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ユーザーのための美術著作権チャート

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はじめに

これまで連載のようなかたちで美術と著作権について書いてきたのは、私が日本美術史botを運営する上での土台作りのためでした。Twitterで美術品の画像をツイートするアートbotを運営しようとするとき、美術品に関する著作権がどこまで制約になるのかを調べて、活動の範囲を確定させていく必要があったのです。
 そして、ボットの活動範囲がどこまでなら適法かを調べると同時に、著作権についての知識があまりないことで不安を感じ、不必要なまでに自らの行動を制限してしまう。ユーザーが抱きがちなこうした後ろめたさをどうにかできないのだろうかという思いもありました。
 今回はそのまとめです。
 権利を侵害しない限りは作品を利用する自由が誰にでもあります。著作権法の理念は文化を発展させていくことであり、作り手はもちろんですが、その作品を享受して利用するユーザーも文化の重要な担い手であるわけです。それなのに、知識がないことで自主規制してしまったり、あるいは人々に知識がないことを良いことに権利がないものにまで権利を主張したりするような環境は健全とは言えないと思います。それは個人にとっても損ですし、社会全体にとっても損失なのではないでしょうか。そういう理念的なお話は、連載の一回目でしておきました。

 ユーザーが堂々と作品を利用するためには、著作権についての知識をしっかりともつことが必須になります。ここを曖昧なままにしてしまうと、「もしかしたら誰かの権利を侵害しているかもしれない……」という不安は払しょくできません。そこで今回は美術品の画像を利用をしたいユーザーに向けて、私たちは画像の利用可能な範囲をどのように確定させていけばよいのか解説していきます。

 解説は上に示したチャートをもとに行っていきます。このチャートに沿って設問に答えていけば、ユーザーがどこまでの範囲でなら作品の画像を利用できるのか確認できるように作成しました。ここで美術品というのは主に絵画、彫刻、版画、写真、建築、工芸(大量生産品ではない一品モノ)を念頭に置いています。
 このチャートは、それら美術品を撮影した写真をどこまでの範囲なら利用できるのかを判断するためのツールとして提供します。最終的にはご自身の責任において利用の判断をしてください。著作物を利用した結果生じた問題やトラブルについては責任を負いかねます。
 美術著作権の確認事項は、大きく分けて3つあります。チャートでは設問が横に3列で並べてあり、その3つの確認事項にそれぞれ対応しています。これから項目ごとに解説していきますが、この解説は2023年現在において有効なもので、今後、著作権法が改正されるなどした場合、無効になってしまう可能性があることに気を付けてください。

1. 著作権の保護期間

 1つ目の確認事項は、作者の没年から現在までの間で著作権保護期間を満了しているかどうかです。保護期間がすでに経過していてパブリックドメインになった作品画像は、一番広い範囲での利用が可能で、商用目的でも利用可能になります。
 現行法では没後70年が経過していれば、保護期間満了となります。この現行法の70年ルールが適応されるようになったのは2018年からで、2017年末の時点までは旧法の死後50年まで保護するルールでした。なので、2017年より50年前の1967年末までに亡くなった作者の作品に関しては、すでに保護期間が満了し、パブリックドメインになっています。70年ルールになってから保護期間が満了し始めるのは、1968年から70年を足した2038年末以降の予定になっています。
 ちなみに、著作権保護期間は暦年主義という考え方で計算します。著作者が亡くなった日から計算を始めるのではなく、その年の年末まで保護が継続することになります。たとえば、2023年1月1日に亡くなった場合、著作権が切れるのは70を足して2093年ですが、その年の末までは保護されますので、ほぼ71年間保護されることになります。亡くなった日が年の初めであればあるほど、このボーナスタイムが長くなるわけですね。
 著作権保護期間を満了していない場合でも、ユーザーがその作品の画像を絶対に利用してはいけないわけではありません。作者が権利を放棄していたり条件付きで利用を許可していたりする場合もあるし、著作権が有効で許諾がない場合でも、私的利用、教育目的、引用などの利用は認められています。
 引用として画像を利用する場合に許諾はいらないのですが、無断使用は忍びないからと良心を働かせて権利者に許可をお願いした結果、それは遠慮してくださいと断られるという場合があるようです。そういうことがあると本来使えるはずのものが使いにくくなり、仮に法的には認められているので迷った末に使ったとしても権利者は「やめてと言ったのに無視された…」と気を悪くする可能性があるので、最初から許諾をとらず公正に無断使用したほうが余計な葛藤をしなくて済むし、後腐れがないのではないかと思います。引用の成立要件については下記の記事を参照してください。

