンを養うチャンスさえ無くなっちゃう。
学生:空間から生活を読む…

スタッフ:そう。生活とか、意図を読む。ちょっと考古学に似てると思いません?
学生:え?考古学?
スタッフ:そう。
学生:考古学って、昔の人々の生活の痕跡から、当時のその地域の人たちがどんな暮らしをしていたかを復元する学問ですよね。どこがです?
スタッフ:一般的な考古学だとイメージしづらいかな。考古学のなかに、「ゴミ考古学garbage archaeology」とか「ゴミ学(ガーボロジー)garbology」とか呼ばれる分野があってね。

学生:確かに貝塚って昔の人のゴミ捨て場って聞いたことがあるような。
スタッフ:そういうやり方を現代社会に応用したのがゴミ考古学で、現代のゴミを研究するの。ある地域の人々が何をどんなふうに捨てているのかを調べて、人々がどんな生活をしているかの解明をめざすとか。あるいは、その廃棄物がどんなもので、環境にどんな影響を及ぼすかという観点から、環境科学ともつながったりしてて。
学生:ああ。居室の掃除も、ゴミから探るっていう意味では…
スタッフ:そういうこと。ゴミにかぎらず、生活の痕跡から暮らしを読み取ろうとするあたりが考古学と似ているなあって。
学生:なるほど。
スタッフ:のぞき趣味ではないつもりなんだけど「どんな暮らしをしていたんだろう」ってね。
学生:本人に直接訊けばいいんじゃないですか?
スタッフ:それがね。ゴミ考古学の研究で、人々にアンケートをとった結果と実際に発掘したゴミを比較すると、例えばお酒の量とか、アンケート結果より実際の量のほうが多かったりしてね。自己申告とモノの語ることがズレちゃうわけよ。
学生:あー。

スタッフ:本人のお話は、本人の認識をそれなりに示すけれど、モノが示す現実はそれとはまた別なのよね。さっきのペットボトルも、本人は「全然ダメなんです」と言うかもしれないし、「しっかり分別してました」と言うかもしれない。実際のペットボトルの様子はああいう状態。こういうズレから、新しい問いが生まれるの。
学生:えーと、なぜ本人が「まったくできていません」と言うのか?とか、なぜ「しっかり分別してました」と言うのか?という問いってことですか?
スタッフ:ご明察!ここでは、そんなふうに日常が進んでいくの。だから居室の空間的な状況からさまざまなことを「読む」のは大事な仕事なんです。退所後の居室掃除の経験を重ねることで、そういうカンが養われると思うんです。

「専門性」の論理

スタッフ:ところで、さっきの「ちょっと怒ってる感じ」、まだ残ってます?
学生:いえ、全然。
スタッフ:不思議ですねえ。不当に扱われた気分が消えちゃったんだ。
学生:さっき、部屋から意図を読もうとしてたとき、怒りが消えた気がします。専門性のある仕事だって納得したからでしょうかねぇ。
スタッフ:ほほう、納得がポイント……

学生:あの、これが、「受容」っていうことなんでしょうか。
スタッフ:へ?受容??ああ、バイステックの本とかにあるヤツですね。あなた、学校で相当優秀なんでしょうね。えーと、どういうことです?
学生:自分は確かに、なんでこんなことやんなきゃいけないんだって、腹立ってました。悪意なんかないことは、頭ではわかってましたけど、迷惑な気分になってたんです。でも、好きで自分の部屋をぐちゃぐちゃにする人なんてそうはいませんよね。たいていは、何か困ってたり弱ってたりした結果、そうなったわけで。そのまんま、それを読むのが専門性なんですね。
スタッフ:おお~。
学生:外注したら、この「受容」もわからないですもんね。掃除は専門職の仕事じゃないなんて言っちゃって、すみませんでした。
スタッフ:いえ、こちらこそ、すっとぼけてしまってごめんなさい。確かに一般的には、掃除は福祉専門職の仕事としてイメージされてませんよね。あなたが迷惑な気持ちになったのはそういう一般的なイメージのせいで、あなたのせいではないと思う。

