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ブッダガヤの物乞い 4 仏五左衛門編

写真 : 夜のマハーボディテンプル

インドの物乞いには実に様々なタイプがいるが、金をせびる時はたいてい皆しおらしい感じで来る。だが時折とんでもなくぞんざいなやつがいて驚かされる。

いつだったか大通りを歩いていたときのこと。道端で車座になって団欒に耽っているホームレス一家の脇を通りすぎようとしたとき、母親とおぼしき女が私に気付くと、

「あ、ちょうどいいのが来やがった!」

とでも言うような勢いでステンレスの器※を手にとり、

「カンカンカン!カンカンカン!」

とアスファルトに激しく打ち付けながら、

「おい!おい!」

と怒鳴り付けてきたのだ。

※料理用のボウルだが金品を入れて貰うために物乞いは皆常備している。

まるで、

「何素通りしてんだよ!お前金持ってんだろ!恵めよ!」

と言わんばかりの態度に、

「そんな物乞いの仕方があるか!!」

とブチギレた私は、一切目もくれずに無視して立ち去った。それでもしつこく金属音と怒声とが背中越しに聞こえていた…。

あまりの態度にさすがの私も呆れ返ったのだが、あるときふと「いや、まてよ」と。

「たしかにあれは失礼千万である。だがどうだろうか?あのしおらしい感じでやってくる物乞いたちに金を渡したときに時折感じる、

「なんでぇこれっぽっちかい!しけてんなぁ」

とか

「ほほう、この旦那ずいぶん羽振りがいいじゃねぇか、儲けた儲けた!」

といった仮面の下に隠した感情の嫌らしさ…。それに比べたら、あの者たちは自分の感情に素直な、

「正直者」

と言えるのではないか?

かの昔、かの詩聖が東北一帯を旅して書き上げたあの凄まじき紀行文「奥の細道」にも、「仏五左衛門」(ほとけござえもん)と渾名されるほどに正直を貫いていた男、否、「漢」の記述があるが、かの者たちもまたブッダガヤに於ける「仏五左衛門」なのではなかろうか。」

そしてまた、かねてより、正直者が馬鹿を見る世の中ではあってほしくない、と願っている私としては、彼らこそ真に施しを与えるべき存在なのではないか。それが道理というものではないのだろうか?と。

そのような深い気付きを得た私はその1、2週間後、夜のマハーボディー境内を歩いていたとき、一人の少女が地べたに座って物乞いをしているのを見かけた。その5、6才の少女は私と目が合うと、「あ!またちょうどいいのが来やがった!」と言わんばかりに、

「カンカンカンカンカン!おいっ!おいっ!」

とやり始めたので、こんなガキにまで、と普通にイラっとした私はそのまま無視して立ち去ったのだった。

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