 同様に、著作権保護が満了している作品であっても使用しないでくださいと美術館などの施設がアナウンスしている場合があります。これも本来存在しないはずの権利を主張していることになり、法的な根拠はありませんから、アナウンスを無視して利用することは特段問題ありません。むしろ、ユーザーの利用する自由を法的な根拠もなく自己の都合で禁止するのは、それ自体問題であると思います。この点については、以下の記事で取り上げました。

 以上のように、誰かがルールを決めていたとしても、最終的に準拠すべきは法律であり過去の判例なので、ルールが恣意的である可能性があることは気にしておいた方がいいでしょう。

2. 写真の著作権

 2つ目は、作品を撮影したことで生じる写真の著作権があるかどうかです。
 絵画のような平面的な作品を写した写真には新たな創造性はないとみなされて著作権は発生しませんが、彫刻のような立体物を撮影した場合は著作権が発生します。
 立体物を写した写真で著作権が発生しない場合もあるのかという疑問については以下の記事で詳しく書きましたが、結論から言えば人の手で撮られた写真であれば基本的には撮影者の著作権はほぼ自動的に発生すると考えるのが無難です。

 どんなに創作的な意図や工夫がないようにみえる凡庸な写真であったとしても、判例では著作物性(著作権が成立する要素)を認める傾向にあります。3次元の立体から2次元の写真への変換は原作品の忠実な複製ではないために、そこに創造性が否応なく入り込むと考えられているようです。
 ということは、作品が立体物である場合、たとえその作品の著作権保護期間が終わっていたとしても、それを写した写真のほうに著作権が発生してその画像を自由に使うことができません。つまり誰かが写真の著作権を放棄しないかぎり、立体造形物は実質的にパブリックドメイン化され得ないことになります’。
 今後、写真の著作権が積極的に放棄されたり、3次元から3次元への忠実な複製として3Dスキャンデータが公開されたりするようになれば、こうした問題は解消されるかもしれませんが、現状では写真の著作権を気にする必要があります。
 そこでチャート2列目の設問では、写真の著作権もまだ保護期間内であるかどうか確認できるようになっています。写真の著作権は、現在では作者の没年で保護期間を計算していますが、過去には作品を発表してからの経過年数を保護期間にしており、その期間がほかの美術ジャンルより短めに設定されていました。つまり作者の没年とは関係なく発表から一定期間が経過していればその作品ごとに著作権がなくなっていました。1956年以前に発表された写真であれば、基本的には著作権は切れていますし、1946年以前の撮影であることが明らかであれば未発表であっても著作権が発生しません。
 前回の記事では、過去の日本美術史の書籍で図版として使用されてきた仏像写真にはどんな写真があるのかを調べてみました。たとえば1990年に亡くなった土門拳の写真でも、1951年から52年に刊行の写真集『日本の彫刻』に収録された仏像写真であればパブリックドメインで利用できます。

 ですが現在パブリックドメインで利用できる仏像写真のほとんどは戦前から評価が確立してきた奈良の主要な仏像などが中心で、戦後に評価されるようになってきた仏像は写真の著作権がまだ有効であるため、個人が画像を利用しながら紹介することが難しいのが現状です。こうしたギャップを埋めるためにも、画像の利用範囲を柔軟に設定したデータ公開が望まれます。
 立体造形物の中でも建築物や野外彫刻など、人々が行きかう屋外の場所に恒常的に設置されている著作物に関しては、一般的な美術品と扱いが異なります。例外的に保護期間が有効であっても著作権はかなり制限されるため、撮影してSNSへのアップや出版物への掲載をしたり、映像を放送したりしてもいいことになっています。ただし、作品をメインに撮影した写真を絵はがきやカレンダーなどにして販売するなどの行為は、権利侵害になります。景観の一部として映り込んでいる程度であれば問題ないですし、禁止されているのは販売行為なので、無料の配布であれば問題ありません。印刷ではなく、彫刻を立体物として複製したり、まったく同じデザインの建築物を作って売ったり譲渡したりする行為は、権利侵害になります。もちろん保護期間が満了しているのであれば、こうした利用制限はありません。

3. 戦時加算

 3つ目は、海外の作家で戦時加算が適応されるかどうかです。
 戦時加算とは、通常の著作権保護期間に、第二次世界大戦の期間に相当する日数を加えることで、戦時中保護されていなかった著作者の利益を回復するための制度です。日本が国際社会に復帰する際に締結した平和条約において、戦勝国に対する義務として定められました。
 対象となる国は以下の表にある15ヵ国で、条約が発効されたタイミングによって加算の期間は国ごとに異なっています。戦時加算は、戦時中に連合国の国民が個別の作品の権利を持っていた場合に適応されます。作者がたとえ日本人であっても、戦前にアメリカ人へ著作権を譲渡していた場合は戦時加算が生じることになるので注意が必要です(その逆の場合もありえます)。