学生:どうして掃除は専門職の仕事じゃないって思うようになったんだろう。
スタッフ:んー。学生さんにとって理想的な就職先って、どんなところなんです?
学生:そうですねえ。役所の福祉職とか、社協とか、高齢・障害・児童の施設、病院あたりかと。
スタッフ:分業化が進んでいて、社会福祉士が掃除しなきゃいけないような職場ではなさそうね。
学生:不当な扱いを受けた気分になったのは、そのせいかもです。役所の窓口とか、施設の相談室とか、そういう場にいる自分をイメージしてたのかもしれません。そういう場所での分業を前提にしちゃってたんですね。
スタッフ:しかもいちおう「士業」だから「自分は偉いのだ!掃除なんてやってられっか!」ともなりかねない。
学生:自覚のないうちに、そう考えていたのだと思います。

学生:こういうのって、学校で学ぶことはできないんでしょうか。
スタッフ:少なくとも座学じゃ難しいと思うなあ。学校の授業って基本的に、学問の形式をとっていますよね。ナントカ論、ナントカ研究、ナントカ学って。
学生:はい。
スタッフ:学問って、歴史上の人物とかの研究を除けば、ゴミ考古学もそうけど、社会とか、集団とか、そういうレベルの現象を扱うわけでしょ?
学生:あ、そうですね。
スタッフ:でもウチで見えるのは個人とか、せいぜい世帯レベル。
学生:〇〇障害とか、そういうレベルを扱えないんですか?
スタッフ:うーん…そこなんですよね。

スタッフ:ペットボトルをベッドと窓の間の隙間に固めておく人に共通する属性って、なんでしょうね。
学生:え?うーん……ペットボトル飲料をよく飲む、とか?
スタッフ:じゃ、そういう人たちのうち、ベッドと窓の間の隙間に固めておく人たちと、ベッドの下に転がしておく人たちとがいるのは、なぜなのか。
学生:ん-、その人がベッドをどう使って、ふだんどうやって飲み物を飲んでいたかによりますかね。
スタッフ:そうよね。じゃあ、ベッドで飲み物を飲むパターンをつくる要因って…?
学生:うーん……わかんないですし、そもそも考えてもあんまり意味がないような…
スタッフ:変数とおぼしきものが多すぎて、何に注目したらいいのかがわからないのよね。しかも、どれが実際に変数として働いてるのかもパッとはわからないし、一人ひとり違うかもしれない。複雑すぎるんです。そのうえ、母集団の数が少なすぎて、それを「〇〇障害」というカテゴリーでくくる妥当性も見えづらい。だから、科学的なスタンスで抽象度を上げることが難しいのね。できるのは、現象の解釈にすぎなくて。
学生:ああー。

スタッフ:でも逆に、さっきあなたが推理した「思うように動けなくなる」ことは、どんな人にもありうる。ここが「閾値」みたいなもんで、ご本人が動けなくなってはじめて、障害や病気、生育歴なんかに関連する情報と突き合せて「こういう理由で動けなくなったのかもしれない」と推理する。そこからまた新しい支援段階がはじまる。
学生:障害名とかじゃなくて、まず「動けなくなる」が先にくるんですね。
スタッフ:そう。まず現象がある。「誰それさんがこうなった、その原因は?」となってから、初めて「〇〇障害」というカテゴリーとかラベルとかが意味をもつ。実際にはここまで単純じゃないけど、少なくとも論理的にはそういう順番で、遡及的にカテゴリーを参照することになる。
学生:学校で勉強するときは「今日は〇〇障害について学びます」みたいな感じで…
スタッフ:そう、カテゴリーが先行しがち。こことは論理の機序が逆なのね。

学生:あ…!
スタッフ:なあに?
学生:ここでいろんな人たちを受け入れられるのって、ひょっとしてこのことと関係する…?
スタッフ:そうかもしれない。
学生:専門性の高い施設は、まずカテゴリーから入りますよね。
スタッフ:そうね、まず「〇〇用の施設」って看板が重要になる。そういう文脈のなかで「どんな人でも、できるかぎり」と言われても、何をしてるんだかパッとわかんない。でも、そういう施設は、現にあるのよね。
学生:あはは、やっぱり「まず現象がある」なんですね。では次回もよろしくお願いします。
スタッフ:ええ、続きを一緒に考えてください。

(つづく)