【神奈川のこと62】盗まれたユーノスロードスター(藤沢市/藤沢駅南口)

久しぶりに V. E. フランクルの「夜と霧」を読んだ。

よって、これを書く。

あれは、平成6年(1994年)のことだった。

当時付き合っていた今のかみさんと一緒に、映画「シンドラーのリスト」を観に行くことになった。

その日は朝から憂うつで、どこか「心ここにあらず」であった。

自ら観に行こうと言い出したのであったが、その内容の重さを直視する勇気と、観終わった後、しばらく続くであろう残像を抱えて生活することに、自信が持てずにいたからだ。

当時乗っていた、真っ赤なユーノスロードスターで藤沢駅南口へ向かい、江ノ電の高架下にあるパーキングメーターに車を停めて、いざ、映画館へ。

それは当時、藤沢駅南口ロータリーから、小田急とJRの駅を正面に見据えて、左手にあるビルの中にあったように記憶している。


想像以上にと言うか、想像通りと言うべきか、非常にヘヴィーな内容であった。


全編、モノクロ映像なのだが、ある少女の服だけ赤く彩られていた。

映画が終わり、二人は無言でパーキングメーターに戻った。

見渡すと、ユーノスロードスターが無かった。

停めた場所を間違えたかと、何度も付近を行き来したが見つけられず、車はこつ然と姿を消していた。

ポケットとかばんを探ると、鍵を持っていなかった。どうやら、鍵を差したままにしておいたらしい。

さして驚かなかった。

車が無い事実よりも、赤い服の少女のことに心は占められていたからだ。

むしろ、一緒にいた彼女の方が、この事実に驚いていた。

その後、警察に届けに行ったとか、そういうことは忘れてしまった。

ただ、家から弟が、親の車で藤沢駅まで迎えに来ることになったが、なかなか来ないことにしびれを切らして、

「あのボケナス何やってんだよ」。

と呟いたら、

「ボケナスはどっちよ」。

と彼女に言われたことはよく覚えている。

当然だ。

その上を江ノ電がガタゴトと、音を立てて通り過ぎていった。

それから約2週間後、真っ赤なユーノスロードスターは、見つかった。茅ヶ崎の海岸近くにある空き地に、乗り捨てられていたのだ。

幸いにも無傷であった。


希望が持ちづらい時代だと感じることが多い。

人の心から、憎しみを消し去ることは不可能だ。

ただ、苛烈なる地獄のような状況下でも、心に希望を持ち続けることはできると、「夜と霧」は教えてくれた。

火曜の朝、地元の空には、大きな虹がかかった。







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