JASRAC「著作権保護期間の戦時加算とは?」〈https://www.jasrac.or.jp/senji_kasan/about.html〉(2023年3月16日閲覧)より引用

 戦時加算は、戦前、戦時中に発表された作品が個別に対象となります。するとどういうことが起きるかというと、たとえばベルギーの画家ルネ・マグリットは1967年8月に亡くなっており、通常の計算であれば保護期間は没年から50年ルールだった時期なので、すでに満了しているはずです。しかし、戦前、戦時中に発表された作品に関しては戦時加算が適応されるため、1929年発表の《イメージの裏切り》の場合、著作権保護期間は70年ルールに移行し、そこへ戦後加算3910日(約11年8カ月)を足した2048年8月頃まで有効と考えられます(戦時加算分の計算は暦年主義ではありません)。なお、戦時中に発表された作品の場合は、発表年から平和条約締結までの期間を加算することになりますので、そのぶん短くなります。
 戦後に発表された作品には、戦後加算は適応されません。戦後になってマグリットが描いた《レディメイドの花束》(1956年)の著作権は現在すでに満了していることになります。ちなみに本国ベルギーではマグリットの著作権保護はまだ有効です。日本国内ではパブリックドメインとなっているマグリットの戦後作品を大々的に商用利用したとしても法的には問題はないのですが、本国の権利者には嫌な顔をされるかもしれません。
 冒頭で作品利用はご自身の判断でと念押ししたのは、著作権はこうした個別の複雑な事情がありえるからです。とくにパブリックドメインであっても利用の際に配慮しなければならない事項として、次に説明する著作者人格権は押さえておいてください。

著作者人格権

 著作権保護期間が満了してパブリックドメインになった作品であっても、著作者人格権という権利を侵害すると違法になり、権利者から差し止め請求などを受ける可能性があります。
 著作権の財産的な部分とは異なり、著作者人格権は精神的な部分の権利で、作者しか保持できない権利とされています。基本的に他人に譲渡できませんが、例外的に作者の死後は2親等までの遺族、もしくは遺言で指定された者がいればその人が権利を継承し、作品の人格的な利益を保持することができます。なお、遺言で指定がない場合は、配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹の順で権限をもつので、実質的に権利が行使できるのは作者の孫の代までということになります。
 常識的な範囲で非営利での利用なら、あまりに作者の意図を無視するような非常識な扱い方をしていなければ、そこまで厳しめに言われないだろうとは思います。ただ金銭が絡む営利目的での利用では、権利者に事前の確認をとるべきでしょう。作品の改変が伴ったり、作品の意図を逸脱するような文脈で利用したりする場合はとくにそうです。
 著作者人格権には、公表権、氏名表示権、同一性保持権、名誉声望保持権があります。ここではパブリックドメインの作品を利用する際にも関係する同一性保持権、名誉声望保持権について解説します。
 2023年開催のマティス展で開設されるミュージアムショップが面白い事例になっているので、これをもとに解説しましょう。フランスの画家アンリ・マティスは1954年11月に亡くなっており、戦後加算を加えたとしても保護期間50年ルールのうちに著作権が満了しています。ですが、本国ではまだ著作権は有効であり、なおかつその著作権管理者が権利関係に厳しいことで知られています。ショップ運営をする株式会社Eastは、グッズ製作に際して交わされた権利者とのやり取りの一部を明かしています。

マティスは、フランスではまだ著作権が切れていない画家です。また、生前から既に大変な人気でした。そんな事から、グッズ製作にはとても厳しい制約があり、これまでニューヨークやロンドンで開催された展覧会の時にも、ポストカード以外のグッズはほとんど並んでいない程でした。

今回も、仏ポンピドーセンターとマティス財団の厳しいチェックがありました。それでも、粘り強く(しつこく)交渉に交渉を重ね、ようやくその姿を見せ始めてきた最新のマティスのショップは、これまで世界中のミュージアムがやりたくてもやれなかったものに一歩近づけるのかもしれません。

例えばマグネット一つをとっても、角の小さなアールは作品をトリミングしているからと許可が出ず、周囲に余白をつけるよう指示されます。いえいえ、その余白こそ余分でしょう それならば角アールの無い綺麗な長方形のマグネットをつくってみせます。すべてのアイテムで、そんなやり取りを繰り返しました。

