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暑い夏におすすめの北欧ロード・ムーヴィー 後編 『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』&『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』

暑い夏におすすめの北欧ロード・ムーヴィー 後編では、フィンランドのロード・ムーヴィー『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』と『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』を紹介したいと思います。
どちらもロード・ムーヴィーかつコメディ映画として楽しめる作品です。

フィンランド映画のイメージを粉々にする!?『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』

ロード・ムーヴィーといえば音楽がつきものですが、本作はメタル大国フィンラドらしくヘヴィメタルを全面に押し出した1本です。

舞台は、フィンランド北部の田舎の村。退屈な日々を送るトゥロは、平日は福祉施設で働き、空き時間に友人と4人で「終末シンフォニック・トナカイ粉砕・反キリスト・戦争推進メタル」というジャンルのヘヴィメタルバンドをやっています。結成から12年間ステージに立ったこともありませんでしたが、ライブへの第一歩としてオリジナル曲を完成させます。そこへ偶然、ノルウェーのメタルフェスのプロモーターが現れ、デモテープを渡すことに成功。4人はノルウェーのフェスに参加するべく準備を始めます。

バンド名は「インペイルド・レクタム」(直腸陥没)に決まり、フェスに向けて村も盛り上がっていました。しかし、地元のライブハウスで行われた初ステージで緊張のあまりトゥロは大嘔吐してしまいます。ノルウェーのフェスへの参加も難しくなり、バンドは解散の危機に…。そんな状況の中、ドラマーのユンキが運転中トナカイを避けようとして事故で亡くなってしまいます。3人は、亡くなったユンキのためにもノルウェーのフェスに乗り込むことを決意。埋葬されたユンキを棺桶ごとバンの屋根に乗せ、新たなドラマーとしてトゥロの務める施設の隔離部屋から精神病患者オウラを誘拐しノルウェーへ向かいます。

本作は、このコラムで紹介してきたフィンランド映画とは異なり、下品で荒唐無稽な表現が満載の1本です。ほのぼのしたフィンランド映画に親しんでいる人は、あまりの破天荒ぶりにこんなフィンランド映画もあるのかと驚くのではないでしょうか。

コメディでもある本作ですが、その笑いは一見するとステレオタイプのものが多い印象です。しかし、トゥロたちはそんな古い価値観に流されて人を笑うことはありません。村人たちが笑ったり馬鹿にしたりするようなことを自分たちの信じる音楽に活かそうと真面目に捉え、愚直にメタル・ロードを突き進んでいきます。その愚直さと村の日常とのギャップがこの映画の笑える瞬間なのです。

棺桶とのロード・トリップ/『ヘヴィ・トリップ』と一緒に観て欲しい『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』

フィンランド映画に詳しい方は『ヘヴィ・トリップ』を観て、アキ・カウリスマキ監督の『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』を思い出したのではないでしょうか。この2作品は、「棺桶とのロード・トリップ」という共通点を持っています。

『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』は、1989年に製作されたフィンランドのロード・ムーヴィーです。ツンドラ地帯で活動する民族音楽バンド「レニングランド・カウボーイズ」がアメリカに渡り、ロックバンドとしてメキシコまで旅する様子が描かれています。バンドメンバー全員が極端なリーゼント、つま先が極端にとんがった革靴、そして、飼っている犬までリーゼントという徹底ぶりが特徴的な作品で、アキ・カウリスマキ監督が得意とするシュールな笑いが全開になっています。

本作で最も特徴的なのは、「棺桶とのロード・トリップ」が描かれている点です。物語の冒頭でバンドメンバーの一人がツンドラの畑で凍死してしまい、一行は凍ったメンバーを棺桶に入れ一緒にアメリカツアーへ出発。メキシコまで棺桶を車の屋根に乗せアメリカを走り抜けます。最後、メキシコで棺桶に入れられていたメンバーが生き帰ります。

「暑い夏におすすめの北欧ロード・ムーヴィー 前編」で、60年代「死に向かう逃避行のドライブ」であったロード・ムーヴィーが、80年代の多くの作品ではロードを通して「家族の再生」や「傷の癒し」を描くジャンルへと変容したと説明しました。『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』は、80年代ロード・ムーヴィーとして扱われる作品の一つです。しかし、本作は、80年代の多くのロード・ムーヴィーとは異なる表現を持っていると評価されている作品です。

『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』は、「死に向かう逃避行のドライブ」であったロード・ムーヴィーを「生に向かうドライブ」へと直接的に反転させ、さらにパロディ化しています。このような点で80年代の多くのロード・ムーヴィーとは異なっており、このジャンルを語る上で重要な作品となっています。

『ヘヴィ・トリップ』において棺桶とのロード・トリップは、ロックフェスへ向かって盛り上がっていく展開に勢いを加えています。死人が入った棺桶と旅をして目的地に到着する、その姿が最高にメタルだとフェス主催者や観客に評価されたことが、ライブ成功のポイントにもなっています。棺桶とのロード・トリップは、ヘヴィメタルを成立させる重要な要素として描かれているのです。このように見ると『ヘヴィ・トリップ』は、『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』へのオマージュと言えるのではないしょうか。この2本を合わせて観るとフィンランド・ロード・ムーヴィーをより楽しめると思います!


基本情報
『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』2018年製作|91分
製作国:フィンランド・ノルウェー
原題:Hevi reissu
監督:ユーソ・ラーティオ、ユッカ・ヴィドゥグレン
脚本:ユーソ・ラーティオ、ユッカ・ビドゥグレン、アレクシ・プラネン、ヤリ・ランタラ
出演:ヨハンネス・ホロパイネン、ミンカ・クーストネン、ビッレ・ティーホネン、マックス・オバスカ、マッティ・シュルヤ ほか

『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』1989年製作|78分
製作国:フィンランド・スウェーデン
原題:Leningrad Cowboys Go America
監督:アキ・カウリスマキ
脚本:サッケ・ヤルベンパー、アキ・カウリスマキ、マト・バルトネン
出演:マッティ・ペロンパー、ザ・レニングラード・カウボーイズ、カリ・バーナネン ほか


気になる北欧映画
■『ヒューマン・ポジション』2024年9月14日より劇場公開
2021年製作/78分/ノルウェー

『ヒューマン・ポジション』は、ノルウェー・オースレン出身のアンダース・エンブレム監督の長編2作目の作品です。本作は、2022年「なら国際映画祭」で上映され、今年2024年に劇場公開となるようです。同監督の長編デビュー作である『ハリー スローリー』も、2018年「なら国際映画祭」でプレミア上映されています。

予告からは、緻密な画面構成とそこから表れる様式美を感じます。どことなく、デンマークのフラレ・ピーダセン監督に似た印象もあります。私は、静謐で淡々とした北欧映画が好きなので、本作の公開が楽しみです。

『ヒューマン・ポジション』予告
 


オフィシャルサイト
https://position.crepuscule-films.com 


著者紹介:米澤麻美(よねざわ あさみ)
秋田県生まれ。マッツ・ミケルセンの出演作からデンマーク映画と出会い、社会人を経て大学院でデンマーク映画を研究。法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。北欧文化協会例会(2022年)、北欧楽会例会(2023年)、北欧留学情報センターBindeballe講演会(2024年)などで北欧映画を紹介している。



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