グッズ化にあたってほんの少しのトリミングも認めない厳しいチェックをパスしなければならないのは、著作権管理者(この場合マティス財団)が著作者人格権のうち同一性保持権を厳格に主張しているからだと解釈できます。同一性保持権は、著作物のタイトルとその内容を、作者の意に反して改変することを禁止できる権利です。とはいえ、利用者側の観点でやむをえなかったり、改変によって著作者を精神的に傷つけるおそれがないと判断されるときには改変が認められる場合があります。
 改変が作品の意図にまったく反している場合、同一性保持権だけでなく、名誉声望保持権の侵害にもなり得ます。作者の意図する作品の本質的な部分を無視して二次的著作物として翻案されたケースでこの権利侵害が成立した例があります。名誉声望保持権とは、著作者の名誉や声望を害する方法により作品を利用することを禁止できる権利のことをいいます。なので改変はなくとも作者の思想心情と相いれないような利用方法も、権利侵害になります。例としては、作品を性的なサービスの宣伝などに利用したり、作者の思想とは異なる政治的な言説や運動に利用したりするなどの行為です。ようするに品位を貶めたり、作者の思想をないがしろにしたり、世間に誤解を生じさせたりするような利用があった場合、そうした利用をやめさせる権利があるということです。
 ところで、マティス財団が実際に著作者人格権を行使できるのでしょうか。著作者人格権が作家の遺言によって遺族以外のものに委任されている場合は、その請求可能な期間は財産権と同様の期間になります。つまり、改正前は死後50年で、現在は70年です。なので仮にマティス財団が作家の遺言で人格権を委任されていたとしても請求はもうできず、現在人格権を主張できるのは作家の2親等の遺族で存命のお孫さんで、現在90歳のポール・マティス氏だけであると考えられます。つまり、少なくとも日本の著作権法において著作者人格権を行使するためには、彼がわずかなトリミングも許容しない意向を示して請求権を行使する必要があるはずです。

おわりに

 以上、著作権法を踏まえて美術品の画像利用をするための要件を解説してきました。最低限の知識としてこれらを知っておけば、おおよそのケースに対応できるでしょう。ただ、利用の要件をクリアしていたとしても、実際の利用に際しては慎重な判断が必要になることもあります。
 マグリットやマティスのケースのように、日本国内ではパブリックドメインでの利用が適法であったとしても、作家の母国ではまだ著作権保護期間中である場合があります。こうした権利者との関係性が複雑になるケースでは、一概にこうするべきだとは言えなくなります。自身がどのようなポジションにおり、その立場で被るであろうメリットとデメリットを天秤にかけておのおのが判断するしかありません。慎重に検討した結果、利用に際して権利者との関係を優先する場合もあるだろうし、あくまで著作権法に則っていればいいという判断にいたる場合もあるでしょう。
 私の立場から言えば、著作権法が第一条に理念として掲げている「文化の発展に寄与すること」を第一原則として振舞うことが重要であると考えます。著作権法の考え方は、権利の保護のための規定である以上、創作する側の権利を守り、作品を享受する側の自由な利用に制限を加えるという二項対立的な考えをせざるを得ないものであることも事実です。しかし、文化とはそこに参加するすべての人々が形作っていくもので、人々が創作者であると同時に享受者でもあるという立場の往来があるはずです。権利は守られなければなりませんが、創作をする側とそれを享受する側で立場の優劣をつけるべきでは本来的にないのではないでしょうか。
 これまで美術の著作権が問題になるとき、権利者もしくはそれに近い利害関係者たちのために語られることがほとんどでした。美術作品を利用したいと考えるユーザーの視点から著作権についてまとめたものは、書籍やネット記事でもまとまったものがなく、また実際の運用において曖昧な部分が多いのが現状です。
 美術品の画像利用に関して言えば、これまで権利者側が利用を制限するという形で環境が整備されてきています。パブリックドメインの作品画像の利用に際しても料金を請求するような施設独自の規定も依然として多く残っています。そこには一般的に赤字を出すのが普通な博物館美術館において、新自由主義的な経済的合理性を求めるような雰囲気も相まって、なるべく画像利用を有料にして利益を確保したいという思惑があるように思えますが、これはまた別の機会に書くつもりです。
 権利者への過剰な配慮の要求がユーザーの利用する自由を過剰に制限することで行われるならば、それは望ましくないと思います。権利者が著作権法を逸脱した権利の主張をしていれば、画像利用をしたいユーザー側の立場から是正を求めていくアクションが必要で、そのためには著作権への理解が大前提になるでしょう。その一歩としてこの記事を参照してもらえれば幸いです。

参考文献


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